ぽんぽこ子狸珍道中
@iwao0606
第1話
毎度、馬鹿馬鹿しいお噺を一席、おつきあい願います。
えー、落語なんかでも、よく親と子どもが出てくる噺というのがあります。
たとえば、お初天神などが有名ですやろうか。
天神さんにお参りする父親についてきた坊が、あれやこれやねだって、あの手この手で父親を困らせる噺ですわ。
本当、子どもはどこからそんな知恵を入れてくるんやろうか、と気になるところではありますなぁ。
親の弱いところをちゃーんと知っています。
そんな子どもに、親御さんも手を焼いてばかり、疲れがどうにもならへんとこまで来たひとも多いちゃうんかなとは思います。
あんまりわがままを言うもんやから、やれ懲らしめてやろう、という気持ちになったひともおるでしょう。
「お前は橋の下で拾ってきたんや」と言うた親御さんも、この中にはいらっしゃるんやろうと想像します。
いまからやるこの噺も、子育てに疲れたお母さんが、ちょいっと子どもを懲らしめるために、嘘をついた、そんなお噺でございます。
お月さんがまん丸く、金色に輝いている十五夜。
大阪の住吉っちゅうところに、三人のこどもがいるお母さんがおりました。
このお母さんはたいそう疲れてはって、というのも、わんぱく盛りの子どもたちですからなぁ、目ぇ離した瞬間、何をしでかすかわかったものじゃあありません。それが三人も揃っとったら、もうお手上げですわ。
何とか毎日乗り切っている状態ですわな。
今晩は冴えた月やから、なおさら寝つけへん子どもたち相手に、絵本を読んだり、おっぱいをやったりして、ようやく三人のうち、ふたりは寝てくれました。
でも、一番上の長男はひしっと母親にしがみついたまんま。
これでは洗濯物を畳まれへんし、なぁんもできへんまんま、いたずらに時計の針が、チクタク、チクタクと進むばっかりです。
空にぽっかり浮かぶお月さんを見て、お母さんは、ぽつりこう言ったんです。
「………あんな、実はお母さん、たぬきやねん」
「たぬき?」
「罠にかかっているところを、お父さんに助けてもらってな。それでそのご恩に結婚してん」
切なげな声に、長男はごくりと唾を飲み込みました。
「こんなお月さんの綺麗な夜になるとな、ふと山に帰りたぁなんねん。……でも、山へ帰ってしもうたら、もうここに帰ってこられへん。人間に化けれるのは、掟で一度っきりやからな」
完全にお母さんのでまかせです。でも、長男はあっさりと間に受けてしもうて、ますます強く母親にしがみつきました。
「お母さん、いかんといて! ええ子にしてるから! な! お願いやぁ……」
ぎゅっと熱い手ですがって、泣き腫らす長男の可愛らしさに、お母さんは味をしめてしまいました。
さて、次の年、十五夜。今度は真ん中の子に、同じことを言って聞かせると、蚊の消えいりそうな声で「行かんといて」とさめざめ泣きました。
(あかん、これはたまらんわ)
悪いのはわかってるんやけど、日頃、悪さばっかりする子どもたちに、いけずしたなったんでしょうな。
三年目の十五夜、末っ子を抱きかかえながら、お母さんは言いました。
「………あんな、実はお母さん、たぬきやねん」
「たぬき?」
ここまでは、上の子らと同じように、母親の言うことに疑問を持ちました。
「罠にかかっているところを、お父さんに助けてもらってな。それで、そのご恩に結婚してん」
切なげな声に、末っ子はごくりと唾を飲み込みました。
「こんなお月さんの綺麗な夜になるとな、山に帰りたくなねん…でも、山へ帰ったら、もう帰ってこられへん。人間に化けれるのは、一度っきりやからな」
よし、この子も泣くか、と期待したお母さんでしたが、予想もつかない返事が返ってきました。
「お母さん! たぬきなんや! な! な! ほら、変身してみぃ! ほら、今!」
鼻息荒く、目をキラキラさせる末っ子に、お母さんはがっくりしてしまいました。
お母さん行かんといて、と泣いてすがる姿を期待していたのに、大はずれ。
「…人里では変身するとこを見せたら、あかんのよ。堪忍な」
「なんでや! な、お母さん、な!」
興奮して寝つかない末っ子に、すっかり腹を立ててしまったお母さんは、こう言ってしまったのです。
「ええ加減いしぃや! あんたがそんなに言うんやったら、山へ帰らせてもらうわ!」
そして、ぷりぷりと部屋を出て行ってしまいました。
(でも、よう考えたら、私が一番あかんよなぁ)
台所で冷たい麦茶を飲みながら、お母さんは思案しました。自分の望んだとおりの反応が来なかったから、と腹を立てたのは、浅慮。
その話を仕事帰りの旦那さんにすると、
「きっと疲れているんやと思うよ。明日は俺に任せて、どっか出かけてきぃや。俺も忙しくて、最近子どもたちと遊べてへんし」
「ありがとうな」
