突然異世界に召喚されたからって無双できるハズがない!

幼助

第1話 プロローグ

「く・・・!ふざけんなよ・・・!まだ終われねえんだよ・・・!」


照明が輝くステージの上、少年は走り回る。その手には剣が握られ、その足には鎖の切れた枷がついている。しかしこのステージで演じられているのは解放劇でも時代劇でも英雄劇でも恋愛劇でもない。それでもそこがステージで、照明が点いている以上何かが演じられているというのであれば、それは本物の命をかけた死闘だ。


熱狂する観客たち。野蛮な声が響く。この状況に違和感を持つものは一人としていない。哀れみの心も必要ない。彼らにとってステージの上で起こっている出来事など究極的には他人事だ。どちらが勝とうとも問題ない。むしろ少年たちが負けてくれることを祈っている者すらいるほどだ。彼らにとってこれは究極のエンターテイメントなのだから。


大きな檻の中に閉じ込められた少年に迫り来るのは巨大な黒い化物。見るからに3メートルは越えていそうな化物が少年を喰らわんとするなかで傷だらけの少年は全身を鮮血に染めながらも尚逃げる。


四方八方自分の身体のあらん限りを駆使して化物の追撃を回避する。その目はただ目的を果たさんとする1つの意志が見てとれた。すでにボロボロであっても少年の足が止まることはない。


「どうすればいい?!うわっ!」


化け物の鋭いかぎ爪が少年の体をかする。少しかすっただけにも関わらず血が溢れ出す。傷は深くない。しかしほんの少しでも気を抜けば殺される。少年は休むことなく一歩を踏み出す。とその瞬間、足下の血で足が滑り、少年は体勢を崩してしまった。


「な?!」


その一瞬を化物は見逃さない。ここぞとばかりに鋭い牙が迫ってくる。少年は咄嗟に身体を捻り、手を使って少しでも回避の距離を稼ぐと同時に身体を低く沈める。少年の悲鳴が聞こえ、傷口から血が吹き出る。化物の牙が彼の脇腹を喰い千切ったのだ。


「ギャァァァァァァッ!」


少年は意識が飛びそうになるのを必死に堪える。


「おい!大丈夫か!」


逃げ回る少年よりも体格の良い青年が声をかける。この青年も傷だらけで消耗していた。少年は世界が揺れているのを堪えながら精一杯平気なふりをしてその呼び掛けに答える。


「問題ないね・・・!心配してる暇があったらさっさと体力を回復させろよ!」


少年は命が流れ出る感覚を味わいながら青年に声をかける。よりボルテージの上がる観客たち。しかしそんなことに構っている余裕も暇もない。前、後ろ、右、左、化物の攻撃を避けることだけに集中した。


もうどのくらい攻撃を避けただろう。それは一時間かもしれないし、数十分かもしれない。はたまたほんの一瞬なんてこともあるだろう。終わりの見えないこの戦いの中で、彼らには時間という概念など必要ない。ただ目の前の化物を殺すか、自分達が死ぬか、ただそれだけだ。


永遠とも思える時間は突如として終わりを迎える。少年は一歩を踏み出した、そのはずだった。しかし足は動かず、その場に崩れ落ちる。力が入らない。血を流しすぎたのだ。それは一瞬の出来事だったのかもしれないが、化物にとっては仕留めるのに十分な隙だった。目の前に迫り来る黒い足がスローモーションのように見えた。


「うおい?!」


突如として少年の視界が遮られる。青年が咄嗟に二つの命の間に割って入り、少年の盾になってくれたのだ。おかげで死なずにすんだ。しかし肉の壁で防げる衝撃などたかが知れている。振り下ろされた前足をもろにくらい、傷だらけの二人は仲良く吹っ飛ばされた。それは正しく意識が飛びそうなほどの衝撃。檻の格子に叩きつけられる。


その中で少年は自分の体の痛みに感謝していた。この痛みのおかげで気を失わずに済む。


「大丈夫か・・・?」


少年は自分の盾となってくれた青年に声をかける。


「ああ、なんとかな・・・。」


青年の声がやけに遠くに聞こえた気がする。頭がふらふらして朦朧とする意識の中で化け物が目の前に迫ってくるのが見えた―――。

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