[3-15] εὕρηκα
ク・ルカル山脈の東端近く、山脈北側の中ほど。
そこは、水の流れが山を削り取って深い谷を作り出している場所だった。
谷川に向かって奔放に岩が突き出していて、そんな岩棚のような場所の一つに邪悪な入植者たちは立っていた。
山の麓からここへ来ようと思ったら道なき道を越えた先、断崖を三つほどよじ登ることになる。今後、徒歩でもここまで来られる道を整備する予定だが、物資の輸送は飛行する魔物と魔法の利用を想定しているので、工事はあくまで最低限。
攻めるのは不可能に近い場所だ。
「このテンプレでいいかな……」
エヴェリスは四次元風呂敷から数枚の羊皮紙を引っ張り出して見比べていたが、やがてその中から一枚を選び出す。
「よし、やったろう。≪
魔方陣を書いた羊皮紙を地面に置いて、エヴェリスはそれを杖の石突きで突いた。
魔方陣が光を放ち、次いで、羊皮紙の下の地面がビシッ! と音を立ててひび割れた。
「く、崩れる!?」
「大丈夫大丈夫」
トレイシーが慌てるが、岩棚は崩れなかった。
ピシピシと細かい音を立てながら、魔法は崖へ向かって伝播していく。
一瞬の静寂、そして。
轟、と砂混じりの風が吹き抜けた。
「うわわっ!?」
吹き飛ばされそうになったルネはミアランゼの腰に掴まり(彼女は恍惚としていた)、トレイシーが巧みにバランスを取りながらスカートを押さえる。
崖が、その中身を吐き出したのだ。
風が収まったとき、崖の壁面には石の城が刻まれていた。
ルネたちの立っている岩棚が入り口になる。石の飾り柱が門の両側に立ち、いくつもの窓が並び、二階部分からは石のバルコニーなんかも張り出している。
岩山の中身をくりぬいて部屋を造り、小さな城としたのだ。もちろん、窓や扉は嵌まっておらず、ぽっかりと口を開けているだけだが。
なんとなくルネはラシュモア山の彫刻を思い浮かべた。
「ま、ひとまずこんなもんでいいでしょ。無骨なお城で済まないね」
「構わないわ。今は、使えればそれで充分」
元よりルネは華美を好むわけでもない。絢爛な装いもするが、それはあくまで"怨獄の薔薇姫"の権威の演出だ。庶民育ち故か、あんまり豪華すぎるのも落ち着かなかったりする。
岩を刻んだ城を見上げ、ルネは王都を去る際に最後に見た光景を思い出す。
遥か遠い地へ落ち延び、獣のように岩の中に隠れる。それはルネが負けたからだ。
だが、次の勝利はここから始まる。そうしなければならないのだ。
* * *
作った者の特権と言うべきか何と言うか。
比較的小さな拠点であるが、エヴェリスはちゃっかり自分用の広い工房を確保していた。
入居からまだ3日と経っていないというのに、部屋は30年暮らしたかの如くガラクタまみれだ。
既に日は暮れていたが、天井から吊り下げられた星の結晶みたいな魔力灯照明が工房を照らし、何やら採掘現場のような雰囲気を醸し出す。
「やっぱり、何度も拠点を失うのは厳しいわよね」
城内を見て回り、部屋や施設の今後の配置を考えている最中のルネが工房に来た時、エヴェリスはよく分からない肉のジャーキーを囓りながらよく分からない機械をいじくっていた。
唐突とも言えるルネの言葉にエヴェリスは首肯する。
「うん、まあそりゃそうだよねー。引っ越しするのも大変だし、逃げてばっかじゃ財と力を蓄えるのも難しいしさ。
次はそうならないためにも、八方手を尽くさなきゃ」
「エヴェリス。それに関してだけれど、ちょっと考えがあるの」
勿体ぶったルネの言い方に、エヴェリスは淫猥な紫水晶色の目を輝かせる。
この逃走劇、ほとんどエヴェリスのプランニングによるものだったわけだが、ルネもエヴェリスに任せっきりというわけではない。
今後どうしていくかということをずっと考えていた。何せ、生きてる組が休憩している間にも不眠不休で考え事のできる身体なのだから。
「拠点の安定性を高めつつ、防衛力にも侵略力にもなりそうな手を考えたのだけど、実現可能性と必要な資材、それと工数をちょっと見積もってもらえるかしら?」
「ほほう……?」
二人は顔を近づけて、聞かれてマズイ相手も居ないのに密談のような雰囲気を醸す。
* * *
「あの、姫様?
