第66話「量より質です」

 材料と器具をあらかた揃えた。

 ヤトコだけではなくフラボも真面目に料理していた。正攻法で来る気がしなかったけど、一応ちゃんとやっているようだ。

 料理に集中しよう。

 まず水七リットル以上入る鍋にバターを引いて火をかけておく。その間に玉ねぎや人参などの必要な食材をみじん切りにする。

 温まった鍋にみじん切りの野菜を入れ、玉ねぎが飴色になったら火を止める。

 少しだけ取っておいて残りは両手で抱えるくらいの大きなボールへ入れ、更に挽肉、ニンニク、ショウガ、卵、パン粉、ソース、ケチャップ、塩、コショウ、ナツメグを少々。

 お菓子程精密ではないが、これらの配分を間違えると食感も下味も最悪になる。図る時間が惜しいのでなるべく正確な量を投入した。

 そしてひたすら混ぜる。超混ぜる。しかし混ぜすぎてはいけない。量が量なので一回ひっくり返すごとに筋肉が軋み、腰が悲鳴を上げる。時間がないから尚更しんどい。

「ユキヒラ、あんた明日から筋肉付けなさい。力なさすぎよ」

 テトラの緊張感のない声が後ろから飛んで来る。こういう力を使う作業はいつも他の皆に任せていた。自分でタネを作るのは久しぶりだ。数キロある粘土の塊をひたすらこねる事を想像してもらえれば腕に溜まっていく疲労が想像できると思う。

 肉から少し水が出て来たのでそこで止める。ここからが更に時間のかかる所だ。

 ガスコンロを二つ使い、広いフライパン……と言うよりお好み焼きを焼くような鉄板にゴマ油を引き、温めておく。その間に捏ねた肉の成型にかかる。

 小さいボールに油を用意し手に塗って肉がベタ付かないようにする。手のひらサイズに取って空気を抜いてから楕円形にして、チーズを中に入れてから軽く潰す。それをバットに人数分並べなくてはならない。

 鉄板へ成形された肉が三十四個並んだ。なかなか壮観だ。このサイズの薄い鉄板はウチにないのでちょっと不安だったが、温度管理はそんなに難しくない。

 会場の声よりも大きいジュウという音が俺達の周りを支配する。焦げない程度に表面を固めつつ、俺は赤ワインの栓を抜いた。

 鉄板に向け左から右にワインを振りかける。すると俺の腕を追いかけるように特大の火が鉄板の上を舞った。思った以上にでかく、やった俺がビックリするくらいの熱量だった。炎の魔術師にでもなった気分だ。

 会場全体から見えるレベルのフランベに悪魔達が嘆声をあげ、コムギからは「ひぅっ」と悲鳴なのかよくわからない声が聞こえた。

 ある程度火が通る間に、さっき炒めた飴色の野菜、潰したトマト、柑橘系の果物、砂糖、ケチャップ、コンソメ、ソース、酒等を下味の時以上に正確に鍋に入れる。この鍋は小さな子供、クルミ程度なら丸まって入れる大きさだ。酸っぱい系だし、量が多いと味が定まりにくいけど運よくすぐに決まった。

 それを温めたら崩れないように注意しつつ煮汁を少し取った後肉を全て入れる。後はギリギリまでコトコトと煮詰めるだけだ。

 フライパンに更に油を少し足し、予熱で半熟の目玉焼きを作る。これは後で乗せるので日の入り具合をざっくり計算しながら上に放置しておく。

 空いた時間で弁当を並べて置いて、審査に響くか分からないけどブロッコリーやトマトなどを添えにした。主食はパンでいいだろう。

「い、一品だけ……?」

 ザラメが不安そうに聞いてくる。ザラメの量で勝負する作戦も考えたが、時間的に一つに絞ろうと思った。

「今回は量より質です。俺の得意料理なので、大丈夫です」

 内心は不安が残っている。もっと丁寧に作れれば絶対に美味しく出来るのに、雑な工程がいくつかあった。

 あと十数分煮込める。他の二人を確認してみると、俺と同じように余裕な佇まいをしている。ヤトコに至っては洗い物までしていた。既に弁当詰めまで終わったのか。手が早い。

 フラボは一つ一つの弁当に向かって仕上げのような事をしていた。結局、大人しく料理作ってたな。最後まで大人しければいいけど。

 終了時間が迫って来たのでそこで「煮込みハンバーグ」の完成とする。ホロホロになったハンバーグを崩れないように盛り、上に半熟の目玉焼きを乗せ粉パセリを振った。

『そこまで。手を止めて下さい』

 盛り終わってすぐヘイゼルの声が響く。

 四回戦の調理時間が終わった。これより最後の審議に入る。

 自分の料理を直々に持って行く。試食用は約二人で一つとは言え全員の近くに寄らなければならないので、必然的にカルダと間近で邂逅する事になった。

「久しいね。ユキヒラ」

 まぁ、話しかけられるよな。無視する事は出来ないので「お久しぶりです」と小声で返事をした。

「苦悩する表情、素敵だったよ。純粋に悩める君の顔はいつみても芸術的だ。相変わらず絵になる」

「そりゃ、どうも」

 女性を口説き落とす時の文句のようだ。弁当を置く一瞬のうちにこんなに不快にされるとは思わなかった。

 理事会の周りを歩きながら相手の料理を確認した。他の二人はわからないがその光景に俺は確実に動揺してしまう。

 同時にヤトコと眼が合った。何を思ったか自分ですらわからないが共鳴めいた物を感じたのだろう。配り終えた後、俺たちは自然と近づいていった。


「カンニング?」

 先に話しかけたのは、ヤトコだった。

「そんな暇ないでしょう」

 ヤトコの言葉の真意は、全員同じような料理だったからだ。奇跡的、とまではいかないが、なかなか珍しいことだ。

 種類は被った訳だが完全に同じではない。俺はチーズ入り煮込みハンバーグ、ヤトコは色取り取りの野菜の餡かけハンバーグ、そしてフラボはボリュームのあるタワーのようなハンバーガーだった。

 一見全部お弁当「箱」には向いていないが、バスケット等の何かにまとめてしまえばハンバーグ弁当、ハンバーガー弁当として魅力のある見栄えだった。

「やぁ。人間なのにこんな場に出て来て、下僕は大変だね」

 猫同士の喧嘩の如く見合っていた俺達の間へ、入って来たのはカロテの弟、フラボだった。拡声器を通した時は気づかなかったが、こうして肉声を聞くと声まで瓜二つだ。

 フラボは何食わぬ顔で、俺達に握手を求めて来た。

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