翌日、お母さんはこどもたちの食事を作り置いて、半日だけ息抜きの時間をもらいました。
久しぶりのひとりの時間に、お母さんはホッと息を漏らしながら、喫茶店へ入りました。
一方、家では子どもを任されたお父さんは、日頃の疲れもあって、ぐぅぐぅと寝ていました。
隣でもぞもぞと起き出す子どもたちに気づいていましたが、どうせ日曜日のアニメ番組を見たいんやろう、とたかをくくっていました。最初に気づいたのは、真ん中の子でした。
なぜなら、大好きな魔法少女もののアニメが、一番早い時間に始まるからです。
いつもなら隣で、真ん中の子が動き出すのを眠そうに見ている母の姿があるはずなのに、今日に限っていません。
いびきを上げる父親を、どんなに揺さぶっても上の空。
仕方がなく、兄である長男を起こしました。
「お母さんがおらへんの! お兄ちゃん、どないしよう! な、お兄ちゃん、聞いてんの!」
「買いもんに行っちゃんとちゃうん?」
「そんなことあらへん! だって、お弁当を置いて行っているんよ! それって長い間帰ってこーへんってことやん! お母さん、何も言わんまんま出てったんよ……私たち、捨てられたんやぁ……」
今にも泣き出しそうな真ん中の子を慰めようとするものの、聞く耳持たず。
その騒がしさにぱっちり目を覚ました末っ子。
「なぁ、お前、お母さんがどこにおるんか知っているか?」
念のために聞いておくと、末っ子はけろりと「知っとるよ」と言いました。
「昨日、お母さん、山へ帰らせてもらうわって言ってた」
「お前!」
「あんた!」
「なぁ、にいちゃんもねえちゃんも、お母さんがたぬきやって知るとった? 昨日、変身してって言ったんやけど、あかんって言われたんよ!」
「なんてことを言うたんや! お兄ちゃん、どないしよう…もうお母さん、山へ帰っちゃったんや!」
「たぬきになったら、もう二度と人間の姿に戻られへんもんな……」
そこまで言うと、目からポロポロ涙をこぼす真ん中の子。ぐいっと歯を食いしばって、嗚咽を殺しています。
その雰囲気に飲まれて、長男もなんだか心細くなっていきます。
末っ子というものは、ことの深刻さをわかってないんでしょうなぁ、食卓に置かれた朝食のおにぎりを、もぐもぐと食べています。
テレビからはにぎやかな声ばかり。
「………お母さんは山へ迎えに行けばええやんとちゃうの?」
末っ子があっけらかんと言いますと、真ん中の子はすっかり声を荒げました。
「簡単に言わんといて! 帰ってこられへんってお母さん、言うとったやん! それに、どの山かわかるんか!」
「だから、探しに行けばええやんか。やーい泣き虫!」
「誰のせいやと思ってるん!」
「まぁまぁ落ち着き。探しに行かへんことには、始まらんからな。もしかしたら、お願いすれば、お母さんも帰ってこられるかもしれへんし。帰られへんかったら、山で一緒に暮らしたらええやん」
「………うん」
「さぁ、ご飯を食べよう」
三人は朝食を食べて、ちゃんと歯を磨いてから、服を着替えました。帽子に、鞄。ティッシュとハンカチを忘れずに。お弁当も横にならないように、ちゃんと入れました。水筒にお茶をたっぷり詰めて、肩から下げて。
「行ってきまーす」
と三人揃って、ぐぅすか寝ている父親をほぅって出て行きました。
大阪は上町台地の上にありますから、平べったい土地ばかり。山と言う山と言ったら、天保山くらいですやろうか? あれ、最近、日本一低い山ではなくなったんちゃうらしいですよ。
子どもの低い視線から、山を探しても、見えるんや建物ばっかり。
山っちゅーもんは、ずいぶんと遠いものに感じたんでしょうな。
「どないしよう、どこへ行けば山へ行けるんやろう?」
子どもが三人、揃いも揃ってきょろきょろしているもんですから、朝の犬の散歩に出かけてたおっさんが声をかけました。
「お前ら、どないしたんや? 道に迷ったんか?」
「道に迷ってへんよ。あんなぁ、おっちゃん、ここらへんに山ある?」
「たぬきが住んでそうな山や!」
「山? たぬき? まぁ、あるっちゃああるけど。たぬきを見にいくんやったら、天王寺動物園に行った方がいいちゃうの? 確実に見れるで」
「そんなんちゃう! 罠に引っかかってるところを助けてもらえるようなたぬきが、いそうな山や!」
「うーん、なんや具体的やな。じゃあ、金剛山かいな? あそこならたぬきがおりそうやで。でも、電車に乗らなあかんし、遠いで?」
「金剛山な! お母さんに会えるんやったら、近いも遠いも関係あらへんよ!」
「おっちゃん、おおきにな!」
三人はよくお父さんを迎えに行く住吉東駅まで走っていました。その後ろ姿を見ながら、おっさんは首を傾げるしかありません。
「母をたずねて金剛山? あれ、おかしいな? たぬきが住んでそうな山の話やったよな?
