[3-17] 人形たちの踊る夜(週給$120)

 この世界において映像記憶の技術は未発達だ。

 エヴェリス曰く『手段が無いわけではないけれど高コスト』。

 しかし、今あるものを映し出す遠見の術は比較的ありふれていた。


「いやあ、見事に引っかかったね。昨日の今日だってのに」

「犯人は犯行現場に戻るとも言うわよ」


 そこは、攻撃を受けた畑からもう少し密林の奥に入り込んだ場所。

 魔法で土を隆起させて岩に変えた、掘っ立て小屋のような建物の一室だ。

 作業監視のための拠点としてとりあえず作ったものだったが、今ここは『警備員室』になっていた。

 広めの机の上にずらりと並んだ遠見の水晶玉が、暗い部屋の中でぼんやりとした光を放っている。


 『畑荒らし』が発覚してから、ルネたちは即座に『釣り』の準備をした。

 まず、邪気を飽和させて残留した『秩序』の力を排除しておく。

 次いでエヴェリスは周囲に大量の『監視カメラ』を仕掛けた。

 後は『トランジポール』を再設置し、夜が明けてから再度、スケルトン開墾隊が出動した。


 昼閒は特に変わりなし。

 念のため周囲の警備を増やしたりもしてみたが、開墾隊はつつがなく作業を終えて日暮れに撤収していった。


 そして、異変が起こったのは日が暮れてすぐのことだった。


 水晶玉の向こうに見える景色、迫る夜闇に呑まれた畑に、何か光るものが現れる。

 湯気が立つように地面から湧き出し、人型になった光の塊。

 シルエットは朧だが、ひょろ長い体躯と尖った耳からすると、それはエルフのようだった。それが数体。


 エルフの姿をした光の人影は、各々がその手に光の弓を持っていた。

 そこから光の矢が放たれると、それは炸裂する。


「……爆弾弓矢?」

「んー、そんな感じだねえ」


 矢と言うよりも、魔法弾の類いと言えた。

 ほどよく耕されていつでも種がまけるような状態だった畑が、労働アンデッドを動かすための『トランジポール』が、光の矢の絨毯爆撃で破壊されていく。


 そうして、辺り一面が滅茶苦茶になったところで、エルフたちは消え去った。

 輪郭を崩して、風に散り溶けるように、人型の光は消え去った。


「夜だけに現れる、エルフの亡霊……」

「亡霊とも違うかな。何と言うか、すごい変な何か。

 それに、やるだけやったら煙みたいに消えちゃったでしょ。逃げたならともかく、綺麗さっぱり消えるなんてね」


 博覧強記のエヴェリスをしても、腕組みして考え込んでしまうような奇妙な事態であるらしい。

 ただでさえ巨大な胸が腕組みのせいで寄せて上げられ青少年によろしくない。


「関係があるかどうか分からないけれど、この場所のすぐ北にはでっかい『エルフの森』があるんだ。事前に言ったよね?」


 エヴェリスは机の上に緑の宝石が付いたアクセサリーを置き、その周囲に青い角砂糖みたいな魔石を三つ、逆三角形状に配置した。

 ブローチがエルフの森を、魔石が人族国家を現しているのだろう。


「真ん中にエルフの森があって、北西、北東、南側、三つの人間国家に囲まれてるの。

 ただ、この三カ国とエルフたちの間には他には珍しい関係性があんのよ。一帯の地脈はほとんど全部、エルフたちが管理してるんだ」

「……なんで?」

「分からない。ただ一つハッキリしてるのは、エルフたちがどうにかして地脈をコントロールしてるってことだけ。昔、ここが魔族の勢力圏だった頃はそんな特殊な事情無かったし……何かあったとしても、ここ二百年くらいの話のはずなのよ。

 実は魔王軍に居た頃も調べようとはしたんだけどねー、最前線の話でもなかったから予算と要員の優先順位落ちるし、エルフの森はガードが堅くて何も分からずじまい。

 もちろん周辺三カ国は反発したけれど、結局どうにもできなくて、今じゃエルフの皆さんのお情けで生きてる感じ」


 エルフは人族の一種。優美な姿と長い命を持ち、森に住む種だ。

 彼らは大規模な森を丸ごと縄張りに定め、部族社会を形成して住まうのが常。エルフが住まう森は、部外者は人族どころか他所の森のエルフでさえおいそれと立ち入れない禁域と化す。

