第17話 サンタの財布

 俺の所属するサークル『start』は活動時間のほとんどが試合に振り分けられる。

 練習時間が取られていないのは、大きな目標がないからだ。

 精々大学内のバスケサークル達が争う大会に優勝して、飲み会の資金を確保するといったところくらい。

 ただ身体を動かしたり、バスケを楽しみたい。

 そんな考えの人たちが集まるので、試合中心の活動になるのは必然のことだといえるだろう。


 今は男子の試合と女子の試合がローテーションで行われている。

 既にサークル活動時間の終了が近付いており、残すは女子の試合のみだ。

 女子試合は始まったところで、俺は疲労で重くなった足を伸ばしてダウンをしている。

 いつも以上に重くなった足に衰えを感じた。

 まだ若いとはいえ、数ヶ月まともに運動をしなければ身体はこうも重くなる。

 この分だと社会人になった時が恐しい。

 そんなことを考えていると、何処からともなくペットボトルが飛んできて太ももに鈍い音を立てた。


「やるよ」


 藤堂は転がったペットボトルを指差して言った。

 確認するとペットボトルは新品のスポーツドリンクだ。

 ロビーにある自販機で買ってきてくれたのだろう。


「おお、あざす」


 ペットボトルを投げられたことは一瞬で水に流して礼を言う。

 藤堂は汗を拭きながら隣に座った。


「結局、志乃原さんだっけ? ずっと二階から降りてこなかったな」


 藤堂が志乃原の方へ視線を投げる。

 俺もそれに釣られて見ると、志乃原は丁度欠伸をしているところだった。

 二階には志乃原以外に人っ子一人おらず、話し相手もいなかったことが分かる。


「……悪いことしたな」

「だろうな。女子一人を二時間放置って酷えやつだな」

 呆れたように笑う藤堂に、俺も苦笑いする。


「まあ、なんだかんだと言って許してくれるだろうけど。さすがに今日は飯奢るわ」

「そうしな」


 昼食なら財布へのダメージも大したことはないだろう。

 元々はお昼を奢られるつもりで誘いに乗ったのだが、こうなっては仕方ない。

 そう考えながら試合に目を向けると、明らかに一人目立っている選手がいた。

 彩華の友達で、志乃原の先輩である明美だ。

 相手のパスをカットして、ロールで身を翻しスペースを確保。

 キレのあるドリブルで相手陣地に侵入し、シュートフェイントでディフェンスを二人跳ばせてから、悠々とスリーポイントを撃つ。

 流れに全く無駄がない。


「やっぱ部活勢は違うなー」

 ボールがネットを揺らすのを眺めて思わず声を漏らすと、藤堂も頷いた。


「あんな凄えやつが、なーんでうちのサークルなんかに来たんだろな。大学内だけでもバスケサークルなんていっぱいあるし、その中でもうちはレベル低い方なのに」


 藤堂の言葉に、俺も首を傾げる。

 確かにそう考えると変な話だ。

 いくら部活が休みだからといって、わざわざ市営の体育館まで出向くなんて。しかもそのサークルはレベルが低いときてる。


「……まあ、気分転換だろ」

 あまり考えずにそう言う。

 深く考えたところで、別の答えが出るとも思えなかった。

 俺の返事に藤堂も同意見のようで、そこからは雑談で時間潰した。


 試合は19-6。

 明美を擁するチームの圧勝に終わった。


 ◇◆


 レトロな雰囲気のカフェに辿り着くと、志乃原は奥のカフェチェアに座った。

 黒褐色のカフェチェアが軽く軋み、俺が座るとまた少し大きめの音が鳴る。

 席に着くと俺は両手を合わせて謝罪した。


「まじごめん。時間いっぱい待ってもらって。奢る」

「いいですよ、元々付いていくって言ったのは私ですし」

「だめ、奢る」


 志乃原は手を振って断ろうとするがそうもいかない。

 後輩を二時間放置したツケが、ご飯一つでチャラになるのだったら安いものだ。

 食い下がる俺を見て、志乃原は「わかりましたよ」と返事をした。

 一番怖いのは奢った後にも根に持たれることだが、志乃原の性格からしてそれは無いといえる。


「楽しそうにバスケしてる先輩何か可愛かったですし、ほんとに退屈はしませんでしたよ?」

「格好いいって言われる方が嬉しかったな」

 俺の返事に志乃原は「えー」と口を尖らせて言った。


「女子が男子に可愛いって言うの、結構ポイント高い証拠なんですけど」

「はいはい」

「何ですかその反応!」


 志乃原は言いながらメニュー表を開いた。

 今のやり取りで高い昼食を注文されるリスクを考えていなかったので、しまったと思う。


 だがそれは杞憂のようで、机に届いたのは財布に優しいメニューばかりだった。

 半分以上食べたタイミングで、俺は思わず謝った。


「なんかごめん、財布に気遣わせたか?」

