第二十六話 豚は画策する

 依頼ボードの前で騒ぐ女性たちが気になることを言っているが、ビッグボアの目撃情報と周辺情報を確認しなくてはいけないので無視した。


 しかし、どこぞの阿呆が俺たちのことを教えたようで女性三人が俺たちに近づいてきた。教えた阿呆はニヤニヤと笑いながら楽しんでいた。


 ……顔は覚えたからな。俺のチートスキルの餌食にしてやる。


「ちょっと、あんたたち!」


 復讐を決意している俺に話し掛けてくる女性。


「何か? 今忙しいんですけど? ビッグボアを獲りに行かなきゃいけないからな」


「あたしたちの依頼よ! 返しなさいよ!」


「えっ? 指名依頼なんですか? 指名依頼なら何で依頼ボードに貼ってあったのですか? 依頼書は早い者勝ちって常識ですよ? 遅刻したあなた方が悪いのでは?」


「指名依頼じゃなくても、あたしたちの依頼って決定しているの!」


 意味不明……。指名依頼以外に決定している依頼なんかないはずだが。


「では、あなた方はギルド職員が不正を行っていると言いたいのですね?」


「はぁぁあ? 何言ってるの?」


「えっ? 指名依頼じゃないのに決まっているんでしょ? ギルド職員があなた方を特別扱いしている証拠じゃないですか? それを不正って言うんですよ?」


 当然目の前の阿呆共の虚言だと分かっているが、自分の発言がギルド職員の不正を証明してしまうと分かれば黙るかと思ってギルド職員を引き合いに出したのだ。


 ギルド職員はギルド内での武器の使用がない限り黙認するらしい。だから、俺たちのことを教えた阿呆は娯楽のためにもめ事を起こしたようだ。


「あたしたちが狙ってた依頼だし装備も揃えてきたのよ! 装備が無駄になるじゃない!」


「装備を用意する時間があったということは以前から貼られていた依頼書なんでしょ? 先に依頼を受けてから装備を揃えればよかったのでは? それに無駄にはなりませんよ」


「じゃあ返すのね?」


「いえ。次回に使用すればいいだけです。それよりも、あなた方にはあの依頼の方が向いていると思いますよ」


 俺が依頼ボードに向けて指を差すと、受付嬢含む全員が依頼ボードを見る。ただ、依頼ボードと俺の距離が離れているせいで、どの依頼のことを言っているか分からなかったらしい。


 すると、たまたま近くにいた人が俺の代わりに向けられているであろう依頼書を順番に指してくれた。そして目的の依頼書を読み上げてくれたのだ。


 全員が耳を澄ませて依頼内容を聞いている。


「新作の味見役を求む。たくさん食べられる方歓迎。報酬はボア肉」


 静まり返ったギルド内のあちこちから、クスクスと馬鹿にした笑いが聞こえてくる。


「ありがとうございます。――ねっ? 得意でしょ?」


「フ……フ……フ……」


「ブーブーブー?」


「フザケンナァァァァア! あたしたち戦乙女ヴァルキュリアを馬鹿にすんじゃねぇぇぇぇえ!」


 そう言われても肥満体型の女性が三人もいるのに、ビッグボアの討伐に行くなんて冗談としか思えなかったのだ。


 俺はなんちゃってテイムで遊んだときにビッグボアの速さを知った。それ故、動きの鈍そうなデブが勝てる見込みは限りなくゼロに近いと思ったのだ。


 しかも、わざわざ用意した装備は三人とも盾である。速さで勝てないのなら受け止めようと考えたのだろうが、逆にひき殺されて吹っ飛ぶ未来しか見えない。


「情報収集終わったよー」


 俺が戦乙女という名前をイジろうとしたところにリアから出発の合図をもらった。というのも、今までリアは情報収集作業を行っており、俺はその間に暇つぶしとしてからかっていただけである。用がなくなったのならば長居は無用なのだ。


