第26話 相坂礼奈 〜過去①馴れ初め〜

 大学一年生の秋頃、俺は藤堂を含む『start』のサークル員たちで女子大の学祭へ訪れていた。

 俺が通う大学の近くには、名の通った女子大がある。そこで開かれる学祭は男女の出会いの場として、恋人のいない学生たちが多く集まることで有名だった。

 そんな学祭に行ってまで恋人を作る気が起きない俺は藤堂の誘いには消極的だったが、話を聞いていた他のサークル員たちに押される形で行くことになったのだ。


「彼女が学祭に来いってうるさくてさ、一人じゃ心細いから」

「にしてもこんな大人数で行ったら動きにくいけどな」


 様々な格好の売り子たちが黄色い声で客を呼び寄せているのを横目に、俺は藤堂に苦言を呈した。藤堂は「それを言うなよ、俺もこんなに皆付いてくるなんて予想外だったんだって」と小声で釈明する。

 並んでいるサークル員たちは皆楽しそうに辺りを見渡しており、俺たちの会話を気付く素振りもない。

 皆で並んでいるベビーカステラ店の列は中々前へ進まず、俺は身体を伸ばした。

 すると列の整理をしている売り子が俺たちの傍を通った。その日は可愛い売り子を何人も見てきたが、思わずその女子を目で追ってしまう。

 二年と一年が混じるサークル員の面々も同じで、その女子を興味津々に見つめていた。レベルが高いという噂の女子大ブランドを体現しているような、煌びやかなその姿に皆胸が高鳴っている様子だった。


「おねーさん!」


 先輩一人の呼び声に反応してこちらに寄ってくるその女子は、穏和な雰囲気を携えていた。


「学祭終わったら打ち上げとかやるの? よかったら──」


 その問いに満更でもなさそうな表情で悩んでいる姿を見て、俺は列を抜ける。女子大の学祭にはナンパはつきものだろうが、俺の性に合わなかった。


「俺、ちょっと別のとこ行ってきます」


 俺がそう言い残すとナンパされている女子は視線を向けてきたが言葉を交わすことはなく。

 サークル員たちも俺が列から抜けることに然程興味がない様子だった。同じサークルにも関わりの少ない人たちはいる。週二回程度の活動に、参加率が高くないとくればサークルの半数が顔見知り程度という状況になるのも仕方ない気がする。もっとも彩華のような対人能力に長けた人なら関係ないだろうが。

