影踏みの影法師さん

@iwao0606

第1話

夏の終わりでも陽は突き刺すように痛く厳しい。

むわっとした空気のなか、どこかでアルファルトの焦げ付く匂いもする。

ひとの声も聞こえなくなるほどのうるさく蝉の鳴く声もする。

しかし、そんなことを気に留めず、麦わら帽子を被った少女はずんずんと道を歩く。

濃い黒い影が彼女の足元に落ちる。

「今日の影法師さんはとても色が濃いね 」

少女は足元の影を満足げに眺めながら、言う。

「その分陽射しがきついだろう、熱中症にならないようにしっかりと水をとるんだぞ」

少しくぐもった声が足元の影からする。

「はーい」

少女は元気よく返事をし、肩から下げていた水筒からお茶を注ぐ。

「影法師さんも飲む?」

少女はコップを地面のほうに少し傾けながらたずねる。

「お前が飲めばよい。私は飲まずとも良い」

「そう?」

「そうだ。わかったなら、もう帰るぞ。陽がちょうど真上を向いている。おそらく昼ごはんの時間だろう」

少女は太陽を直接見ようとしたものだから、影は静かにたしなめる。

「目に悪いぞ。ほらもう行くぞ」

「はーい!」

少女はぱたぱたと足音を立てて走っていった。


お昼ご飯を終えた少女は、すやすやとタオルケットに包まれて眠っている。

正午を迎え陽射しが一番きつい時間帯だ。

眩しすぎるほどの外とは違い、部屋のなかは薄暗い。

少女はお昼寝が大好きだった。

夜眠っているときは、影法師さんがいないからだ。

影法師さんは月明かりや電燈があるところではないかぎり、夜の闇に飲まれてしまうのだ。

だから夜は怖い。

豆電球をつけておくと、うっすらとした影法師さんがいてくれるのだが、薄い影法師さんを見るたびに弱っているように思えて怖くなるのだ。

一度電気をつけっぱなしで寝たことがあったけれど、祖母にこっぴどく叱られては豆電球で影法師さんには我慢してもらっている。

少女は安心して眠れるのは、昼間だけだった。


寝息を立てる少女の下で、もぞり影が動く。

するりと少女の影から黒いひと影が出てくる。

しかし少女は気にすることなく、眠っていた。

黒い影は少女のやわらかいほっぺた撫でしようとするが、思わず手を止めた。

己が手に透けて少女が見えたのだ。

触れてはいけないものだ、とあらためて黒い影は思う。

畳のあとがついた頬はとてもやわらかそうだった。

健やかに眠る少女を眺めながら、黒い影は遠くで蝉の鳴く声が聞いた。

降り注がれる命の音。

ひとは七日の命しかない蝉を惜しむ。

けれど、それは黒い影にとっても一緒だった。

ひとの生はまたたく間に終わる。

そうすれば、黒い影は少女の影から解放される。

数年前、ひとりで遊んでいた少女がところかまわず「影踏んだ!」と遊んでいたことがはじまりだった。

遊びで祠の影も踏んでしまったがために、黒い影は少女の影に棲まなければならなくなってしまった。

こどもを祟り殺さず、そこに住み続けているのはたわいない遊びだ、と黒い影は思う。

黒い影は少女がその短い生を終えるまで、遊びを続けるつもりだ。

そしていつか祠へ帰る日がやってきても、きっと「また影踏んだ!」という声が降って来るのを待っていると思う。

眩しすぎるひかりのような明るい声を。

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