カノジョに浮気されていた俺が、小悪魔な後輩に懐かれています
御宮ゆう
第1話 サンタとの出逢い
あの日のことは忘れもしない。
一年記念日のプレゼントを買った俺は、意気揚々と彼女の家に向かっていた。
記念日に作られたお高いシャンパンを買って、二人で飲もう。
明日は彼女が好きなイタリアンコースの予約もしたし、きっと喜んでくれるはず。
家に近付くにつれて、どんな反応をしてくれるかという期待感と、ここまで用意してどこかで外してたら堪らないなという僅かな不安。
だが家の前で待っていたのはそのどちらでもない、自分の彼女が他の男と手を繋いでいるという訳の分からない状況だけだった。
◇◆◇◆
「サンタって良い子にしてても来ないよなあ……」
今年に入って吸い始めたタバコの煙が寒空の下で揺らめく。
俺、
「サンタの報酬によっては良い子にしてやらないこともないわ」
隣で俺がタバコを吸い終わるのを待ってくれている友人、
「その報酬とは」
「彼氏!」
「だろうよ」
予想通りの答えに素っ気なく返事をすると、彩華は口をすぼめた。
「なによ、当然でしょ? この時期なんてみんな大抵はそんなもんよ」
俺が三本目のタバコを咥えるのを見ながら「あんたは何が欲しいのよ」と質問してくる。彩華も俺の答えは分かっているようで、既に口元は綻んでいた。
「金」
「プハッ、やっぱり!」
彩華はその答えを待ってましたとばかりに吹き出した。
「うるせ」
今度は俺が口をすぼめる番だった。それを見て彩華はますます可笑しそうに笑う。
「あんた、やっぱまだ元カノ引きずってんのね」
「ちげーよ」
「ははは、駄目。笑い止まらない」
「違うって!」
ムキになって声を大にすると、彩華はやっとのことで笑い止んだ。
「ごめんごめん。ツボっちゃった」
「性格悪っ」
「拗ねないでよ」
俺の肩を叩きながら、未だ笑いを我慢して口元をヒクつかせる彩華に思わずため息をついた。
彩華とは高校二年から大学二年までの、かなり長い付き合いだ。学部も同じな為、一緒の時間を過ごすことが多い。
世間でいう、綺麗系の顔をしている彩華は人気が高い。だが仲良くなるにつれて性格に難ありと思われ、なんだかんだと彼氏ができないでいた。
俺はこいつの人の不幸を笑い飛ばす性格は嫌いじゃ無い。むしろ元カノと別れた時に笑われた時は心が軽くなったくらいだ。
元カノとは一ヶ月前に浮気をされた結果別れたのだが、大抵の友達はそれを聞くと動揺し、何とか俺を慰めようとしてくれる。
そういった姿を見るのが嫌だった俺は、その件を笑い飛ばしてくれた彩華には感謝していた。
それに性格に難ありだとは言われているが、彩華はなんだかんだといって結構優しいやつだ。現に今こうして、喫煙者でもないのに嫌な顔一つせずタバコに付き合ってくれている。
「それで、どーなのよ元カノとは。連絡取り合ったりしてんの」
「アホ、してるわけねえだろ。そんなにメンタル強くねえよ」
「よしよし、そうこなくちゃ。そろそろ来る? 合コン」
彩華は目をキラリと輝かせて笑う。色んなサークルの人と絡んで顔が広い彩華は、たまに合コンの幹事を務めては俺を誘ってくる。
「えー」
「私があんたのサンタになってやるからさ!」
「あ、給料出るの? 行くわ」
「ちっがうわ! 何が悲しくてあんたに金払わなくちゃいけないのよ!」
「じゃあ行かね」
タバコを灰皿に押し付けて、喫煙スペースから離れる。
「あれ、行くの?」
「ごめん、今日バイトなんだ」
「そっか。またね、気が向いたらラインちょうだい」
「おう」
短めの挨拶を済まして帰路につく。
合コンはあまり好きじゃなかった。
とっさについた嘘だが、あのまま彩華といると延々と誘いを受けそうだったので仕方ない。