駅に着きますと、子どもたちは窓口の駅員さんに金剛山までの行き方を尋ねました。
「金剛山までの切符ください!」
「金剛山な。えっとな、河内長野駅で降りて、バスに乗れば行けるで。でもな、自分ら、ちゃんとお金を持ってる?」
「俺、持ってへんけど、お前持ってる?」
真ん中の子はこっそり尋ねられると、誇らしげにカバンからアンパンマンの財布を出してきました。
「お母さんが、もしものときのために、これをもたせてくれたんよ!」
「うわ、千円やん! しかも五百円玉もあるやん! めっちゃお金持ちや!」
「めっちゃお菓子買えるやん、兄ちゃん! 何買おう!」
「あかんから! お母さんからもしものとき、預かったお金や! これで会いに行くんやから。お菓子とお母さん、どっちが大事なんや!」
「……お母さん」
真ん中の子はそれで三人分の切符を買うと、残りは六十円になってしまいました。まさに片道切符。
駅のホームで、真ん中の子はしょんぼりしてしまいました。
「どないしよう、もう六十円しかあらへん」
「お姉ちゃん、六十円ちょっと貸してぇな」
「ええけど、何に使うん?」
末っ子はパァーと走って、キオスクでチロルチョコを買ってしまいました。
「姉ちゃん、手ぇパーしてや。どれがええ? ミルクやろう、いちごやろう、ビスケットやろう」
「もしものときのお金やって、言ってるやん! どないしよう、すっかり文なしや」
「ええやんか、お姉ちゃん」
ぽーんと口に放り込まれたら、甘い味が広がって、真ん中の子もいうのをやめてしまいました。
「ちゃんとお兄ちゃんとうちとでわけっこやで」
にぃっかり、末っ子は笑いました。
三人は電車に乗りこんで、ガタガタと揺られて、南海高野線を下っていきます。日曜日の朝、と言っても、金剛山を登るマダムたちがどんどん乗ってきて、なかなかの騒がしさ。
大阪のおばちゃんは、なんかこう人懐っこいところがありますでしょう?
