黄橡色の鳥

@iwao0606

第1話

 七歳の誕生日に母が私にくれたのは、一体の《魔導の胎児ゴーレム》だった。何でも試運転中のもののデータを取るために、我が家で暮らすことになったらしいはずなのに、母は勝手に私の誕生日プレゼントにしていた。それは実験が忙しい母の代わりに、私が弟妹がほしいと強請ったせいだ。珍しく彼女が困った顔をしたのを覚えている。今になったらわかるけれど、幼いころ父が死に、彼以外愛するつもりがない母に、難しい注文だったと思う。だから、彼女は《魔導の胎児ゴーレム》を連れてきた。母が生み出したもの、というくくりでは私とその《魔導の胎児ゴーレム》は兄弟だからだった。

「初めまして千尋。今日から僕は千尋の弟です」

 私と同じ黄橡色の瞳は私を映すと、皺をよせて細めた。



 母は《魔導の胎児ゴーレム》を要と名づけた。勝気な母に似た私は深緑の髪で、父に似た外観で作られた要は橙色の髪だった。けれど、私と要が並んでもちゃんと違和感がないように作られていた。だから父譲りの黄橡色の瞳はお揃いで、私はそれが誇らしかった。

 要は十八歳の青年という設定のもと作られており、背はひょろりと高く、線が細かった。しかし、一般的な知識はほとんど身についておらず、服もろくに着替えることができなかった。何でも生まれてきてすぐに近い状態のため、人間が生まれてから蓄積する身体を動かすデータというものが、ないに等しい状態だったからだ。私よりずいぶん背の大きい不器用な弟の膝に座っては、彼の掛け違えた釦を直していた。その度に要は申し訳なさそうに項垂れていた。

 要が来てからデータ採取に母は以前より帰るようにはなったが、それでも不在のときの方が多く、私たちはふたり自然豊かな田舎で暮らしていた。天気のいい日はよく庭で遊んだ。要はよくこけてしまい、服を泥だらけにするのがいつもだった。

「どんくさいわね!」

 見下ろす私に要はへらっと笑う。妖精たちはくすくす肩を震わせながら、私たちの周りを漂う。

「うるさいわよ! あんたたち」

 要は訳がわからず辺りを見回している。どうやら要は妖精が見えないようなのだ。

 死んだ父は妖精の研究をしていたらしく、手入れされた庭を好んでいる彼らはここに居ついている。ぶりき缶にちゃんとお菓子をしまっておかなければ、すぐに彼らに食べられてしまうことが癪だったが、彼らのおかげ家庭菜園はよく育っていた。要は父と似て家庭菜園の手入れが好きだった。麦藁帽子を被ってじっと座り込む背中は父そっくりで、いつも雑草を引っこ抜いていた。根が残ると叱れば、要は悲しそうな眼をした。仕方がなく私は彼に父が教えてくれたように雑草の抜き方を教えた。

 温室で昼寝をした後、食事の支度をするのは私の担当だった。母は研究以外はてんでん駄目で、かつては父の仕事だった。父が残したレシピ集を元に、庭で採れた野菜で作る食事は私の自慢だった。要はつたない手で手伝うけれど、正直脚立代わりにくらいしか役に立たない。食事をすませ入浴を終えれば、私たちはひとつのベッドに滑り込んだ。

「ちゃんと歯を磨いたわね、要」

「うん」

 うなづいた要は大好きな本を持ってきて、読んでくれとせがむ。私は仕方がなく隣に座ると、要は身体を寄せてくる。

「あら、あんたまたこの本なの?」

 ここ最近要が好んでいるのは、古の英雄譚だった。英雄は世界中をめぐり魔法使いをはじめとして多くの仲間に出会い別れ、魔王を倒すと言うあらすじで、これはその後続く様々な英雄譚の元となっていると言われているものだ。挿絵もないその本は失われ行く吟遊詩人たちが長い年月をかけて口伝し磨いていったものを、文字に起こしていることで有名だった。私の朗読に耳を澄ませ、要は自分で書いたミミズ文字の地図を照らし合わせながら、物語の中を旅していた。要は《魔導の胎児ゴーレム》であるため、家の外に出ることを母から禁じられていた。要の世界はこの家の敷地そのものだった。

 だから私が外に出るときは要はごねた。私は母譲りの知能を持ち合わせていたため、学校に通う必要はなかったけれど、週一回は街へ買い物に行かなければならなかった。洋菓子店で買ってくる新作のケーキでごまかしていたけれど、とうとうある日、要はこっそり後をつけてきた。と言っても、すぐにばれてしまうので、しかりつけると泣きべそをかいて服の裾を離さなかった。観念した私は彼を連れて街へ買い物に出かけた。要は目を輝かせてあっちやこっちへとふらふら歩いていくのを引き止めるために、私は彼の手を引っ張った。危なっかしい弟を見ながらの買い物はいつもより神経を使って疲れが募った。家に帰ると、顔を真っ赤にした母が仁王立ちで待っていた。

「あんたの行動が要を危険にさらしたことを理解してるのかい!?」

「だって、要がっつ…!」

 責められるべきは要の行動のはずなのに、私は久しぶりに会った母にこっぴどく叱られてしまった。ぼろぼろ涙をこぼしながら作った夕食は味が濃く塩辛かった。風呂にもはいらないままベッドにもぐりこんでいる私は、自分のしたことの大きさを後悔していた。弟の要は《魔導の胎児ゴーレム》だ。臨床途中の実験体である彼を攫い酷い人体実験されたり、物珍しさから奴隷のように売り買いされるかもしれない。私は何があってもこころを鬼にして要を家に留めなければならなかったのだ。

 コンコンとドアをノックする音に顔をあげると、小さく背を丸めた要がいた。私は袖で涙を乱暴に拭うと、平然としているように顔を作った。

「ごめん、千尋。僕が外に出たいってごねたせいで」

 私は大きく首を横に振った。要の気持ちもわかるのだ。街に行って好奇心に満ちた瞳であたりを見回す弟を見て、いかに小さい世界に閉じ込められていたのかわかった。

「要のお姉ちゃんだもの。…私、あんたが外に出れるようにしてあげる」

 私の言葉に要は遠慮をしたが、そこで決意を覆すような私じゃなかった。私にはひとつの考えが浮かんでいた。



 要を作る前段階としていくつかの生物が試作されたことを私は覚えていた。私は試作段階が初めの方にあった小鳥の設計図を母の寝室から探し出し、黄橡色の小鳥を作った。この小鳥は高値ではあるけれど、市場に流通しているから、そう目立つものでもないから問題なかった。

「いいかしら、要? ちゃんと動かせる?」

 要は囀り、合図として決めたように机を一回つついた。「はい」の合図だ。この小鳥は要の意思のままに動く。動かしている間は要は人間の身体のほうを動かすことができない。けれど、小鳥の姿とはいえ、外の景色を追体験できるものだった。要は部屋中をせわしなく飛び回る。

「これなら買い物にいけるわね。いいこと、私から離れたら駄目だからね」

 要はのどを震わせ、私に頬ずりをした。

 それから外に出かけるときは、要は小鳥の姿だった。母も気づいていた節があり小鳥にいくらか調整を加えていたが、私に何も言わなかった。

 それから、私と要はずっとずっと一緒だった。

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