男子高校生がカフェめぐりをするとこうなりそう

八面子守歌

1. 日常にはラノベとカフェと

第1話 ちょっと変わったカフェでした。

 立方体の音響機器からジジジ、と音が微かに鳴り始めた。チャイムが鳴る前兆だ。


 僕は無意識のうちに机の中の荷物を鞄へ放り込む。


 チャイムが鳴った。


「はーい、号令」


「きりーつ」


 授業が終わった。放課後だ。ティータイムが待っている。心がふわふわ時間タイムといっても過言ではない。


 颯爽と教室を出る。僕に声をかける者はいない。一人ぼっちなのだ。


 クラスメイトとは決して口を利かないわけではないけれど、最低限の会話しかしない。つまらない奴だと思われているだろうか。他人にどう思われるかということは、さほど重要なことだとは思えない。僕にはどうでもいいことだ。カフェに行くことが出来ればそれでいい。


 街へ出た。駅前は巨大なビルが立ち並んでいる。定時間際のオフィスビル内はどういう雰囲気なのだろう。殺伐としているのか浮かれているのか、学生には到底知り得ない。


 スマホで目的地の場所を調べた。しばらく歩いていると、路地裏に佇む木造テラスを見つけた。たのもーう、なんて言うはずはなく静かに戸を開ける。


 コーヒーの香りに包まれた。オレンジ色の照明が暖かい。外が凍えるような寒さだから余計にそう感じるのだろう。


「いらっしゃいませー。お好きなお席へどうぞ」


 茶色のエプロンを身に付けた清楚な女性だ。大学生だろうか。


 幼げな童顔だ、と思った。すらっとした体のせいでより一層、胸の大きさに目がいってしまう。きっとあれは童貞男子を食う化物だ。


 女性越しにカウンターが見えた。イケメンが立っている。俳優かモデルでもやっているのだろうか。形の整えられたひげがダンディーさに拍車をかけている。


 店内を見渡すと、主婦と思しき二人の女性が談笑している。他に客はおらず、リラックスできそうだ。


 奥のテーブル席へ座った。しばらくして、童貞男子を食う化物がメニューと水を持ってきた。


「こちらがメニューになります。この時間帯ですと、お得なメニューがございまして」


 そう言って、童物童貞男子を食う化物はメニューに描かれたコーヒーカップのイラストを指差した。


「こちらとこちらが五十円になっております」


「へえー……え!?」


 思わず声を上げてしまった。値段の安さに驚いたのではない。


「まるでゴキブリをすりつぶしたかのような光沢のある黒色が特徴」


「はい!」


「口に広がる苦みと鼻を通る香ばしい匂いが最高。焼いた蠅を思い出さずにはいられない」


「はい!」


 はい! じゃないんだよなー。


「いや、すごい……攻めたアピール文ですね」


「やっぱり、そう思います? 考えたの店長なんですけど、ちょっと変わってて」


 童物童貞男子をryはくいっと顔をこちらへ近づけて、僕の耳元で囁いた。


 セミロングな黒髪が視界の端で揺れている。触れていないのになぜかこそばゆい。ふわっと甘く熟れた匂いがする。下半身がぞわぞわとした。


 彼女はカウンターのほうへ視線を移している。あのオサレ男子は店長らしい。


「お、美味しいのかどうか全く読み取れないなあ」


「どれも味はすごくいいですよ? 私のお気に入りはこちらですねー」


「匂いからすでに甘くてフルーティー、真夏の夜の虫取りには持ってこい」


「はい!」


 指差した先に書かれてある文章を読んでみた。どうしてすべて虫に寄せているのだろうか。あまり気にしないほうがいいのかもしれない。無視しておこう。


「じゃあこれを一つお願いします」


「かしこまりました。少々、おも、お待ちくださいませ」


 噛んでしまったときのはっとした表情の残像が目の前に見える。去り際のへへっと声を漏らす仕草は、ずるいと思ってしまった。


 注文を終えると読書の時間が始まる。カフェを訪れるのにライトノベルは欠かせない。読みかけの『捨てた女子高生を妹が拾ってきたんだけど 11巻』を読み進める。


 しばらくすると、童物童貞男ryがトレイを持ってやって来た。


「お待たせいたしました。ホワイト・ドゥー・パフュームです」


「あー、ありがとうございます」


 手に持っていた本を不意にテーブルの上へ置いた。表紙が上向きになっていて、衣服の乱れた女子高生のイラストが露になっている。慌てて、文庫本を裏返した。


 普段ならそのまま放置していたと思う。羞恥心はない。初対面の他人に見られたところで僕には害などないのだ。気持ち悪がるのなら勝手にすればいい。


 けれど、今日は違ったらしい。なぜこのお姉さんが特別なのかはわからない。


「この本」


「あー、ははは……何か?」


 彼女は視線を伏せて、本の裏表紙を眺めている。きっとあの一瞬の間に表紙を見られていたのだ。非情にまずい。何としてもこのままバレないように押し切りたかった。


「ステヒロじゃないですか?」


「え」


 誤魔化す手段を見つけるために回転していた頭脳が、ピタッと止まった。


 本のタイトルをすっ飛ばして、その略称を口にするということは――。


「知ってるんですか?」


「このラノで知ってから好きになって。集めてますよ、最新刊まで」


 ……相当、コアなファンなのかもしれない。


「あ、へえー。えーと」


 彼女の胸のあたりに視線を移した。決して豊満な脂肪に魅せられたわけではない。ネームプレートを見ようとしたのだ。


 けれど、見つけられなかった。名前を公開しないタイプのお店らしい。


 なぜだか僕は彼女に興味を持った。

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