「こども三人で電車とか大丈夫やろうか。ほら、すっごいちっちゃい子いるし」
「聞いてみようか?」
子どもたちだけで電車に乗っているのが、気になったんでしょうな。長男に声をかけました。
「なぁ、僕、どこまで行くん?」
「金剛山!」
「あら、おばちゃんたちも同じとこ行くねん。おばちゃんたちは山に登るんやけど、僕らは何かの用事?」
「お母さんに会いに行くねん」
「あら、お母さんに会いに行くねんな。お父さんは? 離婚でもしたんか?」
「離婚?」
「お父さんとお母さんが別々に暮らすっちゅうことや」
「そやねん。お母さんな、山へ帰るって言うたから、会いに行くねん」
「そっか、悪いこと聞いてしまうたな。よかったら、飴ちゃん、食べや」
おばちゃんは飴ちゃんをひとり一個ずつ渡して、「おばちゃんたち、次の駅で待ち合わせての、金剛山やから。気をつけていきや」と降りてきて行きました。
おばちゃんがくれたのは、丸い穴が空いた、パイン飴。さっそく子どもたちは封を開けて、口に含みます。
末っ子は笛ラムネのようにピィピィ鳴らそうとしますが、何も音はなりません。
「あほやなぁ、パイン飴は吹かれへんねんで」
真ん中の子は威張って言います。悔しくて、末っ子は顔が真っ赤になるまで吹きます。
「しゃあーないな」
長男は末っ子が吹くタイミングと合わせて、口笛を吹きました。
ピィーー。
「鳴るやん!」
末っ子はいい気になって、何度も吹きます。真ん中の子は欲しくなって、交換してというけど、末っ子は知らん顔。
仕方がなく、長男は真ん中の子が吹くタイミングに、口笛を吹きました。でも、あんまりにもふたりが吹くもんやから、長男は息切れして、空気を変えようと話し出しました。
「なぁ、お前ら、お父さんとお母さんが離婚したら、どっちんとこで暮らす?」
「お母さん」
「お母さん」
ふたりとも即決でした。
「でも、困ることがあんねん」
「困ること?」
「うち、お母さんがたぬきやって言うてから、考えとってん。うちら、たぬきと人間のハーフってことになるやん?」
「ま、そやな」
「でも、たぬきのこと、全然知らんやんか。お母さん以外のたぬきと仲良くやっていけるんやろうか? 新しくできる友達もたぬきばっかしになるしなぁ」
「言われてみたらそうやな。たぬきって何して遊ぶん?」
「うち、知ってるで! お腹叩くんやで! ほら、唄でもあるやろう!」
「本当や!」
三人は幼稚園で習った証城寺の狸囃子を思い出して、ポンとお腹を鳴らす練習をします。
わいのわいのやってくその道中の陽気なこと。
クーラーの効いた室内で、練習にくたびれた子どもはすっかり寝てしまいました、とさ。
気づけば、河内長野駅を過ぎて、どんどんと和歌山の高野山まで行く始末。
さて、一方、お母さんはというと、久しぶりのひとりに喫茶店でお茶を飲んでいました。でも、子どもたちの様子が気になって、旦那さんに電話をかけました。
「ちょっと気になったんやけど、あの子ら、元気にしている?」
携帯の音に目を覚ました旦那さんは、あたりに子どもたちがいないことに、すっかり青ざめてしまいました。
「え、ちょっとおらへんってどういうこと? 靴も鞄もないって?」
お母さんは大慌てで喫茶店を後にしました。
すっかり寝てしまった子どもたちは、気づけば、極楽橋駅に着きました。ここからケーブルに乗り換えて、終点の高野山へと行きます。
「どないしよう…ここ、金剛山ちゃうやんか。もうお金もあらへんのに……」
「また引き返せばええやんか」
「兄ちゃん、お腹すいたー! お弁当を食べよう!」
ぐぃぐぃと長男の服を引っ張ります。
「そうやな。お弁当休憩してから、行こうな」
子ども三人が端っこで暗い顔でお弁当を食べているのに、駅員さんも気になったんでしょうな。
「なぁ、自分ら、お母さん、お父さんは?」
「お母さんは山に帰ったんよ、お父さんは家でぐぅぐぅ寝てる」
「お母さんに会いに来たん?」
駅員さんは、母親が高野山で修行していると思ったんでしょうな。恋しさのあまり、家を出てきたんだと思いました。
「うん、そやねん」
「ぐぅぐぅ寝ているお父さんに、ちゃんと出かけること言うた?」
「行ってきますは言うたで」
(こりゃあ、無断で出てきおったな)
駅員さんはため息をついて、言いました。
「でもお父さん、自分らにいってらしゃいって言うてへんやろう? 心配していると思うから、一回電話をかけへんか? 外に公衆電話あるからな」
「…お金はもうないねん。チロルチョコを買ってもうたから」
「しゃあないな。電話を貸したるから、かけや」
こうして、無事、連絡がつき、迎えが来ました。
電車から降りたお母さんのすがたを見ると、子どもたちはワァーと声をあげて、抱きつきました。お母さんはぎゅっと抱きかかえながら、涙声に謝りました。
「ごめんな、ごめんな。お母さん、ちゃんと許しをもらって、ずっといてもええって言ってもらったわ。だから、ずっと一緒やで」
ぎゅっと三人のこどもを抱きしめて、お母さんは言いました。
しかし、ひとり、けろりとした顔の末っ子。
「なぁ、お母さん」
「どうしたん?」
「あんなぁ、ちゃんとお腹を叩けるように教えて」
「なんでなん?」
「だって今度、お母さんと一緒に山へ行くとき、たぬきのみんなと遊ばれへんやろう?」
お後がよろしいようで。
ぽんぽこ子狸珍道中 @iwao0606
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