第33話 お別れ

 ヤトコとは数年間、毎日一度は時間を共有した。日に日に私はヤトコに夢中になっていた。

「ねぇヤトコちゃん。人間ってどうやって魔界に来るの?」

 どの文献にも書かれていない事だったし、パパもガーベルも知らなかった。悪魔が人間側に召喚される事もあるらしいけど、それも都市伝説。逆に人間を召喚しようとする酔狂な悪魔も聞いたことがなかった。

 ヤトコは暗い顔で自分の首に手を当てた。

「私は死んだんだと思う」

「え?」

 ヤトコはそれ以上何も言わない。だから、それ以上何も聞けなかった。

「死んでないよ」

 ヤトコは珍しく目を見開く。驚くと言う事をあまりしない人間だった。

「だってここにいるもん。命も私が所有してるんだよ」

 この感情が嫉妬だと言う事も、あとから知った。

「相変わらずザラメは狂ってるね」

 見透かす様に目を細める。この何でも平和に帰してしまう笑顔が私は大好きだった。

 狂ってる、といわれて不安になる。私は家から出たことがない。

 この世界のことを何も知らない。

「私はザラメの事好きだよ。大丈夫」

 ヤトコは察するのが得意だ。私の安心する事をすぐに用意してくれる。なぜそんなことができるのか聞くと「思いやり」と言う言葉がヤトコから出て来て、私にはよくわからない概念だった。

 いずれ理解る日が来るだろうか。


       ※


 ヤトコと過ごした時間の中で一番好きだったのはやっぱり料理の時間だった。この時間はかけがえないものだ。

 食べる事にそこまで興味もなく、料理なんて一生やらないだろうなと考えていた。

「ねぇ、ヤトコちゃん。好きな食べ物って何?」

 ヤトコはまな板をトントンと鳴らしながら上を向いて考える。

「最近はザラメかな」

「そ、そう言う事じゃなくて……」

「甘い物は好きだよ」

 たまに変な冗談を言うからびっくりする。

「甘い物かぁ……ケーキとか?」

「好きだね」

「プリンは?」

「好き」

「そっか。簡単に作れるお菓子ってある?」

「お菓子は結構難しいよ。時間もかかるから、ここじゃ作れない」

 一日にヤトコと会える時間は限られている。普通の料理ですら教えてもらうような時間は少ない。

「自分で勉強してやるしかないかぁ」

「もしかして私に作ってくれるの?」

「嫌?」

 ヤトコは首を振る。

「嬉しい。待ってる」

 目を細める、私の大好きな顔。

 私の全てになりつつあったこの時間が、ずっと続くと思っていた。

 でもそんな訳がなかった。

 楽しすぎて忘れていた。

 だってヤトコは商品だから。

 私はパパの愛を受け止めた。だから私はヤトコに愛を受け止めてもらう。

 そのつもりだったのに。

 お別れは突然訪れた。

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