アーモンドの花

@iwao0606

第1話

妻を亡くしたという男のもとで働くと決まったのは、まだアーモンドの花の蕾が膨らみかけた早春のことでした。

私は住み込みのメイドとして働くことになっておりました。

今日からよろしく頼む、とその男もとい主人であるフェルナンド様は静かに言ったのです。

私もぺこりと頭を下げて、館のなかに招き入れられることになりました。

主人を失った館は静かな終わりを迎えていて、あちらこちらに埃が溜まっておりました。

そっと撫ぜれば、どれだけの日々が経っていたのかと如実にわかりました。

止まったままの柱時計のねじを回し、掃除道具を探したのです。

大掃除、それがこの家に来てから始めての仕事でした。


ご主人様との生活はただただ静かでございました。

ただ生きるために呼吸を重ねているご主人様を維持するために、食事を作り、寝具を整える。

「若い子がこんな生活していてはだめだろう」

とご主人様は口にされては、時折、若い部下を家での食事に招かれました。

どのお方も素敵なお方で、合うひとがいればというお心遣いをよく感じました。

「いいひとがいれば結婚しなさい。こんな年寄りにいつまでもかまってないで。それに結婚はいいよ」

ご主人様はよくそのような言葉を口にしていました。

どこか遠い目でかつての日々を思い浮かべられていたのでしょう。

私は曖昧な笑みを浮かべ、返事をはぐらかしました。


ご主人様は知らないのです。

なぜ私がこの館に勤めることになったかを。

そして、それを私は生涯口にすることはありません。


アーモンドの花が咲く季節。

妻を亡くしたばかりのご主人様が墓の前で生きると誓われていたことを、私は遠目で見ていたのです。

命溢れる、花が咲き誇る季節のなか、生きながら死んでいるのは、何も私だけではないとひどく安堵したものです。

だからご主人様との生活は、とても気に入っております。

決して私のことを愛することはない、ただ生きながらえるものの同志の日々は、ひどく穏やかなものです。

いつかその日々の終わりまで、穏やかなときが末長く続きますように。

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