 そんな『エルフの森』が、この世界にはいくつも存在していた。

 ただ、エルフたちは一部の変わり者を除けば、森の外の出来事にはあまり関心を払わないしあまり関わろうとしない。

 人間と商売をしたり、魔族との戦いに加わったりはするので、排他的と言うよりも引きこもり気質と言った方が適当だろうか。

 人族全体が存亡の危機に瀕した400年前にはエルフだって他の人族と混じり、生活し、戦っていたわけで(子どもが生まれにくくなるという理由で異種族間婚姻はかえって抑制されたようだが)、長命なエルフの古老たちはその時代を目で見て知っている。他の人族に敵対的というわけではなかった。


 何にせよ、この場所からすぐ北のご近所に住んでいるというエルフたちの事情は奇妙だ。

 地脈という命綱を握られている人間たちも、エルフたちが何のために何をしているのかはよくわかっていないらしい。


 此度、ルネの領土に起こった異変と、北のエルフたち。

 これを繋げて考える証拠は無いのだが、考えの飛躍とも言い切れないはずだ。


「なーんか不気味だね。まだ引っ越しの荷物もほどききれてないけれど、早急に調査の手を割かなきゃなんないかな」

「ま、いいわ。どうせ、あの森は手に入れなくちゃならないんだもの」


 ルネは溜息をつく。

 想定外の面倒が増えるのは好ましくないが、もはやその面倒も踏み潰して突っ走るしかない。


「あの森は、帝国青軍を相手にどれだけ耐えるかしら?」

「……森そのものの頑丈さ次第かな。森がある限りは耐えると思う」

「そう言えば地球には、密林に隠れたゲリラを倒すために、密林を無くそうと猛毒を撒いた国があったわね……」

「おっ、いいねそれ邪悪で。

 ただそれは滅ぼすための戦い方だよね。帝国はエルフをどう扱う気なのか……」


 他人事のようにエヴェリスは呟いた。


 * * *


 ケーニス帝国の侵略のやり方は単純明快。

 魔族の脅威に対抗することを大義名分として併合を迫っていく。

 その段階で降伏し恭順する国もあるが、それでも戦争になることは多い。


 強大なケーニス帝国を相手に戦いを挑むなど馬鹿らしい、最初から降伏する方が良いのだ……と言う者もある。

 しかし支配下に置かれれば国家としての体制を徹底的に破壊され、政の形が大きく変化する。それだけで、一生同じような暮らしを続けていくはずだった人々には恐怖なのだ。


 また、新たに帝国に加えられた人々は、しばらくの間二等市民的な扱いを受けることになる。貴族たちは市井に蹴り出される。民は兵役に取られ、新たに国を攻め陥とすための力とされる。身を粉にして帝国に尽くし、認められなければ、『奴隷よりはマシ』という程度の身分に甘んじることになるのだ。

 そうと知っているから、ケーニス帝国に狙われた人々は戦いを挑む。


 さらに言うなら、これはもちろんケーニス帝国の侵略に限った話ではないのだが、戦争というのは防衛する側が優勢になりやすい。

 地の利があり、補給もしやすく、士気も高く、何より地脈から魔力を引っ張り出して防衛兵器を動かせる。

 ケーニス帝国とて無敗ではない。

 完璧な防衛体制を作れれば。周辺諸国と手を組めば。我が国の英雄を以てすれば。ディレッタやノアキュリオの後ろ盾を得れば。戦術によって上回れば。国家が一丸となれば。隣国を攻めて疲弊したところを狙えば。

 勝利を一つもぎ取って、実質対等の講和を結ぶことも叶うのではないか。

 ……そう考えて戦った国々は、言うまでもなくほとんどがケーニス帝国によって打ち砕かれてきた。


 一方でケーニス帝国は支配地域に飴も与えている。

 大国の一部になるということはそれだけで大きなメリットがあるのだ。

 道や水道などのインフラは整備が進み、商業も活性化する。

 官に腐敗が無いわけではないが、数多の法によって律されたケーニス帝国の統治は貴族たちの気まぐれに振り回されるよりはよほどマシだという声も、かつて苛政にあえいでいた者たちから上がる。

 また、ケーニス帝国は貴族という身分が存在しない官僚の国だ。平民に生まれた者でも、才覚があれば試験を突破して官僚になれる。それは、手柄を立てて爵位を得るよりもよっぽど楽な道だった。


