第24話「はは、期待してますよご主人……」

 俺達は買い食いをしながら、迷子になった二人を手あたり次第に探していた。

「あの唐揚げが食べたいわ」

 屋台が並ぶ一角、テトラは唐揚げ専門の出店を指差した。俺は言われるままにそれを頼む。

 それにしてもこの通りは縁日っぽい出店の他にも、八百屋みたいなものや日用品もあったり、はたまた怪しげな薬を売っていたり、暮らすのには申し分ないレパートリーだ。ちょっとした市場になっている。

 温泉街と言ってもそんなに広い街ではないらしい。こうして夕飯がてら歩いていれば、お腹がいっぱいになる頃には見つかるだろう、というのがテトラの見立てだ。

 クルミだけの迷子だったらこんな呑気にしていられなかっただろう。恐らくザラメが一緒に居るだろうから、正確には迷子ではないか。もし一緒にいなかったらかなり不味い訳だが……それは考えないようにした。

「んぐ」

 テトラが聞いたことのない間抜けな声を上げ、尻尾をピンと伸ばした。

「どうしました? 唐揚げ、不味かったですか?」

 笑顔で唐揚げを頬張っていたテトラは一変して険しい顔つきになる。明らかに咀嚼の回数を減らして飲み込んだのが分かった。

「そうじゃないわ。何か今、変な感じしたのよ」

「中まで火が入ってなかったとか」

「違うわよバカ。多分、近くで誰かが魔法使ったわね」

「大丈夫なんですか、それ」

 テトラは険しい顔つきのままもう一口頬張る。真剣そうだが唐揚げを食うくらいの余裕はあるらしい。俺は魔力なんて微塵もないので、脅威がわからない。

 俺も唐揚げを食べようと爪楊枝を刺した時、道の先から一人、また一人と悪魔が必死にこちらへ走ってくるのが目に入る。

 様子が変で、どこか目的があって急いでいるってより、明らかに何かから逃げている。きな臭く感じたのはテトラも同じようで、悪魔が走ってきた方を睨んでいた。

「なんか嫌な感じね」

「同感です」

 唐揚げを片手に持ったまま真剣な顔をしている俺達はきっと滑稽に映るだろう。だが指差して笑う悪魔は一人もおらず、俺達と同じように「こりゃ、何かあったな」と走り去る悪魔を他人事のように眺めるばかりだ。

「――ユユユ、ユキヒラ君! テトラさーん!」

 いきなり名前を呼ばれてぎょっとする。声の方を向くと息を切らしているザラメと、ザラメに手を引かれているクルミが視界に入る。

 おぉ、二人ともいたいた。なんかすごい焦ってるけど、何があったんだ?

「二人とも探しましたよ。心配し……」

 ザラメは俺たちのところに着くなり、血相を変えて叫ぶ。

「あ、あの! 謝罪も説明も後でするから、今は、早く!」

「早く、何よ」

「逃げるんですよー!」

 ザラメはクルミの手を引きつつ、俺達の背中を体全体で器用に押す。

「ちょっと、押さないでよ。わかったから。たこ焼きが落ちるでしょ」

 テトラはザラメの強引さに渋々と従う。俺も流されるように走り出した。ここまで必死なのは、タイミング的にもさっき言っていた魔法に関係があるのだろう。食べた後に走るのは結構しんどいものがあった。