先程エヴェリス様が狂喜乱舞して服を脱ぎ捨てながら廊下を駆け抜け、最終的に全裸になってどこかへ行ってしまわれたのですが……」
「ああ……ちょっと新しいプロジェクトの話をしたら嬉しさがオーバーフローしちゃったみたいで……
大丈夫よ、落ち着いたら服を着ると思うし」
エヴェリスが暴風のように工房を出て行った後、入れ替わるようにミアランゼがやってきた。
旅程の間はずっと分厚い防護服を着ていた彼女だが、今はひとまず落ち着き始めているところ。日も暮れているし、身軽なメイド服姿だった。
「それよりミアランゼは何かご用?
もしかして、食料調達の方で何か問題があったのかしら」
まだ城内の荷ほどきや設営も終わっていない状況だが、ミアランゼは山の下で仕事を始めていた。
生きた臣下を従えた以上、絶対に避けて通れない問題。食糧の確保だ。
ミアランゼ自身はあくまで魔物たちに命令するだけの監督だが、彼女が居ないと獣や虫の魔物たちはてんでんばらばらに行動し始めてしまうので『そこに居る』というのが重要な役目だった。
現状だと夜は休憩時間という事になっており、ミアランゼはその間に麓から飛んできたらしい。
「いえ……調達そのものは順調です。
こちらへ連れてきた分の魔物の食料は、密林での狩りで当面賄えるでしょう」
答えるミアランゼは少し、誇らしげだった。
山脈に道を作ったルネたちは、そこからずっと山脈北の密林を通ってク・ルカル山脈の東端近くに辿り着いた。
その道中では密林に住む魔物たちとも出遭ったわけだが、恭順を誓った者もとりあえずその場に置いてきていた。
理由は単純で、一気に一カ所に魔物を集めても養いきれないからだ。魔物がいない空白地帯を作ったらそこを帝国軍に取られるのではないかという危惧もある。
帝国軍の通り道を開けるため引っ越させた魔物はそのまま養うしかないが、それ以外は今まで通りに自給自足してもらうことにした状態だ。
手元に置く兵が少ないのは少し心許なくもあるが、その甲斐あってか目下の食料調達は問題無い様子だ。
――注意するべきは、それで狩り場が痩せないかどうか、かな。
急に消費が増えたわけだから、狩り場の
豊かな植生が恵みをもたらすのは、人にとっても魔物にとっても同じこと。
密林の生態系を崩さなければ、兵や食料の生産地として役立ってくれるはずだ。
「私がこちらへ参りましたのは、猟の最中に発見した植物のサンプルをエヴェリス様に届け、鑑定をお願いするため。
それと……アンデッドを用いた試験耕作の方に問題が、いえ、問題と言いましょうか奇妙な出来事と言いましょうか……
そのご報告のためにと」
「奇妙な出来事?」
首の代わりに、ミアランゼはモフモフした質感の耳をかしげた。
「ご命令通り、既に試験的に開墾を始めています。
ですが、目を離した隙に開墾途中の畑が荒らされていたのです。実るどころか、まだ何も植えていない畑が……」
「……どゆこと?」
それは奇妙だがささやかな事件だった。
少なくとも、この時はまだ。
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