[3-41] コスモエリクシラ

『砦内、制圧致しました。龍律極ルーターの停止を確認!』

「承知した。残党狩りを徹底せよ、間違っても儀式の邪魔はさせるな」

『了解!』

「外の部隊は消火だ。そうそう燃え広がりはせぬだろうが、急げ」


 青軍の陣地から燃え上がる木々の壁を挟んだ向こう側。

 通話符コーラーによる通信が入り、後方で指揮を執るアラスターは命令を下す。


 木々の狭間から火矢を撃ち込んでいた、ダークエルフ混じりの弓兵団が、こんどは水の魔法を込めた矢を撃ち始める。

 着弾点を中心に魔法が展開されるマジックアイテムだ。これはエルフの里から持ち出された備蓄である。


「さて、ここからは魔女さんの出番だね」


 後方で見物に徹していたエヴェリスが、焦げた木々の合間を抜けて姿を現す。

 肩の上には赤い目の黒猫が一匹、へばり付くように乗っかっていた。


 青軍の陣地はもはや戦場ではなかった。

 焼けた建造物や天幕の残骸が散らばっているばかりで、生き残っていた兵もあらかた殺害されている。

 オーガたちが棍棒を振り回し、焼け落ちた城壁の残骸を破壊してスペースを作っていた。


 エヴェリスは、びっしりと呪文を書き付けた杖のようなものを焼け焦げた地面に突き立てていく。

 地脈のと言える場所を探りつつ、何本も。

 傍らには見目麗しいダークエルフの少年たちが三人ほど付き従い、機材を持ち運んでいた。


 野営地の真ん中、城壁の一部、井戸の傍ら、砦の最深部……

 突き立てられた杖の数が八つに達したところで、変化が起きた。

 地が揺れ、光のヒビが入り、星座を図示するかのように突き立つ杖の間を結ぶ。


 炎が衰え、夜闇に沈みかけていた青軍陣地が、白く染まった。

 それは『輝き』と言うよりも『白』。

 白い光を押し固めて形にしたような景色が現れていた。


 それは命の源であり、この森の全ての命が流れ着く世界。

 エルフたちが作り上げてきた森の、しかしエルフの手では作り得ぬ理想型の心象シルエット

 黒く焼け焦げた地面を塗り替え、草が、木々が、流れる水が、白き幻影として具現化する。


 その中に光の人影が立っていた。

 いくつもいくつも立っていた。

 エルフらしき形をしたものが、理想の森の中からこちらを見ている。


「これは……!」


 ダークエルフたちが驚きざわめく。

 これが何なのか知らぬ者であれ、察することはできるだろう。

 

 死したエルフたちが還る場所。

 ゲーゼンフォール大森林と重なり合って存在するという『聖域』の具現であった。


 そもそもゲーゼンフォール大森林による地脈のコントロールは、地脈に巣くう意識体……森の地脈へと溶かされたエルフの亡魂たちの集合意識を中心としたものだ。『それだけではなく、まだ何か隠された性質がある』というのがエヴェリスの見立てであるが。

 『聖域』とは彼らの見るユメであり、言うなれば無数の魂を媒体とした儀式化魂源魔法プライマルスペルによって編み上げられた領域。失った地脈の再接続という一大イベントの余波としてそれが地上に具現化していた。


 少なくないダークエルフが恐怖し、戸惑っていた。

 帝国という強大な敵に対するため、妥協の道としてダークエルフになることを決断した者も多い。それを咎めるために父祖の姿が現れたかのように感じているのだ。ダークエルフになったらと言って、それで父祖たちへの畏敬の念が容易く消えるわけではないのだから。


 もちろんルネやエヴェリスには関係の無い話だが。


「これで地脈は森に再接続されたけれど……ミアランゼが地脈を穢したときに、この辺は森から切り離されてたから、このままだと大神側の領域なんだよね。まだ」

「出番よ、


 エルフの父祖の『映し身』と対峙するルネは、己の裡へと呼びかける。


 直後、白き無謬の世界は切り裂かれた。


 怒りの稲妻が聖域の白き木々を裂き、嘆きの風が花を散らす。

 そして、禍々しきものが降臨した。


 父祖の映し身たちと同じで、それもまた、光によって形作られたかのようにディテールがハッキリしない。だが体つきから女性と分かる。

 身につけているものは貫頭衣状の巫女装束。周囲には何本もの錫杖が浮かんでいる。

 赤黒き呪いの稲妻が彼女を取り巻き、身体のそこかしこが茨の蔓に変じており、その額は己の身体から生えた茨の冠で飾られていた。


『全く、これではあべこべではありませんか。依頼者である私が仕事をするなんて』


 ちょっとばかり呆れたように呟いたのは、先代巫女長・サーレサーヤ。

 ルネに魂を捧げる契約をして、今はルネに差し押さえられた状態にある彼女が、聖域に己の姿を投影していた。


 彼女の存在こそ、ルネが聖域に囚われている間、記憶を封じられた理由だった。

 既に亡魂であるサーレサーヤは、どちらかと言えばこの聖域に属する存在だ。だがしかし、ルネと契約を交わしたことで彼女は聖域の集合意識との合一を免れた。


 ルネを捕らえることに力の大部分を使っていたあの状態なら……もしくは今のように、地脈を穢されて聖域が弱っている状態なら、サーレサーヤは限定的ながら聖域に干渉できる。


 言うなれば彼女は聖域に干渉するバックドアになり得る。

 対処法があるとしたら『サーレサーヤを呼び出せるという事をルネに忘れさせる』くらいだったわけだ。ルネに紐付けられたサーレサーヤは最早ルネの端末としてしか力を振るえないから、ルネがその気にならなければ出てこないのだ、という無茶苦茶な対策を通してしまった。


「使えるものは何でも使う主義でね。それに、この働きの分は別口で埋め合わせるわけだしいいじゃなーい」

「映し身はこちらの武力で抑えるわ。その間に地脈を抵抗不能にしといて頂戴」


 白き光の世界に穢れた闖入者たちが踏み込んだ。

 鳥や獣の姿をした魔物たちが一斉に映し身へと襲いかかり、リザードマンの部隊がそれに続く。


 映し身の放つ光の矢が魔物たちを穿つが、アンデッドを相手にしたときほどに劇的な効果は無い。

 射落とされた鳥たちを蹴散らして吶喊したリザードマンが、銛のような槍を映し身に突き立てて散滅させる。


 その戦いの間、サーレサーヤは跪き祈るような姿勢で地脈に呼びかけていた。

 彼女の周囲に浮かぶ錫杖のシルエットが、赤黒の稲妻を纏う。


『……この森の地脈の中心は、既にいます。

 それを通じて、この場所にも穢れを受け容れましょう』

「ケツ出しなぁ、性悪ジジイども! いいもん捻じ込んでやんよぉ!」


 エヴェリスが注射器のような構造の楔を全ての指の間に挟んで構え、投げ上げた。


 投じられた楔は流星の如く残光を引いて飛び、エヴェリスが撃ち込んでおいた杖にそれぞれ直撃する。

 ズン、と重く地が震えた。


 白く具現化していた幻の如き聖域が、歪んだ。

 血の赤、闇の黒、ねじれた景色。

 既に半ば倒されていた映し身の残りが、声も無く空気を震わす悲鳴を残して掻き消えていく。


 そして、幻の聖域は徐々に薄れ、夜が戻って来た。

 いがらっぽいニオイの漂う、焼け焦げた青軍陣地。だがそれは、人族の領域ではもはやなく、元通りのエルフの森でもなく、何かが根本から異なる世界となっていた。

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