あなたは写真には映らない。

@iwao0606

第1話

 とにかく厄介な客だった。

 写真には写らないので、写真に収めてほしい、と突然言ってきたのだ。

「はぁ……うちは写真館で、そのような怪奇現象はほかのところで対処されたほうがいいかと……」

「十字をぶら下げている連中のところへなんて行けますか!」

 目の前の男はお願いだ、とせがむ。

「どうしても妻と一緒の写真に写りたいんですよ」

「はぁ……なんでまたご自分が写らないってお判りなんですか?」

「吸血鬼なんですよ、私」

「はぁ……吸血鬼なんですね」

 生まれてこのかた、吸血鬼なんてものに出会ったことはなかった。

 だが、目の前の男は自分を言い張るので、そういうものだろう、と深く追求しなかった。

「とりあえず、本当に写真に写らないか、試しに一枚撮ってもいいでしょうか?」

「頼む」

 本当に写らないのであれば、また考えないといけない。

 男を椅子に座らせ、シャッターを切った。

 カメラを確認すると、服と靴だけが浮いた感じで写るのみで、服から出た顔や手足はまったく写っていない。

「これはまたけったいな」

「信じていただけましたか! 私が写らないことを!」

「そうですね、これは信じるしかありませんね」

 撮った写真を確認する。服だけが椅子に座っているのは、なかなか奇妙な光景だ。

「すみません、ちょっと試したいことがあるんですが、いいでしょうか?」

「なんなりと! それで写真に写るのなら!」

 男を再び椅子に座らせるとそのうえからシーツをかぶせる。特に顔のあたりの輪郭がはっきりするように巻いてみた。その状態で写真を撮ってみる。

 確かにシーツに顔の輪郭の影が写る。

「す、すみません、布をとってもらえませんか! 呼吸が苦しいです!」

「あ、申し訳ないです! 大丈夫です?」

「はぁー、なんとか」

「こんなことをして聞くのもなんですが、吸血鬼も呼吸できないと苦しいんですか?」

「当たり前ですよ! それが原因で死にはしませんが、苦しいですよ!」

「本当に申し訳ないです」

「いいですよ、いつものことです」

「……おかげであなたの写真を撮ることができます。今から準備をしますが、お時間は大丈夫ですか?」

「本当ですか!」

「はい。ただ一緒に写真を撮られる方は、三時間後に来ていただけると助かります」

「もちろんです! 妻に連絡して来ます!」


 写真を撮る準備も終わり、あとは吸血鬼さんの奥様が訪れるのを待つばかりだった。

 からんとドアベルの鳴る音がして、振り返るとそこには可愛らしい女性が立っていた。

「こちらに主人がいると伺いましたが」

「はい、こちらでお待ちです」

 女性を案内したさきには、緊張でカチコチに固まった吸血鬼がいた。

「あら、あなた。顔が分厚くなったわね、皮膚も髪も変な感じですし……」

 ぺたぺたと触ろうとする奥様に、あまり触らないように言う。

「特殊メイクとマスクのせいですよ、奥様」

 写真には写らないけれど、吸血鬼さんそのものが存在することは服や布で証明された。

 顔の輪郭をなぞるように何かを被せれば、吸血鬼さんを写真に撮ることはできる。

「では、写真を撮りましょうか。奥様は座ってください。旦那様は横に立ってください」

 ふわりと笑う奥様とは別で、旦那様はカチカチに固まったまま、口を真一文字に結んでいる。

 いい笑顔の写真を撮るべくしての写真屋としては少々失格だが、このままの光景のほうがいいと思って、シャッターを切った。


 後日、奥様のほうが写真を受け取りに来た。

「主人がいきなり吸血鬼と言い出して、こまったでしょう?」

「ええ。まさか写らないから写真館に飛び込まれるとは思っていませんでした」

「ふふ。でも追い出したりせずにちゃんと写真を撮ってくださってありがとうございます」

「大事な時のお写真を撮るのが写真館の仕事ですから」

「……この写真を見るたびに笑っちゃいそうです」

 奥様は愛おしそうに写真をなぞる。

「どうしても私はあのひとをおいていっちゃうから」

「え?」

「これから私はどんどん年老いて、この写真とは違う姿になるのに、あのひとはこの写真のままなんですよ。吸血鬼ですから」

 ひとの寿命と、吸血鬼の長い寿命は不釣り合いだ。

 長い寿命をひとりで過ごすよりは、いつか奥様が死んだあと、吸血鬼はほかの誰かときっとまた恋に落ちてほしい。

「寂しがり屋ですから、ひとりでいるとダメになるんですよ、あのひと」

 でもこの写真を取り出して、自分のことを時たま思い出してほしい。

 そう奥様は願われた。

「私のほうがさきにおばあちゃんになるから、あのひとは私の介護が大変そうね」

 あっけらかんと笑う奥様に、俺は頷いた。


 この写真館では撮った写真のネガは、丁重にしまわれることになっている。

 膨大な量の記憶の複写が部屋中にある。

 どうしてひとは写真を撮りたがるのだろうか。それは写真館に勤め始めて考え出したことだ。

 否応無く過ぎ去る日々を平たい一枚の写真に収めたい気持ち。

 奥様は振り返ってもらうために撮った、と言った。

 でも、俺は吸血鬼さんの気持ちは奥様とは別だと思う。

 ただ溢れ出すともにある喜びを、何か形にしたかったのだと思う。

「お得意様になりそうですね」

 きっと毎年毎年この写真館を訪れるだろう。

 何しろ写真に写らない吸血鬼を写せる写真館なんて、そうそうないからだ。

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