第40話 あのショタジジイ

 ザラメとコムギの特訓は続き、あっという間に決闘当日になった。

 俺は今テトラ弁当のメンバー全員を乗せた車を運転している。昨日の夜は寝れたもんじゃなかったが、ハンドルを握る俺の手に疲労は感じられない。多分、緊張のせいだろう。

「狭い!」

 車が走り出してすぐコムギが叫んだ。運転席にいる俺と助手席のテトラは関係ない、問題は後部座席。二人掛けの席に三人いる訳だから狭いのは当たり前だ。

 両端にコムギとザラメ、真ん中にクルミ。クルミもザラメもミニマムとはいえさすがに狭そうだ。

「だから誰か荷台に乗れって言ったじゃない」

 テトラがやれやれと首を振る。いや、そっちの方が辛いと思うけどな。窓もなく暗い中で一時間近く揺られたら気分が悪くなってしまう。

 小さい肩幅をさらに縮こませながらザラメが苦笑し、狭いのに暴れまわって余計に苦しそうなコムギ。

 真ん中で押し寿司みたくなっているクルミはこの状況でもスヤスヤと眠っていた。

「そんなことよりテトラさん、出番の順、教えてくれないんですか?」

「そんなことよりって!」

 後ろからギャーギャー聞こえるが、まだまだ余裕そうなので放っておく。

「変に緊張与えるよりいいでしょ。どんな順番でも全員が全力でやればいいのよ」

 テトラはネックレスを弄りながら、いつもの配達風景を眺める。

「逆に順番知っておいた方が心の準備ができると言うか……」

 采配が功を制するとしても俺的には知っておいた方が心の安寧を得られる。

「あんたは教えておいても問題ないかもね」

 テトラは身を乗り出して俺の耳へ口を近づける。布団を借りた時のあの良い香りと、柔らかい吐息にドキっとしてしまい、内容を聞き逃しそうになる。

「……成程」

 しかと聞き届けたその順番、予想とは外れてしまったが……確かに聞いた所で、後は全力を出すだけだな。

「ちなみに、皆の順番は?」

「それは本番のお楽しみよ」

 イカサマをするディーラーみたいにテトラは浩然と笑う。

「おい、ユキヒラだけずるくねーか」

「わ、私も心の準備したい……」

 後部座席からクレームが飛んで来るが、テトラは一切受け付けなかった。

「精々、楽しみにしてなさい」

 この状況で楽しみにできるやつなんて、あんた意外居ないって……。


       ※


 病院へは毎日配達しているが、ザラメと一緒に来るのは初めてだった。ザラメは病院の敷地に入ってから、立ち並ぶ高い建物をまじまじと見つめている。都会に来た田舎者みたいで面白い。

「高い……」

 窓の外で通り過ぎて行く病棟群を目で追いながらザラメは呟いていた。

「そう言えばどこでやるんですか?」

 職員食堂を借りてやると聞いていたが、先ほど通り過ぎたのでどうやら変わったらしい。テトラの指示に従うだけで俺達はどこで決闘を行うのか知らされていない。

 どんどん病院群を潜り抜けて行く。まだまだ病院の敷地内な訳だが、病棟のないこの辺りは来た事がなかった。徐々に敷地の端に近づき建物が減って視界が開けてくる。改めて広いなこの病院。

「あれよ」

 テトラは前方を顎でしゃくった。目の前にあるのはドーム型の大きな建物だ。

 それは病棟群から少し離れた所にある、病院とは全く関係なさそうな建物。規模はバスケコート四つ分くらいだろうか。

 料理をするだけなら十分大きい。大きすぎる。

「なんですか、あの建物」

「普段は職員用の運動施設らしいわ。今回特別にあそこに調理施設を用意して、大々的に行うのよ」

「大々的?」

 少人数で料理対決をし勝敗を決めるのは九名の理事会。どう考えてもあんなにでかい会場はいらない。

「ギャラリーが入るのよ。世界を牛耳る三大組織の内、二つが参加する決闘なんて見世物になるに決まっているもの。出店とかも出るらしいわ」

「皆暇かよ!」

 叫ぶコムギに激しく同意する。もっと厳粛な雰囲気で行う物じゃないのか決闘って。これじゃただのお祭り騒ぎだ。他人のビッグニュースに飛びつく低俗な輩がいるのは、人も悪魔も変わらないらしい。

 テトラは後部座席に対し手をひらひらと見せる。

「見世物と言われると気分悪いけど、正直かなりの宣伝効果を生むわ。勝てば病院外からも注文が殺到するわよ」

「そんな悠長な話ですか?」

 テトラは正しいかもしれないけど、負けたら全部終わりなんだぞ。そんな風に割り切れる物か。

 隠す事無く困惑と不安を呈しているだろう俺に、テトラが笑いかけた。

「勝てばいいのよ。負けた時のこと考えている暇はもうないわ」

 俺は乾いた笑いが出てしまった。いつもの調子と言えば確かにそうだけど。

「あの、これって、テトラさんが考えた事じゃないですよね?」

「良く気付いたわね」

「ヘイゼルさん……いや、カロテさんか」

「正解。娯楽に飢えたあいつの企み。宣伝効果って言う利害の一致で受け入れたわ」

 あのショタジジイ、やっぱりか。面白い事、派手な事、賭け事が好きらしい彼の発想だ。

「それにたくさんの目が合った方が、追い込まれた時に暴れる馬鹿も現れにくいでしょう」

「そう言うもんですかね……」

 追い込まれるのが、ウチじゃなきゃいいけどな。

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