服に染み込んだタバコの残り香が、今日はえらく鼻に着いた。
◇◆◇◆
街の至るところでイルミネーションが点灯している。所謂クリスマスシーズンってやつだ。
赤、緑、金の光が煌々と輝いているのを横目にため息を吐く。
どこもかしこもカップルだらけ。カップルが集まるとして有名な場所を、うっかり通ってしまった自分を呪う。
彩華の誘いは断ったものの、いざカップルを目の当たりにすると気持ちが揺らいだ。
たまに男だけのグループを見て親近感に心を踊らせると、「あいつはフレンチのコースが好きそうだから、次もそっちに下見に行こう」という会話が聞こえて落胆する。
今まで彼女と一緒にいた分、クリスマスに浮き立つ街では肩身が狭い。
「すみません、えっと、これよろしくお願いします!」
そんな喧騒の中、唐突に赤々とした服を着込んだ女の子が胸元にチラシを突き出してきた。
辺りがカップルだらけで、イライラしていたからというのは苦しい言い訳だろう。
俺は反射的に、その腕を払いのけてしまった。
「きゃっ!」
女の子はバランスを崩して、持っていたチラシを辺りにばらまいた。
「うおっ、ごめんなさい!」
慌てて散らばったチラシを拾おうとするも、タイミング悪く学生の集団が通りがかってその半分ほど踏み抜かれていった。
「すいません、ほんとすいません。弁償するんで」
チラシにどれほどのお金がかかるかは知らなかったが、テンパって後ろポケットに入れていた財布を取り出す。
それを見て、赤い服を着た女の子は慌てた様子を見せた。
赤い服はどうやらサンタ服のようで、バイトは大変だなと勝手な感想を抱いた。確かに先程は彩華とサンタが来ないか、などと話していたがとんだ出会いになってしまった。
「い、いえ大丈夫です! 私もいきなりチラシ押し付けちゃってすみません。汚れてない分を配り切ってから、上には事情を説明するので……」
「俺も行くよ、俺が説明しないと」
拾った分のチラシを渡すため、顔を上げる。
女の子は、戸惑いつつも俺の提案に逡巡しているようだった。
その様子を見つつ、俺は違う事で頭が一杯になっていた。
抜群に可愛いのだ。サンタの格好で、それがまるで違う世界から来た住人ように周りから浮いて見える。
道行く人がチラリチラリと女の子を横目に見るあたり、恐らくこの認識は間違っていない。
毛先をふわりと巻いた暗髪や薄めのメイクから察するに同じ大学生だろう。
大きな瞳の中に俺が映っているのを見て、思わずチラシ拾いに逃げる。
「拾ってもらっちゃってありがとうございます」
「い、いえ。悪かったのは俺だから」
「今の話、上が厳しいので正直助かりはするんですが。本当にいいんですか? まだ上がるまで一時間ほどありますし……」
「ちょうど暇してたんで、それくらいなら待てます」
そう言うと、サンタの格好をした女の子はペコリと頭を下げた。
「それじゃ……その、また後で。どこか休めるところとか教えられたらいいんですけど」
「ああ、それは大丈夫。大学がこのへんにあって庭みたいなものなんで。すぐそこにあるショッピングモール一階にある、リターズってカフェ屋で待ってます」
「すぐ側にある大学ですか?」
側の大学といえば一つしかない。
頷くと、それまで当たり障りのなかった表情に親しみが生まれた気がした。
「その、私、
「羽瀬川悠太。……それじゃ、また」
「あ、はい。わかりました。リターズですね」
彩華の時とは対照的な少しぎこちない挨拶を済ませ、カップルが集うショッピングモールに足を向ける。
色とりどりに散りばめらたクリスマスカラーの装飾を眺めながら、不思議と自分の足取りが軽くなっているのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます