付喪神のお母様

@iwao0606

第1話

「お母様、お母様」

 幼き少女の声に、重たい瞼を開ける。

 そこにはおかっぱ姿の少女が私のうえに座っていた。

「おはようございます、櫛。重いので降りてください」

「重いなんてありえないですわ、お母様。だって、私は櫛ですもの。重かったら、お母様は髪を梳かすこともできないですのよ」

「それもそうだけどね、気持ちの問題よ」

「そうでしょうか。お母様、髪を梳かしてあげてます」

 そう小さく微笑みながら、《櫛》は私の髪を丁寧に梳かしていく。

 《櫛》と私が呼んだ少女は文字どおり櫛だ。

 長き年月使い続けたことによってものに魂が宿った、付喪神と呼ばれるものに変化した。

 《櫛》にお母様と呼ばれるのは、彼女を生み出したのは私だからだ。

 やさしい手つきで髪を梳かす《櫛》に、私は彼女が少しかわいそうになる。

 《櫛》は近いうちに妖退治の尖兵として、戦場へ出るからだ。


 妖は私たちひとでは倒せない。

 神でしか退治することができない。

 私たちひとが取れる策はふたつだ。

 その身に神を宿すか。

 ひとの手に負える神を作り出すか。

 仮にものに魂が宿ったものでも「神」である付喪神は妖を退治することができる。

 私の生まれ育った村は後者のほうを選び、それを生業にしてきた。

 妖退治の付喪神を育てるために、つくもの村と呼ばれるようになった。

「私ね、お母様のこと大好きなの」

「……私もよ」

 愛情を確認する言葉が虚しくなる瞬間だ。

 私のこどもたちは皆、旅立つ前はひどい甘えん坊になる。

「きっと素敵なひとに使ってもらえるわよ」

 私の言葉に「そうだといいなぁ」と《櫛》が小さく呟く。

 妖退治のひとたちの手に、こどもたちは譲られる。

 本来の使い方とは遠く離れた、使い方に晒されるこどもたちは多い。

 刀の付喪神を育てることができればよかったのだけれど、そのような高価なものはこの小さな村で手に入れることはできないため、どうしても日常の品になる。

 妖退治のひとたちにとっても、むやみに武器を持っているのは道中何かと問題になりやすく、どうしてもこう言ったものばかりだ。

 だからか、多くのものは戦いの果てに壊れてしまう。

 壊れた子どもたちは、せめて供養のために生まれ育った村へ帰ってくる。

 祟り神になるのを防ぐため、と言った意味合いだけの行為で、それ以上の意味はない。

「お母様、私、手紙を書くからね」

 長い旅の先で子どもたちは、どんな景色を見るのだろうか。

「楽しみにしているわ。私、村から出たことがないから色々な風景を教えてね」

 私は生まれてから、ずっと村を出たことがない。

 生涯を付喪神の育成に捧げてきたからだ。

 付喪神を育てるには、ひとの寿命は短すぎる。

 ひとの寿命ひとつで、ひとつの付喪神を作れればいいほうだ。

 だから村では効率的に付喪神を育てるために、ひとりの少女を生贄を捧げた。

 少女は幼きころから道具を大事にする子であり、若くして付喪神を生み出すことができた。

 村のものたちは、彼女の才に目をつけた。

 社に奉納されていた人魚の肉を食べさせ、付喪神をたくさん生み出すように言いつけた。

 人魚の肉を食らった少女は、老いることも死ぬこともなくなり、ただ付喪神を生み出すために、村に居続けた。

『付喪神のお母さま』と呼ばれるようになった私は、村のために付喪神を育ているのか。

 はたまた、時の流れから取り残された自分を慰撫するものを生み出すために付喪神を育てているのか。

 今では何もかもが分からなくなる。

 それなのに《櫛》は、我が愛しき子は舌ったらずな声で私を呼ぶ。

「お母様、大好き」

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