第15話 勝ったらご褒美

 とうとうトーナメント1回戦の日がやってきた。土曜日。今日は他校が会場となっていたので、前回ほどの観客はいなかったが、10人くらいの黄色いポンポンを持った女子たちが来ていた。

「あー、緊張する。」

まだ試合までは時間があるが、隆二がやたらと緊張する、を連呼する。先日の練習で、2年生の先輩一人が怪我をしてしまい、隆二が試合に出ることになったのだ。公式戦はやはり緊張するものだ。バレーはちょっとしたミスがほとんどの場合失点になる。サーブミスすれば1失点、ブロックやスパイクでミスしてアウトになればそれで1失点。どんどん点数を取られてあっという間に負けてしまう。気を抜けない球技だ。

 控室を出て、体育館へ向かっている途中の廊下で、信じられないものを見た。そこに柚月さんがいたのだ。昨日の昼休みに試合の事は教えたけれど、柚月さんは来るとは言っていなかったのに。

「柚月さん!」

俺は柚月さんの元へ走り寄った。他の部員たちがジロジロこちらを見ながら通り過ぎる。ちょっと照れくさいような、誇らしいような。

「琉久、調子はどうだ?」

「来てくれたんだ。昨日何も言ってなかったじゃん。」

「絵の題材を探しに来たんだよ。それより、勝つ自信はあるのか?今日負けたら終わりなんだろ?」

「・・・どうしよう、俺緊張してきた。」

隆二の緊張が移ったか、手が汗でびっしょりだ。それに何となく足ががくがくする。

「しっかりしろよ。お前ならできるよ。」

柚月さんはにっこりと笑った。俺は一瞬言葉を無くしてその顔を見ていた。具合が悪いのに無理して戻ろうとした俺に、まだここにいろよと言って笑ったあの時の笑顔と同じだ。

「琉久、大丈夫か?・・・そうだな、この試合に勝ったら、俺がご褒美をやるよ。だから頑張れ!」

柚月さんはそう言って俺の肩をポンポンと叩いた。

「ご褒美?何?」

「少なくとも、お前が喜ぶ事をしてやる。」

何の事だかは分からないけれど、急に嬉しくなった。奮い立つとはこの事か。よし!やってやる、俺ならできる!そんな気がしてきた。

「顔つきが変わったな。」

柚月さんがちょっと目を見開いて、それからふふっと笑った。そして、

「琉久、高く飛べ。誰よりも高く!」

そう言って天井を指さし、客席の方へと向かって歩いて行った。俺は体育館へ向かった。顔をぴしゃりと両手で叩く。

「うっしゃー!」

「琉久、気合入ってんな。彼女にでも激励してもらったのか?」

先輩がそう言ったので、思わず、

「はい!」

と言ってしまった。まあいいか。

 ふと見ると、コーチの悠理ちゃんが諸住先輩と少し離れたところで話していた。悠理ちゃんがポンポンと諸住先輩の肩を叩く。そして、諸住先輩がこぶしを握って、

「うっしゃー!」

と言い、顔をぴしゃぴしゃと叩いた。あれ?なんか・・・さっきの俺と同じ行動じゃないか?悠理ちゃんを見ると、諸住先輩の事を見て、微笑んでいる。これって・・・俺の勘ぐりすぎか?もしかして諸住先輩は悠理ちゃんの事が好き?そして悠理ちゃんも・・・?


 三池台高校対小野田学園の試合が始まった。1セット目、小野田のサーブが強烈で、こちらのレシーブが悉く(ことごとく)乱れる。橋田先生がタイムを取り、悠理ちゃんが気合を入れる。

「お前ら、毎日鬼のレシーブ練習してきただろ!できるぞ、お前たちならできる!拾え!」

「おう!」

悠理ちゃんの激励のおかげか、後衛のキレが良くなった。捨て身で拾ってくれた球を、無駄にはできない。高いトスが上がった。俺は思いっきりジャンプした。

「高い!ブロックが全然届いてないぜ!」

敵なのか味方なのか、ベンチからそんな声が聞こえた。俺はスパイクを決めた。

-そうだ琉久、それでいい。もっと高く飛べ-

柚月さんの声が聞こえた気がした。この歓声の中から柚月さんの声を聞き分けられたとは思えないけれど。

 1セット目を取った。少し足腰の疲労を感じたけれど、ここで手を緩めるわけにはいかない。ここまで来たら相手も強い。向こうも強いスパイクを打ってくる。2セット目はブロックを3枚で行けと指示が出た。ブロックで毎回飛ぶと、これもまた疲労が激しい。それでも、がむしゃらにジャンプした。


 大きな歓声が沸き、わが三池台高校の勝利が決まった。良かった、勝てた。来週また次の試合がある。疲労を回復し、更に鍛えなければ。

 柚月さんが待っていてくれるかもしれない、と思ったけれど、疲労が思った以上にたまっていて、急いで着替えることができなかった。着替える前に先生の話があって、そのまま流れ解散になっていた。着替えを終えた選手たちはみな帰って行ったが、俺は椅子にぐったりと体を沈めた。学校の硬い椅子だけれど。

「どうしたんだ?疲労困憊か?」

気づくと、目の前に柚月さんがいた。

「ごめん、待たせてた?」

「いいよ。よく頑張ったじゃん。今日も・・・かっこよかったよ。」

最後は小さな声で、更に目を反らしながらそう柚月さんが言った。俺はがばっと体を起こした。これがぐったりしていられるかっての。

「そうだ、ご褒美くれるんだっけ?」

俺は急に思い出して元気になった。目を輝かせて柚月さんを見上げる。俺が座っていて柚月さんが立っているので見上げる形になっている。柚月さんは反らしていた目を戻して、俺の目を見た。そして、無言でそっと俺を抱きしめた。