 結局俺が行く店の当てもなく十分ほどぶらぶらしている内に、藤堂が追いついてきた。


「彼女とは会えたか?」

「いや、今時間取れそうにないみたいで後になった。てかお前、一人で抜けた割には何もしてねえじゃん」

「ナンパ恥ずいんだよ。……別に先輩たちを恥ずいって言ってるんじゃなくて」


 俺が訂正すると、藤堂は口角を上げた。


「まあ、分かるよ。俺もああいう先輩と一緒に並んでるところを彼女に見られたらと思うと気が重い」

「お前は大丈夫だろ、見てただけだし」

「どうだろな。ちょっと嫉妬しやすいし、あいつ」

「知らねえよ」

「いや、今の話の流れ上普通の発言だったろ」


 俺が吹き出すと、藤堂も笑った。


「んで、どうしたんだよ追い掛けてきて。もう解散になったのか?」

「違う違う、さっきの女の子がさ。もう一回来てくれたら嬉しいって」

「まじか。逆ナンか」

「あのレベルから逆ナンされるわけないと思うけどな。今暇な時間だから呼ばれてるだけだろ」

「だよなー」


 それでも多少テンションは上がった。さっきの女の子といえば、女子大ブランドを体現したような容姿だったはずだ。


「じゃあ俺は先輩たちと合流してくるわ」

 藤堂はそう言い残して、俺が向かう先とは反対方向に進んでいった。


 先ほどの出店に着くと、列はまばらになっていて並ぶ時間はほとんどなさそうだった。

 その為列を整える係であろう女の子は暇そうで、こちらに気付くとすぐに寄ってきた。


「こんにちは」

「あ、どうも。さっきは抜けちゃってごめんなさい。あの人たちとこの後遊ぶんですか?」


 先輩方のナンパが成功したのか気になって訊いてみたのだが、女子は意外にも苦笑いをして首を振る。


「私、ナンパされるの得意じゃなくて」

「へえ、意外」

「そんなに風に見えます? ショックかも」

「ごめん、そういう意味じゃない。満更でもなさそうに見えてたから」


 慌てる俺に、その女子は冗談だと言う様に首を振った。


「自己紹介しよっか。私は礼奈」

「礼奈か。俺は悠太」


 下の名前を自己紹介されたので、俺もそれに倣う。

 サークルでは基本的に下の名前で呼び合うことが多かったので、そのことに抵抗はない。

 大学に入学してから名字で呼ばれることはほとんど無くなっていた。


「見たところ悠太くん一年生だしさ、同学年だから、敬語やめよっと」

「二年かもしれないだろ」

「一年生だよ。服装的に」


 礼奈は確信めいたものがある様子でクスクス笑う。失礼なやつはどっちだと言い返したくなったが、それよりも気になって訊いてしまう。


「……俺そんな感じ出てるの?」

「出てる出てる。最初見た時からもう気になっちゃって」

「ナンパされてる最中に、器用だな」

「あはは、褒められてる気がしないね」

「褒めてねえからな」


 確かに礼奈の服装は、お洒落に全く興味のなかった俺から見てもお洒落だと分かるものだった。

 服装に興味を持ち出したのはそれからだ。


「何で俺呼んだんだ? 逆ナンって感じでもないし」


 俺が疑問を投げかけると礼奈は首を傾げた。芸能人レベルのイケメンならまだしも、生憎俺はそんなレベルではないので、単純に不思議に思っていた。

 初対面の男を呼ぶなど、かなり変わったことであることに違いなかった。


「うん、途中で列から抜けた時に真面目な人だなぁって思って。真面目男子をナンパの風除けに使おうと思ったの」

「ひっでえやつ! 帰ろっと」

「あっ待って、ベビーカステラあげるから」


 ベビーカステラに釣られたわけではないが、俺はその場に留まる。無論冗談だし、礼奈もそれを分かってノッてきてくれたのだろうが、売り子からベビーカステラを貰えるというのはそれなりに魅力的だった。

 手渡されたのは礼奈が元々持ってたベビーカステラの入った紙コップで、残り少なくなったベビーカステラに爪楊枝が刺さっている。

 爪楊枝は一本しかなかったが、相手が礼奈なら何の問題もない。内心少し嬉しかったが、それを悟られると好感度は滝のように落ちるので、何てこともない表情を作ってベビーカステラを口に運んだ。


「おお、美味いな」

「でしょ? 値段の割にはいけてるって評判なの」

「普通にこの量じゃ食べ足りないわ、一個買おうかな」

「わ、ほんとに? じゃあ特別に出来立てのもの渡すね」


 俺から代金を受け取ると礼奈は出店の中へ入り、十数秒後戻ってきた。手には新しい紙コップが握られている。


「どうぞ」

「あざす」


 値段にしては美味しいであろうベビーカステラを味わいながら、周りを見渡す。どの売り子も、客を呼び込んで話をしていた。

 ピンときて、俺は笑った。


「あれか、売り子って暇な時間みんな客と喋ってんのな」

「あ、ばれちゃった。そう、暇な時間は客呼んでこいっていうお達しなの。でもちょっと怖くて」

「如何にも一年生の服装だった俺なら安心して時間を潰せると思ったわけだ」

「なんか語弊あるよそれ、真面目そうな人だからお話ししたかったの」


 その言葉が真意かは分からなかったが、話は盛り上がった。好きなアーティストが一緒だったり、好きな漫画が一緒だったりと共通点も多い。

 いつの間にか俺の話す量が増えていた。普段は俺が聞き側に回ることが多いので新鮮な気持ちになる。

 礼奈の返事の内容、相槌のタイミングは話す側の気分を高揚させるもので、とにかく聞き上手だった。

 初対面であるという緊張が解けると、次第にもっと彼女と話をしていたいという気持ちが湧いてくる。だが大学の話へと話題が転換したタイミングで店が再び混雑してきた。


「わ、お客さん一気に増えたね。ちょっと列の整理してこなきゃ」


 話の途中だったが、礼奈は申し訳そうに「行ってくるね」と告げた。

 今話した分だけじゃ足りない。俺はそう思った。


「この後ご飯行かない?」


 そんな言葉が口をついて出たのは、学祭の雰囲気に当てられて気が大きくなっていたからだろう。

 礼奈は目をパチパチとさせて口を開いた。


「ナンパ得意じゃないって言ったじゃん」

「あれ、だめ?」


 そう言いながら、答えは何となく分かっていた。

 ご飯に誘っても尚、礼奈の笑みが耐えることはなかったから。


「うん、いいよ」


 ──それが、相坂礼奈との出会い。


 初対面が二人きりだったこともあり、その後会う時はいつも二人だった。

 大学という時間の多さを活かし、週に三回は二人で遊んだ。話が合うこともあってか、礼奈は一度も俺からの誘いを断ることはなく。

 俺たちが付き合うのに、そう時間はかからなかった。

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