第47話 美濃彩華〜過去②緑葉〜

 ──美濃彩華と友達になった。


 何がきっかけかと他人に問われたら、あの何気ない放課後からとしか言いようが無い。

 少なくとも、何か劇的な出来事が起こったからではないのは確かだ。

 流れるように日々は過ぎて、いつの間にか周りから見た俺は『美濃彩華と仲の良いバスケ部』という認識に落ち着いていた。

 仲良くなる前は『バスケ部の男』くらいしか思われていなかっただろうから、進歩といえば進歩かもしれない。

 話したことのない生徒でも俺のことを知っているというのは、何とも奇妙な感覚だった。

 バスケ部で結果を残したからだとか、そういった理由ならば誇らしい気持ちもあっただろうが、ただ人気の女子生徒と仲良くなっただけだ。

 喜んでいいのかは微妙なところだったのだが、それでもまあ嫌という訳ではなかった。


「告白された」


 高校二年の夏、昼休み。美濃はまた報告してきた。

 何故かその類の報告の際は、いつも表情が優れない。


「そっか。すげーじゃん」


 何も考えずにそう言うと、美濃は息を吐いた。


「すごかないわよ。羽瀬川は友達から告白されたらどんな気持ちよ」


 そう言われて、目を閉じて思案してみる。

 脳裏に浮かんだのは女バスの友達だったが、告白されることを想像すると多少気分は高揚した。


「まあふつーに嬉しいな」

「あっそう。バカみたい」

「バカとはなんだ!」


 憤慨して、俺は口に運んでいた卵焼きを一旦弁当へ戻す。

 美濃は気にせず春巻きを口の中に入れた。

 ──俺と美濃は昼休みに、中庭のベンチで一緒に昼ご飯を食べるようになっていた。

 その時は美濃の女友達だったり、男友達も混ざることが殆どだが、たまにこうして二人きりになる時間がある。

 告白の報告をされるのは、いつも決まって二人の時だった。

 放課後のあの時間が遠因となっているのかもしれない。

 だが信頼されるということに悪い気はしない。

 そんな美濃も誰に対しても態度を変えることなく、友達たちからは信頼されていた。

 赤の他人がどう噂しようと、美濃は真っ直ぐ自分の意見を曲げない。

 美人ということを鼻にかけない明け透けな人柄だからこそ、惹かれる者が多い理由も分かる。

 告白される回数も、その現れだろう。無論、単純に顔だけで好きになる男も少なからずいることも否めないが。


「そういや、榊下さかきしたは?」


 榊下はお昼時にいつも顔を出してくる、お調子者の男子だ。二年生になってからクラスは離れたが、一年生の時はイベント事にも積極的に参加する中心的な存在で、俺も榊下とは割と喋る方だった。

 そんな榊下の姿が昼休みに確認できないのはかなり珍しいことだったので、ふと気になって美濃に訊く。

 美濃は無言で春巻きを食べ切った後、弁当箱を蓋で覆った。


「さあ。ここには、もう来ないんじゃない?」

「へ?」


 間抜けな声が出た。

 美濃は特に榊下と仲良くしていたはずだった。二人はお互い帰宅部だということもあって、一緒に帰る姿も何度か見かけていたのだが。

 そんな榊下がもう昼休みに来ないとは、一体どういうことなのか。

 疑問に思っていたことが顔に出ていたのか、美濃は俺と目が合うと苦笑いした。


「なんで変顔してるの?」

「いや、別に変顔してる訳じゃねえよ。失礼すぎるだろ」

「あはは、ごめんごめん」


 美濃は乾いた笑い声を上げた後、上を見上げた。

 中庭にある大きな樹木からなる緑葉が、夏の日差しから俺たちを隠してくれている。

 それでも多少は眩しかったのか、美濃は片手をかざした。


「……告白してきたの、榊下なの。私はそれを断った。だから多分、もう来ないわ」


 言葉に詰まった。

 返す言葉が瞬時に見つからず、俺も思わず美濃に倣って上を見上げる。

 瞬間風が吹いて、緑葉が枝から離れて飛んでいった。

 緑葉はひらりひらりと風に煽られて舞った後、静かに池に落ちていく。


「そういうこと。ま、羽瀬川は気にしないでいいよ」


 美濃は静かに笑った後、言った。

 その声色は、以前放課後の教室で聞いたそれと同じだった。

 あの時の告白も、高一の時に三人同時に受けたという告白も。

 もしかしたら、美濃にとっては全てがマイナスにしかならない出来事だったのかもしれない。

 美濃は榊下を振る時、どんな思いだったのだろうか。


「彩ちゃーん!」

「あっ、由季。遅いよ、もう食べ終わっちゃう」


 俺の思考は、いつもの面子が登場したことにより妨げられた。

 いつも通りの昼休みが始まる。

 榊下という人間が欠けていることについて、これからまた質問が飛び交うだろう。

 その度に、美濃はあんな表情をするのだろうか。

 今までの告白も、同じように誰かが欠けるきっかけになっていたのだろうか。

 思い返せば、いつの間にかこの中庭来なくなっている生徒が数人いる。

 特に仲が良かったわけでもなかったことから、今しがたの美濃の話を聞くまでは気に留めていなかったのだが。


 ──誰かが言っていた。


 美濃彩華の周りには、常に大勢の人がいる。


 その顔ぶれは、頻繁に変動していく、と。



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更新納めです。

今年は書籍化など、皆さまの応援で飛躍の年とすることができました。本当にありがとうござました!

来年も引き続き、応援よろしくお願いします。

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