 さらにケーニス帝国は教育にも力を入れている。

 ディレッタや神殿勢力と仲が悪いのも原因ではあるのだが、神殿が開く学校とは別の『応用学校』が多く作られている。神殿が神々から授かった知識に留まらない多様な教育を施し、技術開発にも余念が無い。新たに帝国に加わった国々もその恩恵に浴することになるのだ。教育水準が高まれば暮らしは豊かになるし、才ある者にとっては成り上がりの道が拓ける。

 特に優れた才覚を示す子どもたちは国中から帝都に集められてエリートとしての教育を施される。彼らはやがて宮廷に勤めることになるか、はたまた地元に帰って地方代官になるか……いずれにせよ、本人のみならず家族さえ王侯貴族のような暮らしができる。

 結果として優秀な人材を体制側に取り込み、ケーニス帝国の支配はさらに盤石になる。


 さる詩人が評して曰く『ケーニス帝国は天使と悪魔の顔で侵略する』。

 流れた血と涙の上に、しかしそれでも揺るがぬ秩序を築く。そういうことができる国だった。


 そのケーニス帝国の東側を担当する帝国青軍は、今のところク・ルカル山脈を東から迂回しての南進を企図していた。

 目下の標的は、ク・ルカル山脈の東端に乗っかったような立地である三つの人間国家。そしてその中心に存在する『エルフの森』。

 三カ国+αの勢力は一応の軍事同盟を組み、ケーニス帝国の侵略に対抗した。そして、緒戦でコテンパンに打ち負かされて散り散りになり、森の北西にあるドトーラス連合と北東にあるカデニス公国は降伏を宣言。青軍はエルフたちが住むゲーゼンフォール大森林と、その南に位置するルガルット王国を睨んでいる状況だ。


 赤軍の方でいきなり山脈に道ができたという耳を疑うような話や、ルガルットの南に"怨獄の薔薇姫"が居を構えたという情報は既に青軍に伝わっていたが、一旦始まった戦いを……まして勝ち戦を、即座に切り上げるのは勿体ない。

 今後への足がかりを作るため、最低でもゲーゼンフォール大森林を手中に収めておきたいところだった。


 と言うのも、ゲーゼンフォール大森林を中心とした三カ国の地脈は(何をどうやったらそんなことができるのか不明ながら)森のエルフたちに制御されているからだ。

 ひとまずドトーラスの南東に陣取っている青軍だが、水門を閉めた川のように地脈は枯れゆき、体勢の立て直しにも少々難儀している。

 地脈が使えない拠点は価値が低い。仮に攻められても防衛兵器は動かせないし、街のインフラを魔動機械(アーティファクト)に頼っている場合はそれも麻痺するし、儀式魔法にも難儀するし通信にも事欠く。

 二カ国を陥とした余勢を駆って、大森林の地脈を手に入れておくべきなのだ。


 ゲーゼンフォール大森林に住まうエルフの諸部族に突きつけられた勧告は、人間国家に対するものと同じ。帝国の支配下に入れ、というものだ。

 だがそうなれば森はケーニス帝国のものだ。これにエルフたちは猛反発した。人間たちが土地や国に対して抱くよりも遥かに強く重い執着を、エルフたちは森に対して抱いていたためだ。

 長老会議が下した決断は、徹底抗戦。

 エルフたちは神に祈らず、父祖と祖霊を崇める。森は魂のサイクルを司るシステムであると考えており、父祖と祖霊の魂が宿る神聖な場所だ。それを人間の手で好き勝手に荒らされるというのは信仰の剥奪にも等しく、決して看過し得ない出来事だった。


 しかし彼らは決して、負けると分かっていて悲壮な覚悟で戦いに臨んでいるわけではなかった。

 ゲーゼンフォール大森林のエルフたちは、地脈の解放を求める周辺三カ国と戦って事実上支配下に置いた過去があり、つまり人間との戦いの経験もある。ひとたび森に籠もれば無敵無敗を誇り、攻め手を疲弊させたところで叩けば容易く勝利をものにできた。

 その時の記憶がエルフたちの中には未だに生きていて、勝算と楽観をもたらしていた。


 もちろん、それが間違いだと証明されるまでに長い時間は掛からなかったが。

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