第21話 幸せな時間は

 部活に出ると、女子たちがスマホをかざしてキャーキャー言っていた。そこへ、橋田先生が近づいて行って、

「見学はいいが、写真や動画はやめなさい。部活動はプライベートだから。」

と、まるで芸能人が学校にいるかのような注意が。先生、ごめんなさい。

 部活が終わって、外に出て門まで歩いて行くと、今日も柚月さんが待っていてくれた。

「琉久、お前今日、日比野さんにラブレターもらっただろ。」

いきなり、柚月さんはそう言った。

「え?なんで?」

どうして知ってるの?

「見たんだよ。」

「そう、なんだ。」

ちょっと焦った。俺、どんな顔していただろう。

「お前、日比野さんの事、気に入ったんだろ。」

「なっ、そんなことないよ!ないない!」

俺は慌てて否定した。柚月さんは何も言わない。前をじっと見て歩いていた。しばらくして、

「あのさ、もう一緒に帰るのやめよう。」

と、柚月さんが言った。

「え?どうして?」

俺が尋ねても、柚月さんはまた黙りこんだ。嫌だって言いたいけれど、待っていてもらうのも申し訳ない。無理強いはできない気がした。

「琉久、日比野さんと付き合えよ。」

柚月さんが、性懲りもなくまたそんなことを言う。

「だから、俺は誰とも付き合わないよ。俺の好きな人は決まってるんだから。」

「でも俺は、お前の気持ちには応えられないから。」

柚月さんは目を反らしながら言う。ほら、そういう時は嘘なんだからさ。本当は、俺の事好きなんだよね?でも、それから柚月さんは何も言わなかった。俺も、何を言っていいか分からなかった。


 翌日、柚月さんからLINEが入り、昼休みに呼び出された。嬉しくってたまらない。俺はスキップでもするかの足取りで待ち合わせ場所に向かった。

 だが、その場所にいたのは柚月さんではなかった。そこには、純玲さんが待っていた。

「え?あの、柚月さんは?」

と俺が言うと、

「荒井君って、河野君と仲がいいんでしょ?河野君から、琉久がここに来るからって言われて。あの、お返事をくれるとか。」

と言って、純玲さんはうつむいて、最後は消え入りそうな声でそう言った。柚月さん、謀ったな。ひどいじゃないか、こんなやり方。本当に柚月さんは俺に迷惑しているのだろうか。誰か女子とくっつけて、早く俺と離れたいと思っているのだろうか。それならいっそ、この人と付き合ってみるとかもありか?他の女子よりはいいような。

「荒井君、私と付き合ってくれる?」

「・・・はい。」

俺は思わずそう答えていた。


 純玲さんはバレー部だった。隣で部活をしていたのに、俺は全然知らなかった。部活中は髪を束ねているし、他にたくさん女子がいるのでほとんど見分けがつかない。部活が終わる時間がほぼ同じなので、俺と純玲さんは毎日一緒に帰る事になった。もう柚月さんは待っていてくれないし。

「ねえ琉久、今週末の練習試合の時、お弁当作ってあげようか。私部活休みだから。」

「え?いいの?ありがとう。」

つい、笑顔を作ってしまう。付き合うと言っても、一緒に帰るだけ。俺は女子と付き合ったことはないけれど、柚月さんとしたあんな事やこんな事を、この人としようとは思えなかった。まず「好き」があって付き合うのとはやっぱり違う。まだ本当に好きになっていないから。それでも、純玲さんの方から腕を組んできたりしても、それを嫌がったりはしない。一応付き合っているからには、そのくらいは。

 俺と純玲さんが付き合っているという噂は、もちろん瞬く間に学校中に知れ渡った。ぱたっとキャーキャームードは止んで、ジロジロ見られるだけになった。感じ悪い。そして、朝の電車に柚月さんが乗ってこなくなった。とうとう時間をずらされたらしい。俺の幸せな時間がなくなった。本当は純玲さんと一緒に帰る時間が幸せな時間のはずなのに、実際はそうではなかった。柚月さんを思い出してしまう。今はもう、会う事さえままならない。どうしたらいいのだろう。どうしたら会える?

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