魔界の下僕の弁当屋事情

高田丑歩

第1章 悪魔病院の経営事情

第0話 「手が遅いわ、殺すわよ」


 人生で一番最悪な日が訪れた。

 いや、一番は決められないな。最悪な日が一つ増えたと言う方が正しい。こんな俺でも罪悪感はちゃんと感じるんだなと思いつつ、ベットで目を閉じる。

 起きたら誰も知らない所で目覚めたい、やり直したい、謝りたい。毎日毎日そう思いながら一日の終わりに目を閉じる。

 ――で、それは唐突に叶ってしまった。

 しかもそこは魔界、加えて悪魔の下僕になると言うおまけつき。どうにかして元の世界に帰れないだろうかと考えている。これは当面の目標だ。


「手が遅いわ。殺すわよ」

「テトラさんなんか今日イライラしてますね」

「大きな取引先を手に入れたんだもの、初日から遅刻しちゃまずいでしょ。急いでるのよ」

「じゃあ寝坊しないで下さいよ……」


 俺はそんなぼやきを言いつつ、エプロン姿の悪魔の女――比喩ではない――にどやされる。

 ライラック色の長い髪にアメジストの宝石のような目、整った顔とふと現れる育ちの良さそうな振る舞いは庶民的なエプロンに不釣合いで何時まで経ってもその姿は慣れない。

 俺とその悪魔は弁当箱に大きな竜田揚げを詰めていく。ちなみに仕込みから調理、盛り込みのほとんど全部俺。まぁ下僕だからしょうがないんだけども。

 魔界に来て数カ月、一番身に染みている教訓はこれ。


 ……下僕の労働は、理不尽の連続だ。

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