二十六 民権運動の人脈づくり

 もし板垣が間違った言動をしているようならすべて叩き潰してしまえということで、腕っぷしに定評のある頭山と奈良原が送り込まれたわけだが、板垣が語った立憲議会政治の理想に2人は賛同し、その人格も大いに信用した。

 頭山は板垣を「天下の安危をもって自己の任とする立派な国士だった」と語り、奈良原も「板垣という男の至誠には動かされたよ。この男の云う事なら間違うてもよい。加勢してやろうという気になった」と後年に述懐している。


 しかし、指導者の思想と目標、人格は良いとして、その理想の実現方法と周囲に集まる人材の質を見極めるために2人はもう少し様子を見た。立憲政体が確立し、民撰議院が設けられたとしても、専制政府が倒されず、薩長藩閥の自家製造となるなら有名無実以上の弊害が生じかねない。また立志社の社員や、土佐に集まってくる全国各地の有志たちが目指すものと、自分たちが板垣から感じた理想が本当に同じ方向を向いているのか確かめる必要があった。


 半ば当然というべきか、頭山と奈良原を歓迎した立志社の側も、現下の時局に処する筑前政社一派の主義主張には興味津々で色々質問をしたり議論を吹っ掛けたりしてきたが、喋る時には良く喋る頭山もこの段階でのそういった質問や議論には一言も口を利かず、奈良原も「今度はこっちから理屈を云いに来たのではない。諸君の理屈を聞きに来ただけじゃ」と鋭い眼光で睨んで返すのでそんな態度がかえって尊敬を集めたという。


 そうやって過ごして何日目かの夕方、宿の便所辺りで2人は偶然顔を合わせ、頭山は奈良原の立志社に対する印象を問うた。

「……どうや」

「ウム。よさそうじゃのう。此奴どもの方針は……国体には触さわらんと思うがのう。今の藩閥政府の方が国体には害があると思うが」

「やってみるかのう」

「ウム。遣るがよかろう」

 2人の考えは一致し、筑前士族は本格的に自由民権運動へと傾倒することが決まる。この時期は立志社の側も同志を呼び集めるために立志社の考えを遊説して伝え歩く人間を各地に派遣していたが、ちょうどこの頃、九州へ遊説に行っていた高知出身の安岡道太郎と福井出身の杉田定一のコンビが帰ってきていた。

 この2人は5月末に佐賀士族のリーダー木原義四郎の元へ遊説に行ったのだが、政府のスパイと疑われたために成果を上げられず6月9日に高知へと戻ってきたのである。そこで彼らの帰還から2日後、奈良原は九州へ帰るついでに杉田定一と佐賀に向かい、佐賀や福岡に板垣の意向を伝える活躍をしている。


 一方の頭山はそのまま土佐立志社に残り、立志社の面々や福井の杉田定一を始め福島の河野広中など各地から集まる運動家たちと交流し大きな人脈を形成していった。立志社小使の熊沢徳太はこの当時集まっていた若者たちについて、河野広中は遠方から訪ねてきたにもかかわらず何着もの衣服を揃えており会う相手ごとに服を着替えるほどだった、等々幾つかの逸話を後に回想している。

 遠路はるばる土佐を目指してやってくる熱意溢れる志士たちなので、その個性の強さも粒ぞろいのものであるが、頭山はその中でも折り紙つきの変わり者だった。


 朝起きればまず樫の木の大きな棒を木刀替わりにして百回ほど素振りをしてから朝食の席に着く。相撲が好きで時間があればよく近くの者を誘ったが、普通の人は土俵に籾殻を撒いておくところ、足の裏が丈夫な頭山は割り木を土俵にばら撒いて相撲を取るので誘われる人間皆が嫌がった。


 またある時は議論に熱中する同志たちのそばで

「板垣はいつも自由民権、自由民権ってコイとるねえ」

と放言。ぎょっとした志士たちの中で岡山出身の竹内正志という人物が問いただした。

「俺の故郷じゃコクという言葉は“貴様なにコキよるか”などと上の者が下の人間に向かって言う言葉だが、君の国じゃ違うのか」

「うん。俺のとこでも同じたい」

 平然と答える頭山に竹内氏も啞然とするしかなかったらしい。


 さらにまた夏のある日。各地から自由民権の志士たちが集まる土佐立志社では話者と演題を決めて演説会がしょっちゅう開かれていた。頭山は夏の高知市の暑さにうんざりしながら演説会を眺めていたが、ふと話者のそばに飲み水が用意してあるのに気づくと、そのまま壇上に上がりこんで水を拝借し、上がったついでに演説会まで乗っ取って人生初の演説を披露してしまった。

 所有権についての意識が希薄な頭山もさすがに悪かったと思い、舞台を降りてから板垣に「お騒がせしました」と挨拶しておいたが、板垣も豪気なもので面白そうに「いや、なかなか良かった」と頭山の演説を褒めるだけだったという。


