召喚霊は、主の命を待つ。

@iwao0606

第1話

僕は召喚霊である。

  主のつけた名前はセンスがなく、犬っころにつけるような名前なので、僕は自分のことを召喚霊と呼ぶ。

  (主は人間界に合わせて僕に名をつけたが、その名前はどちらかと言うと、僕の真名を隠すための便宜的なものに過ぎない。)

  主は変わった召喚霊だと苦笑しながら、くしゃくしゃと頭を撫でる。

 主のネーミングセンスを責めないのを褒めてほしいと思うのは

 僕だけだろうか。

  だって、『コロナ』って名前はないと思う。

  召喚霊というのは、精霊界と人間界の盟約を保つために、人間が精霊を召喚し使役する契約を結んだ果てに生まれた存在だ。

 主の魔力によって構成された身体を媒体にしなければ、魂は損なわれ、世界への干渉力を失う。

  主は身体を与える代わりに、契約の下、召喚霊を使役することができる。

 契約は主によって様々である。

 僕の主は変わり者で、僕との契約は白紙に近い。

 しかも、使役することなく、ただ家に住まわせている。

  本来、召喚霊は、戦闘を始め様々なものに使役されるべき能力を契約条件によって付与されている。

 僕の主は軍属なので、一般的な考え方からすると、普通戦闘に駆り出されるべきなのだ。

 にも関わらず、主は一度も僕を使役することなく、ましてや戦闘に出すこともなく、主の家に住わせられている。そう、タダ飯喰らいの居候という召喚霊にとっては非常に気持ち悪いポジションのおさまっている。

  召喚霊なのにタダ飯喰らいなのはどうにも性に合わないので、どうにか主にお願いして、家の管理を任せてもらうように頼みこんだら、主はうーんと顎に手を添え悩んだ後に、

「じゃあ『お願い』するよ、コロ」

  主は『お願い』しただけだった。

 それ以降、契約を更新して命を下すよう必死に直訴したのだが、主は一向にそのようなことをしない。

 ご飯作ってとか、掃除してとか、どうでもいい『お願い』をするだけだった。

 主は僕より変人なのだと思う。


 主は仕事の関係でよく遠方へ赴く。

 そのときは自宅にいる僕との距離が離れすぎて魔力の供給が途絶えるので、主の魔力の詰まった飴をたんと渡される。

 召喚霊は主の魔力以外は受け付けないから、これは生命線なのだ。

 主が庭で丹精込めて育てた苺に砂糖でコーティングしたその飴は、甘酸っぱく美味しい。

 そして、主の魔力はとてもあたたかい味がする。

 食べ過ぎないように気をつけながら、僕は家の管理をする。

 掃除洗濯が終わればすることがないので、主の蔵書を読んだりもする。人間の生活はわからないことが多いから、勉強になるものばかりだ。

 飽きたら、身体を省エネモードにして擬似的に寝ている状態にする。

 

 どれくらい経ったのかわからない。今日も主の残した飴を頼りに、僕は生きている。

 もしも主が死ねば、僕も同時に人間界から消滅する。と言っても、精霊界に戻るだけなので、召喚霊にとっては人間界では『死ぬ』という概念はない。

 主が死なない限り、召喚霊は何も損なわれることはない。

 だから戦場にやっても、怪我をしないし、ましてや死ぬことはない。

 僕をここに残すことによる不経済(魔力供給用の飴を作る、僕という肉壁がない等)はたくさんある。

 明らかに非合理的な行動を取る主は変人だ。


「コロナ様、コロナ様、いらっしゃいますか!!」

 戸口を大きな声で叩くひとがいる。省エネモードにしていた身体を通常運転用に戻す。

「はいはい、オーガストさん、今行きます」

 僕は主の部屋へ行き、あらかじめ準備していた着替え一式の入った包みを手に玄関へ急ぐ。

「お久しぶりですね...どうやら戦場は激しかったようですね」

 頭に包帯だらけのオーガストさんは険しい表情のままだった。

「ゼニス副隊長が...」

「どうせいつも通り生きてるのでしょうから」

 僕はオーガストさんの言葉を遮り、勝手に馬に乗る。

「早く主のところへ連れて行って下さい」

  大柄な主は少し窮屈そうにパイプベッドで眠っていた。顔中絆創膏だらけなのもいつものことだ。汗ではりついた濃紺の髪をはがすように撫でてみる。

 熱い。

 怪我のせいで発熱しているせいもあるが、基本的に主の体温は高い。僕と大違いだ。

「コ、ロ...?」

  数度ゆっくり瞬いた後、焦点があったのだろうか、寂寥感に満ちた青い瞳をこちらへ向けた。

 そして、のろのろと身体を起こし、僕に手を伸ばした。縋りつくように抱きしめてくるのもいつもことだ。


  ふと主と初めて出会ったとき、つまり召喚されたときのことを思い出した。

 あのときもこんなふうに僕のことを抱きしめていた。

 主はいつも苦しそうに僕を抱きしめてくる。

 あのとき、主は自身の真名を契約の対価に差し出した。人間は真名の価値を知らないのか、と心底驚いた記憶がある。

 もし真名を教えてしまえれば、その名を知っているひとに自らを損なわれる可能性がある。

 ある意味、魂を受け渡す行為に等しい。

 そんなリスクを犯したにもかかわず、主は僕を使役することはない。

「コロナ...」

 主は僕の耳元で数度上の空で名を呼んだ後、抱いたまま、ベッドで眠る。

(脆弱なひと、だな)

 浅く呼吸を繰り返す胸に耳を当て、鼓動を確かめる。

 とくとくと皮膚の下で規則正しく拍つ心臓の鼓動は、あのときのように不快だった。

『お願いだから、僕が死なないように見張ってて』

  それは主が契約時に僕に提示した『お願い』だった。

  ただこれは契約時のもののため、『お願い』という皮を被った命だ。

  召喚霊を呼ぶほどの命でもないだろう、と思ったが、契約の名の下に確実に命を果たす存在はこの世界には召喚霊より他はいない。

  お願いの名の下に主の命を隠して、僕は主を死なせないように、食事を作り、家事を行う。

  彼を生かしているのは、何なのかは知らないけれど、きっとそれは他の誰かが託した願いなのだろう。

  だって、主は自分の幸福に価値を置いておらず、他人の幸福のためにそれを投げ出すことを不幸に思っていないからだ。

 

 主は何も語らない。

  語らないから、僕は召喚された理由を知る由もない。

  ただわかるのは、主は戦場で怪我をするのは厭わない癖に、滑稽なほどに死ぬのを怖がっていて、生きているのを確認するために僕を抱きしめてることくらいだ。

  僕は召喚霊だ。

  主の命が尽きるまで、主の下から離れることができない。

  だから僕は仕方がなく、主の命がつきるまで、その『お願い』を聞き続ける。

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