 俺達四人は車の場所まで逃げて来た。この辺りではさっきの騒ぎの様子は見られない。どこかで鎮静化したのか、騒ぎの火がここにも飛んで来るのか、予想の域を出ない。

「えっ、巻き込まれた?」

「う、うん……凄く、怖かった」

 少し落ち着いたところでザラメに話を聞いてみると、やはりテトラが感知した魔法絡みの事だった。しかもザラメとクルミは当事者、聞く限りではかなり危ない目に遭っている。

「怪我はないんですか?」

 俺が聞くと、ザラメは小刻みに頷く。

「うん、大丈夫。クルミちゃんも、ね?」

 クルミはじっと観察していないとわからないレベルで首を縦に振った。いや、この場合振ったとは言わないか。

「テ、テトラさん、その……車、勝手に出ちゃって、すいません」

 ザラメは怒っているように見えるテトラへ、怯えながら謝る。いや、ザラメは何の非もない。二人を起こさず、置いていく事に反対しなかった俺も責任を感じる。

「クルミに怪我がないならいいわよ。別に」

 テトラはため息交じりに言う。ザラメはいいのかよ。

「お、怒らないんですか?」

「何よ、怒られたいの?」

 ザラメは首をぶんぶんと横に振る。安心と驚きが混じった様子だ。最近ちょっと丸くなったような気がする。いや、多少は自分の所為もあるからただの罪悪感か?

 いや、こいつが罪悪感なんて知ってるわけないな。

 俺は静かにしているクルミが気になった。いつもより増して静かだ。心なしか俯いていて落ち込んでいる風に見えなくもない。

「大丈夫ですか? 怖かったでしょう」

 忘れていたが、クルミは怪我なら魔法で治せる。ただしそれが心にも効くかというと疑問だ。仮にトラウマを消せるような魔法があるとしたら、別の類のものだと思う。

「やきそばと、ざらめに」

 クルミは呟くように発し、そのまま途切れるように言葉を紡ぐ。

「なにもできなくて……くやしかった」

 言い終えると、未だに手を繋いでいるザラメへ頭を下げた。

「ごめんなさい」

「えっ、ク、クルミちゃんは悪くないよ」

 クルミは顔を上げる。その顔はテトラに怒られた時とは違う、深い後悔を感じさせるもの。……これはきっと、自責の念だ。クルミはザラメを巻き込んでしまったと、理解し反省しているのだろう。

 なんて素直で良い子なんだ。とても俺を殺しかけたやつとは思えない。

 テトラはしょんぼりするクルミの肩にぽんと手を乗せた。

「クルミ。その悔しさは殺意って言うのよ。よく覚えておきなさい」

「さつい」

「いや違うと思うんですけど……」

 教育が下手か。一言で表現できないけど、想像するに悲しいとか可哀想とか理不尽に対する怒りとか、そういうごちゃごちゃした感情だろう。いやでも、悪魔的には正しい教育なのか……?

 兎にも角にも、クルミの思いはザラメに伝わったらしい。ザラメは俯いたままの頭にポンと手を乗せ優しく撫で、テトラへ向き直った。

「テトラさん、クルミちゃんに焼きそば買ってもいいですか?」

「好きにしなさい。ヘイゼルのお金だし」

 テトラは自慢げに胸を張る。一言余計だよ。

「今日は出店でご飯済ませるつもりだったから丁度いいわ。たくさん買いなさいよ」

「やった。クルミちゃん、いっぱい食べて良いって」

 クルミの表情がぱっと明るくなる。顔に影は無くなった。そしてやきそばにハマったらしく、大量に買い込む。今度、肉がたっぷり入ったやきそばを作ってやるか。

「買い溜めてから宿で食べ直すわよ。件の悪魔と出くわしたら面倒だからね」

 そうだった、やばい奴がまだこの町に居るんだった。それを思い出すと夜しか寝付けないような気分になる。ザラメも同じ気持ちらしく、クルミを撫でる優しい表情から一転、犬に怯える子猫のように委縮した。

「私が居るのよ。天地がひっくり返ってもあんたらは死なないわ」

「はは、期待してますよご主人……」

 自信に溢れた格好良い台詞だけども、テトラより強かったらどうするんだ。しかし、今は根拠のない力自慢に頼るしかないのが辛い。


 俺はテトラに命令され四人分の荷物を持った。このアホみたいに重い荷物を持ちながら夕飯を買って回るのか……。

 俺はその辺りで適当に買って帰ろうと提案したかったが、それはやめておいた。姉妹のように手を繋いで歩くザラメとクルミを眺めているのは、悪い気分じゃない。

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