 さらにさらに夏のある日。立志社に滞在する頭山に斎藤某とかいう男がついて歩くようになった。当時はまだまだ政府のスパイが暗躍していた時代であり、自分にまた監視の目がついたと考えた頭山は慌てず騒がず氷屋に入って休み、氷水を3杯ばかり平らげると、勘定を全部そいつに任せた。

 支払いを押し付けられた斎藤某の方も持ち合わせがなく、持っていたこうもり傘を店主に差し出して平身低頭しなんとか凌いだようだが、それ以後頭山に密偵らしき人物が付くことはなくなったとか。


 いかにも頭山満らしいやりたい放題ぶりだが、人たらしの才のなせる業か、激動の時代に必要とされる資質と見なされたか、民権運動の志士たちとの人脈づくりは順調に進んでいった。頭山は9月に大阪で行われた愛国社再興大会にも高知から向かい、“成美社所属”という肩書きでやってきた進藤喜平太と合流、2人で福岡の代表として現地に着いた。

 福岡からはさらに奈良原と加藤直吉(かとうなおよし。後に向陽社の会計係)が同志代表として加わったとしている本もある。


 進藤が成美社所属というのは、頭山が立志社で各地の運動家と交流を行っている間、地元福岡では進藤喜平太をリーダー格として不平士族反乱から自由民権運動へ転換するための組織再編が進められており、進藤は経営が苦しくなった開墾社を処分すると、林斧介らの成美社と合流したのである。

 林はかつて進藤や奈良原と共に逮捕された萩の乱連座組の矯志社社員で、成美社には他にも十一学舎系の人材が集まっていた。


 愛国社再興大会は薩長藩閥主導で専制的な政治を行っている明治政府に対して民撰議院の設立を求める集会であり、当然ながら西南戦争の頃までは不平士族反乱運動への参加によって政府への不満を訴えた者が数多く参加していた。

 参加者の身内にも政府との戦いで斃れた者や今なお獄中にいる人間も数多く、さらには愛国社再興大会参加者の中にも自由民権運動の意義に理解を示さず武力闘争路線の継続を主張する者たちまでいたという。しかも、各地に参加を呼び掛けてきたために噂が広まって朝野の見物客が詰めかけた他、間諜の徒まで紛れ込んで議事を攪乱させ、会場が殺気立つ騒ぎになったと記録される。

 それでもどうにか会議はまとめられ、自由民権運動の路線で民撰議院設立を求めていくことと第2回大会を開くこと、それまでに各地で自由民権運動のための政社を建てておくことが決められた。


 大会後、進藤は福岡に帰ったが頭山は土佐立志社の方へと戻って年の末まで交流を続けた。変わったところでは“民権婆さん”と呼ばれた女性とも交友を持っている。本名を楠瀬喜多という彼女は米穀商人の家に生まれて土佐藩士に嫁いだ人だった。四年前(ちょうど立志社の設立時期に近い頃)に夫と死別して38歳で一家の「戸主」となった彼女は奇しくも愛国社再興大会と同月の明治11年9月、高知県庁に『納税ノ儀ニ付御指令願ノ事』という文書を提出する。


 当時の高知では立志社の主導で活発な地方自治組織の民会活動が行われ、下から小区会、大区会、土佐州会、県会、と先進的な地方自治の議論の府が独自に組織されていた。しかしながら、いかに板垣退助や植木枝盛のような先進的な思想を持つ指導者を擁した高知でも女性の参政権にまではまだ行きついていなかった。

 そこへ「民権婆さん」は『納税ノ儀ニ付御指令願ノ事』において、税制への異議申し立てのような体裁を取りつつ“戸主には変わりないのだから義務も権利も男女同等のはずであり、区会議員を選ぶ権利もないのに納税の義務ばかりあるのはおかしい”と「代表なくして課税なし」の原理で女性参政権を主張したのである。

 近代日本最初の女性参政権要求であり、筋の通った主張は新聞にも取り上げられて反響を呼んだ。(その結果高知では女性にも明治13年に町会議員の選挙権と被選挙権が認められている)


 頭山は板垣の紹介でこの「民権婆さん」の家に泊まることを勧められ一時期滞在していたという。板垣も頭山が土佐にいる間は求めれば気前よく旅籠代を出してくれたが、楠瀬喜多も頭山を快く受け入れ宿泊費を取らなかった上に、福岡へ戻る時には「返すことはないきに」と同行者の分までも旅費を出してくれたそうだ。

 しかし頭山の大物ぶりに惚れ込んでしまった彼女は「娘と婚約して婿養子になってくれんか」とまで願い求めてきたので頭山家に婿養子で入った身である頭山満は丁寧に断って逃げるように福岡に帰り、旅費も帰宅後に高知へ送り返したとか。

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