「いえ、これ食べる気分だったんです」

「そっか」

「そうです」


 志乃原は頷くと、くるくるとフォークを動かしてパスタを口に運ぶ。

 この後輩は普段生意気な口を利くくせに、こういった気遣いを持ち合わせている。

 だから普段の生意気な口も気にならないし、むしろ心地いいとさえ思ってしまうのだろう。

 志乃原とはたった二ヶ月程度の付き合いだが、どうも俺はこの関係を気に入っているらしかった。


「先輩、カフェオレ好きなんですか?」

 志乃原は俺が注文したアイスカフェオレを意外そうに見つめた。


「好きだよ。なんで?」

「いえ、なんだか先輩ってブラックコーヒーとか飲んでそうだから」

「無理無理、まだ飲めないわあれ。美味しくない」

「そこを背伸びして飲んでそうって意味ですよ。先輩って大人だけど、意外と子供なので」

「誰が子供だ。生憎と見栄張るために金払うほど財布に余裕がないんだよ」


 その答えを聞くと志乃原は納得したようで、「お金がないならそういう選択にもなり得ますか」と頷いた。

 失礼な話である。

 そう言う志乃原は、いかにも財布に余裕のありそうな服装だ。

 ハンガーに掛けたベージュのトレンチコートは高価そうだし、コートを脱ぐことで露わとなった黒のハイネック、細めのネックレスという組み合わせもお金をかけていそうだ。


「逆になんでお前はそんな金持ってんの?」


 無粋な質問だという自覚はあったが、志乃原は嫌な顔一つ見せずに答えた。


「私は結構バイト入れてますからね。サンタの方は掛け持ちでしたし」

「だよなあ。俺もシフト増やそうかね」


 俺といえば現在週一、二しかバイトをしていない。

 週一、二というシフトは、部活に入っていない文系大学生からしたらとても少ない部類になる。

 相坂礼奈と付き合っていた頃は週五でシフトを入れており、その分貯金も結構できた。

 今は貯金を切り崩しながらの生活だったが、そろそろそれも尽きそうだ。

 だが志乃原は俺の迷いに不服そうな顔をした。


「先輩が帰ってこない日が増えたら暇ですよ私」

「あのなあ、週に三回も四回も家に来る方がどうかしてるんだよ。バイトくらいさせろ」

「私サロンモデルもやってるので、経済面は甘えてもらっていいですよ。食費くらい出してあげましょうか」


 サロンモデルと紐への誘惑、どちらに反応しようと思ったが俺の口から出た言葉は前者に対する質問だった。

 何せ一般の大学生にはサロンモデルという言葉に縁がない。


「サロンモデルって稼げんの?」

「人にもよるでしょうけど、私はまあ月一で四万くらいですかね。結構美味しいですよ」

「なっ──」

 普段のバイトと合わせると俺の何倍も稼いでいるということか。

 正直頭がくらりとした。

 だがそれでも、お金を出してもらう気にはならなかった。

 それこそ周りにバレたら厄介である。


「いや、いいや。年下の女子に出させるほど情けない話はないよな」

「はい、それでこそ先輩です」

 その返事に俺のあんぐりと口を開ける。


「……試したのかよ、性格わりい!」

「ほ、本気にされるとも思わなかったんですよ!」

 志乃原はフォークを皿に置いて、ナプキンで口元を拭く。


「仕方ないですね、今夜は特別私持ちでご飯作ってあげましょう。腕によりをかけます」

 わざとらしく力こぶを作る志乃原に俺は顔をしかめる。

 その表情がよほど面白かったらしく、志乃原が吹き出した。


「で、今夜は何が食べたいですか」


 聞かれて、俺は思わず腕組みをする。

 志乃原の料理はかなりレベルが高いので、正直何でも良い。

 だがその返答は料理をする側からすれば一番対応に困る答えなのは間違いない。

 だから俺は、一番早く頭に浮かんできたものを告げた。


「肉じゃが」

「また簡単なものを。腕によりをかけるって言ったのに」

「ダメか?」

「や、ダメじゃないですけど。それじゃ買い出しに行きましょうか」


 そう言って志乃原は席を立つ。

「ご馳走さまでした」と頭を下げて、先に店から出て行った。

 元々二時間放置した失態をチャラにしてもらうために俺が二人分支払うのだから、礼なんていいのに。

 律儀な奴だ、と思いながら支払いを済ませる。


 すると、不意に携帯が鳴った。

 着信を示す画面だが、番号は登録されていない。

 だがその番号にはどこか見覚えがあった。


「もしもし」


『もしもし、悠太くん』


 その透き通るような声には聴き覚えがある。

 それこそ、嫌というほどに。

 記憶の残滓が、頭の中を刺激する。


「……礼奈か」


 電話の主は、数ヶ月前に別れた元カノの相坂礼奈だった。

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