第13話 やきもち大作戦
「はああ。」
月曜日の1時間目と2時間目の間の休み時間。ベランダの手すりにもたれて外を眺める。
「琉久、何ため息ついてんだよ。来週はトーナメント戦だぞ。そんな覇気のない事でどうするよ。」
バレー部1年で同じクラスの牧田隆二が話しかけてきた。
「もしかして、恋の悩みか?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。恋の悩みか、そうだな。確かに俺は恋愛の事で悩んでいるようだ。
「話してみろよ、琉久。恋愛事なら俺にも多少は相談に乗れるぞ。」
「恋愛事なら?何なら乗れないんだ?」
「妙なところに反応するな。勉強の事とか、バレーの事だと俺には無理だ。」
隆二は人差し指をぴっと立てて言った。
「それで、どんな悩みなんだ?」
しつこく聞いてくる。
「・・・相手がさ、俺の事好きなはずなんだけど、手も触れさせてもらえないんだ。」
「ほう。相手は同い年か?」
「いや、一つ上。」
俺は手すりに頬杖を突きながら答えた。ああ、もやもやする。柚月さんの事を考えると胸がズキンと痛む。会えたら嬉しいけれど、手を握ることもできないなんて、それはそれでつらいではないか。土日は練習試合があって、連絡さえもままならない状態だったけれど、俺は事あるごとに柚月さんの事を思い出し、もう一度キスがしたいと考えては悶々としていた。
「お前、年上と付き合ってるのか!流石だな。そうだな。女ってのは時々そういう事があるらしいぞ。好きなのに手も触れさせてくれないっての。」
「そうなのか?」
女じゃないけどな、と思いながらも話に乗ってみる。
「相手の事が好きでも、まだ肉体関係を持つのは怖いから、接触を拒否するみたいだぜ。奥手の女子高生にはよくあるらしいぜ。」
「ふーん。お前詳しいな。」
「まあ、ネットで。」
柚月さんも、肉体関係を持つのが怖いから・・・って、俺も怖いぞ。それ以前に、柚月さんは男同士で付き合う事に抵抗があるのかな。男を好きになった事に、戸惑いがあるのかも。
「ああ、どうしたらいいんだー。」
俺が頭を抱えると、隆二は、
「やきもちを焼かせてみたらどうだ?」
と、得意げに言った。
「やきもち?どうやって?」
「お前が誰か女の子と仲良くしている所を、彼女に見せるんだよ。」
「そんなの、協力してくれる女なんていないだろ。」
「そっか。なまじお前が本当に仲良くしちゃったりしたら、そいつがお前を好きになって、泥沼化しそうだしな。やめた方がいいな。じゃあ、仕方ないから男でやってみるか?」
「は?誰?お前?」
「俺じゃあ、ただの友達じゃんか。誰か、可愛い系の男子。ほら、三倉とか。あいつは小さくて髪も長めで可愛い系じゃんか。とりあえずあいつに金品でも渡して、協力してもらおうぜ。」
俺は不安でいっぱいだった。俺の本命が女の子の場合、男相手なら洒落になるかもしれないが、本命が男なのに、男の子と仲良くしちゃったら、柚月さん本当に怒るかもしれないし。
「っていうか、仲よくするってどの程度の事言ってんの?」
「そうだなあ。手も触れさせてもらえない彼女に見せつけるんだから、多少触れている状態を見せないとなあ。」
ニシシと笑う隆二。絶対面白がっているだろう、お前。確かに協力してくれるのはありがたいけれど。
休み時間が終わったので、とりあえず話はそのままになったが、次の休み時間になると早速隆二が三倉を連れて俺のところへやってきた。
「琉久、三倉がジュース3日分でやってくれるそうだぞ。」
「・・・そうか、悪いな三倉。」
笑いが引きつっているのが自分でもわかる。
「いいよ、面白そうじゃん。いつやる?昼休み?」
「あのさ、お前らあまり話を広げないでくれよな。ここだけの話で。」
俺が言うと、二人はうんうんと腕組みしながら頷いた。信用して大丈夫だろうか。
今日は月曜日なので、柚月さんと一緒に帰る日。だから昼休みは会いに行かない事になっている。毎日昼休みに会ってもいい気もするけれど、そこはルールを守らないと柚月さんうるさそうだから。つまり、今日の昼休みは、柚月さんは弁当を食べ終えてから美術室に行くわけだ。そこで、美術室の隣にある図書室の前で、何か仕掛ける事にした。隆二には図書室の中にいて、顔を出さずに大人しくしていてもらう。三倉は、歩いている俺の後ろから走ってきて手をつなぎ、立ち止まった俺の胸に抱きつく。そういう段取りになっていた。
図書室の中から、そっと廊下を伺う。ちなみに俺たちは前の休み時間に早弁してきている。
柚月さんが来た。こちらに向かって歩いてくる。俺は頃合いを見計らって、廊下に出た。ゆっくり歩いていると、後ろから三倉が走ってきて、俺の手を取った。
「ルーク!」
三倉はいつも荒井って呼ぶのに、ちょっと甘ったれた言い方で名前を呼んだ。俺が立ち止まると、三倉は俺の胸に抱きついた。俺の方が頭一つ分背が高いので、顔が俺の胸の高さにある。ちらっと柚月さんの方を見た。まだ美術室の前まで来ていなかったけれど、十分顔が見えるところまで歩いて来ていた。柚月さんはその場で固まっている。
次の瞬間、三倉は予定にない行動に出た。伸びあがって俺の頬にキスをしたのだ。おいおいやりすぎだぞ。
「わっ!何すんだよ。びっくりしたじゃんか!」
俺が三倉の方を見てそう言うと、三倉はニヤっとして、そして柚月さんの方を見た。俺も慌てて柚月さんの方を見ると、柚月さんは大きく目を見開いていた。そして、俺が慌てて三倉の腕を振りほどくと、今度は大股で歩いて、俺には何も言わずに美術室に入ってしまった。ああ、大丈夫だろうか。怒って、俺の事嫌いになったりしたら・・・。
「ねえ、どれが彼女?ちゃんと見てくれた?」
三倉が俺にそう言った。ん?ああ、そっか。まさか男だとは思っていないので、目の前にいた柚月さんの事はまったく見ていなかったのか、三倉は。
「もう教室に入っちゃったよ。」
「どんな反応だった?」
「驚いてたかな。もしかしたら怒ったかも。」
「大丈夫だよ、俺男だし。」
無邪気に笑う三倉だった。やっぱりほとんど冗談でやってんだな、三倉。
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