第69話 「ユキヒラさんのために何でもしますよ」
俺達は配達用の車の間で待機していた。運営委員が恐るべき速さで弁当を積み込んでいく。合計百五十個の弁当はいつもの数と然程変わらないが、俺達のものと違って弁当が使い捨てなので運転に気を遣わずに済むのは楽だ。
コムギは火が怖い原因を爺さんに聞きに行ったが、クルミが見当たらない。カロテの所にでも行っているのかもしれない。
「凄かったよ、ユキヒラ君。あの中に飛び込んでいくの、か、格好良かった」
手持ちぶたさのザラメが、ふにゃっと笑いながら俺を覗き込む。思い出したくもない先ほどの行動を褒めてくれた。
「なんで俺なんかの発言で、あの場を治めてくれたんですかね……」
テトラはどや顔で俺を肘で小突いた。
「引くに引けなくなったあの状況で、死ぬ気の覚悟を見せたあんたの勇気を立ててやる、って建前が得られたのよ。私達は」
「……ほんとに面倒くさいですね、悪魔って」
「はっきりいって、助かったわ。あの面子を相手に、あんたたちを守りながらってのは厳しかったもの」
テトラは全く恥じずに、尻尾を上機嫌に振った。ここまで手放しに誉めるなんて珍しい。
「なら、よかったです」
結果オーライということにしておこう。死なずに皆で帰れるのだ。
悪魔達はあっという間に弁当を積み終わりテトラに一礼して去って行く。出発の準備は完了したが、まだコムギが来ていない。
「コムギさんはどうしますか?」
「時間ないし置いてくわよ。帰りに拾えばいいわ」
折角、爺さんとの水入らずだ。声をかけるのは無粋か。
俺たちが車に乗り込もうとした時、会場の方から悪魔が手を振りながら走って来た。
「良かった、まだ出発していなくて」
走ってきたのはヘイゼルだった。肩で息をしながら、小さな紙を一枚取り出し俺に渡した。
「地図です。届け先の」
俺は一礼して紙を受け取る、テトラが知っているもんだと思っていたけど、知らなかったらしい。俺達、行先を知らないまま出発しようとしていたのか。阿呆だな。
「それとユキヒラさん。先程はありがとうございました。止めて頂いて」
「あれは……ただの勢いなので」
地図を渡すついでとはいえ、俺個人に対してわざわざ感謝する必要なんてないのに。
「謙遜しないで下さい。あのままでは大惨事でした。この病院を救ったといっても過言じゃないですよ」
「はは。過言ですよ」
「ユキヒラさんにはとても大きな借りが出来ました」
「貸し借りなんていいです。今後もウチを贔屓にしてもらえれば」
「私が納得しません。あの素敵な勇気に見合う物を、いつかお返します」
ヘイゼルは一歩前に出て、俺の目の前に。上目遣いで下から覗く。
「本当に困った時、病院に関係なくこのヘイゼルが個人的に動いてあげます。その時は私、ユキヒラさんのために何でもしますよ」
至近距離で妖艶に微笑む。それはどこか官能的、女性が男性を誘う時のような仕草でドキっとしてしまう。からかわれているのか、これは。
テトラが割り込み、俺とヘイゼルをぐいっと引き離した。肩に添えられた手に力が入って痛い。ザラメも呆れた様子で俺を見つめていた。何なんだよ。
テトラは不服そうに呟く。
「ま、その時が来ない事を祈るわ」
……確かに、本当に困る事態なんて今後起きて欲しくない。
今度こそ、俺とテトラとザラメは車に乗り込んだ。見送りしてくれるヘイゼルに挨拶するため窓を開ける。
「それじゃヘイゼル、色々と御苦労様」
「そちらこそ、決闘お疲れ様でした。配達お気をつけて」
ヘイゼルは短い挨拶を残し、忙しそうに去って行った。片付けや色々な意味での整理があって忙しいのだろう。
渡された詳細な地図を確認しながら、俺は車を発進させた。
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