「では、仕事に行ってきますので失礼します」


「あたしたちの仕事を返せぇぇぇぇえ」


「残念ながら先ほど俺たちの仕事になりましたので、あなた方は素直に試食会に行ってボア肉をもらってきた方がいいですよ」


「待ちなさいよぉぉぉぉ!」


 俺とリアは無視して外に向かう。そのとき俺は、俺たちのことを教えた阿呆に近づきスキルを使う。


「おいおい、友達の妹を騙して娼館に売ったの? 友達が知ったらヤバいだろ。――なぁ、リリーのお兄さん?」


 俺たちのもめ事を二人で楽しんでいた阿呆は、仲良さげに話していた友人の妹を売っていた。仮にこの話が嘘だったとしても、一度疑ってしまったことは確かめられずにはいられないだろう。


 今度は俺がもめ事を楽しむ番である。


「なっ! お前……適当なことを! ち、違うんだよ……。本気にするなって……なっ?」


 さっそくもめ始めた。まぁ頑張ってくれや。


 ちなみに、俺たちに直接絡んできたのは団子三姉妹もとい戦乙女のクレーム担当だけである。他の二人は終始怯えたように無言であった。理由は簡単だ。俺の見た目で貴族だと勘違いしたからである。


 俺たちがいなくなった直後、「貴族に喧嘩を売るなんて死にたいの?」と問い詰められていた。それでもクレーム担当は納得できないようだった。


 守護者デビューはもめ事から始まったが、舐められないようにするという優秀な受付嬢からのアドバイスを実践できたと、心の中でガッツポーズしながら街の外に向かうのだった。



 ◇◇◇



「絶対に許さない! せっかく盾も買って依頼に行こうってときに、横からかっさらって行ったのよ? しかもアイツら、今日兵士ソルジャーに上がったばかりのガキ共って話じゃない。あたしたちは戦士ウォリアーなのよ? 舐められたまま終われるはずないじゃない!」


「でも……依頼を受けてからって言うのは正論でしたし。今日ランクアップしてビッグボアの依頼を受けられるようになったのなら、昨日までに受けておけばよかったというのは分かります……。それに……」


「貴族ってことでしょ? あなたもいい加減相手を見てから喧嘩を売ってよ。王族や貴族だけはやめて!」


「そんなの知らないわよ! 盾だって今朝やっと届いたのよ! 受け取ってすぐに来たのに依頼がないなんて納得できるわけないじゃない! 猶予期間が一週間しかないのよ? ギリギリまで依頼を受けないようにするのは当然でしょ! それに貴族なら最初から貴族ですって言ってるわよ!」


 戦乙女の三人はアルマたちがいなくなった後もビッグボアの依頼について話していた。三人とも納得できないでいるようだが、アルマを貴族だと勘違いしている二人は依頼がない以上、他の依頼をしようと仕事を探していた。


 だが、アルマに食ってかかった女は自分の都合しか考えていない故、未だにビッグボアの依頼は自分の依頼だと認識していた。


 そして自己中心的な人間が辿り着く答えと言えば基本的には一つしかない。


「全部アイツが悪い」


 そう、逆恨みである。


「……行くわよ!」


「えっ? どこに?」


 疑問を持つも目が据わった仲間を見て何も言えなくなった二人を含む戦乙女の三人は、アルマたちが出て行ったであろう門から街の外に出て行く。


「ねぇ! 何しに行くの?」


「あたしたちだってビッグボアの情報収集を終わらせたし、装備だって準備万端なのよ。だから、このままビッグボアを狩りに行くのよ。ポイントや討伐報酬はもらえなくても、素材を売却した方が収入は大きいから問題はないわ。さらにアイツらの依頼が失敗すれば、また新兵ノービスに逆戻り。最後に希望を言わせてもらうなら、擦り付けでビッグボアにやられて欲しいかな。どう? いい作戦でしょ?」


「うーん……。最後のはともかく狩りに行くのは賛成かな」


「私もやります」


「よっしゃ! じゃあ急いで追いかけるわよ!」


 戦乙女は自分たちにとって都合のいい妄想をしながら作戦会議をし、急いでアルマを追いかけていく。


 しかしその様子は、空中に浮いていた一体のモンスターによって全て見られていたことに彼女たちは気づかなかった。



 ◇◇◇




 



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