 びっくりした。信じられない。柚月さんの方からハグしてくれるなんて。それから柚月さんは俺の耳元で、

「勝利おめでとう。」

と囁いた。そしてゆっくり離れようとしたので、俺はがしっと柚月さんを抱きしめた。逃がさない、このまま。

「放せよ。」

「やだ。」

柚月さんは言葉とは裏腹に、無理に離れようとはしない。少しの間無言でそうしていたが、ふと、柚月さんがどんな顔をしているのか気になって腕を緩め、顔を見る。柚月さんも俺を見た。当然、ここは口づけの流れだと思い、唇を近づける。だが柚月さんはバッと俺から離れた。

「あれ?」

「ご褒美終わり。」

「ここからがご褒美じゃないの?」

俺がキョトンとして聞くと、柚月さんはそっぽを向いた。

「なんでー?柚月さん、この前のキス、良くなかった?もう一回したくない?」

疲れていて立ち上がれない俺は、追う事が出来ずにただ文句を言った。というか、けっこう聞きたかった事を今さらっと聞いた。一度だけしたキスの事、柚月さんがどう思っているのか知りたかった。もうしたくないのか、どうなのか。

 柚月さんはちらっと俺を見て、またすぐそっぽを向いた。分からない。心が読めない。

「ほら、手伝ってやるから、着替えろよ。」

沈黙を破って、柚月さんは気を取り直したようにそう言って動き出した。俺のユニホームを引っ張って脱がしにかかる。ワイワイ言いながら着替えさせてもらっていると、突然女の声がしてびっくりした。だってここは男子控室だから。

「琉久、まだ着替えてないの?私たちも帰るから早くしてよね。」

「あ、真希。ごめん。今着替えてるから。」

「見れば分かります。着替えてるんじゃなくて、着替えさせてもらってるんでしょ?」

真希が腕組みして扉の所でこちらを睨んでいた。柚月さんは着替えさせていた手を止めて、ついでに笑いも止めて、俺から少し離れた。

 ユニフォームを手に取り、扉の所まで真希に届けに行くと、真希は小声で、

「あの人2年生でしょ?最近よく一緒に帰ってるよね。仲いいんだね。もしかして、追いかけて来た先輩ってあの人の事?」

鋭い。まさに、その通り。

「えっと、まあ、そうかな。」

もう、言い訳もできません。他に追いかけて来た先輩がいると誤解されても不安だし。

「ふーん、男だったんだ。なーんだ。」

興味なさそうなお言葉。助かります。

「じゃあね、お疲れ。また明日。」

真希は俺の肩をポンポンと叩いてそう言い、帰って行った。まるで男同士のようだ。振り返ると、俺の荷物を柚月さんがバッグに詰めていた。

「あ、ごめん。汚いのに。」

「いいって。慣れてるし。それより、さっきの子マネージャー?」

「うん。」

「まきって、苗字じゃないよね?」

「ああ、相田真希、だよ。」

「向こうも琉久って呼んでたし。」

「うん。あれ?もしかして・・・やきもち?」

睨まれた。柚月さんって睨むと迫力あるんだよなあ。目力半端ないっていうか。

「ごめんなさい。・・・あいつサバサバした奴でさ、向こうから、真希って呼んで、琉久、とか言ってきて。」

「へーえ。仲いいんだ。」

「そんな事ないって。」

言い訳しながらも、俺は嬉しい。やきもち焼いてくれるのって、楽しい。荷物をまとめ終えると、柚月さんは先に立って歩き出した。俺は追いかける。

「待ってよ、柚月さん。」

柚月さんは拗ねているのか、どんどん先に行ってしまう。ふと、もう誰もいないと思っていた別の部屋で、うちの練習着を着た人が視界の端に移った。一度通り過ぎてから、もう一度戻って覗くと、なんと、悠理ちゃんに壁ドンしているうちの部員が!

「悠理さん、いいだろ!」

「だめだって。放せよ!」

うわあ、修羅場?壁ドンしているのは諸住先輩だった。あんなに女子にモテるのに、これまた女子にモテる悠理ちゃんとデキてるとは。いや、これは諸住先輩が拒まれている状況か?俺がこっそり覗いていると、柚月さんが引き返して来ていて、俺と一緒に覗いていた。俺がびっくりして柚月さんを見ると、柚月さんは指を唇に当てて静かにしろとジェスチャーで示し、俺の腕を引っ張って歩かせた。建物を出ると、柚月さんは腕を離した。

「隼人は、あのコーチの事が好きなのかな。」

「隼人?ねえ、どうしてそこ名前呼び捨てなの?」

俺こそやきもちを焼く。

「ああ、向こうが先にって、さっきのお前と同じだな。」

柚月さんが笑う。まあ、諸住先輩は悠理ちゃんの事が好きなようだし、そこは心配ないか。よしよし。

「諸住先輩は好きなんでしょうね。悠理ちゃんの方はどうなんだろうなあ。」

「悠理ちゃん?なんだそりゃ。」

柚月さん、今度こそ目を吊り上げる。

「いやいや、俺だけじゃなくて、みんなそう呼んでるんだよ。」

俺は焦ってそう言った。そしてなんか笑えてきた。

「あはは、俺は柚月さんだけだって。」

「どうだか。今日だって、客席からあんなに琉久コールが。はぁ。」

柚月さん、最後はため息。

「大丈夫。俺が好きなのは、柚月さんだけだから。」

柚月さんの耳元で囁いた。

「あれ?顔が赤いよ。」

柚月さんの頬は明らかに赤い。

「うるさい。」

ああ、今日のハグは最高だったなあ。最高に癒された。また明日からも頑張ろう。

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