[2-39] Let's Dance, Boys!

 ノアキュリオ軍の陣内に放流されたアンデッド達は手当たり次第に殺戮を開始した。適当に数匹ずつに分かれては天幕に押し入り、待機していた兵たちを問答無用で殺していく。


「アンデッドだ! アンデッドだぁーっ!!」


 急を知らせる声と言うよりも、ただパニックになっただけの悲鳴が上がる。

 周囲はまさに蜂の巣を突いたような騒ぎになり、緊急連絡のラッパが吹き鳴らされた。


 警戒に当たっていた者以外、鎧を身につけていない。剣と盾だけ引っ掴んで飛び出してきた騎士たちが、逃げ惑っては餌食になる。

 だが、いかんせんアンデッド側は数が少ない。ルネ自身も数えていないが200は居ないはずだ。

 逃げ惑う兵士の全ては殺しきれない。と言うか逃げ切る奴の方が多い。そして、アンデッドの奇襲を免れた兵たちは、盾だの何だのいろいろ構えて徒党を組み、即席の防御陣を組み始める。


 だが、それを、ルネは

 手近なスケルトンによじ登って肩車に乗り、アンデッドの群れの頭越しに集まった兵士たちを見た。


「あ゛……う゛……」

「姫様…………」


 先頭付近に居た兵士たちの目つきがおかしくなる。彼らは防御を止めて振り返り、すぐ背後の味方目がけて斬りかかった。


「な、何をするんだ!」

「おいやめ……ぎゃっ!」

「止めろ! こいつらを止めろ!」


 たちまち兵士同士での殺し合いが始まった。

 寝返った兵士たちは暴れ狂う獣のように剣を振るい、先程まで味方だった者らに襲いかかる。

 斬り倒された兵士が死んだ。

 反撃で正気に戻った兵士が、既に手遅れでそのまま死んだ。


 軍隊にとって天気予報は非常に重要である。行軍や交戦の方針決定、そして何より吸血鬼の活動の可否に関わる。

 既に日も暮れ始める時間帯。空は厚い雪雲に覆われており、夜からは雪が降るだろう。辺りは不気味に薄暗く、太陽光線でダメージを受けるヴァンパイアも活動に支障が無い状態だ。


「来なさい、哀れな魂たち。焼き払いなさい!」


 ルネが一声掛けると、ルネの認識圏ギリギリに待機させていたジャック・オ・ランタンズが瞬時に飛来した。魂の飛翔は信じられないほどの速度が出るのだ。


 簡素なローブのような服を着て、くりぬいたカボチャの仮面を被り、鬼火のランタンを掲げた少女霊たち(デフォルメ気味)。

 ちなみにちょうど在庫があったので使っただけで、別にジャック・オ・ランタンの材料は少女の魂でなくてもいい。


「突撃!」


 号令一下。

 ネズミ花火のように炎を吹き散らしながらジャック・オ・ランタンズは飛んでいった。


『きゃはははは!』

『もえろもえろー』


 右往左往する人々が炎に巻かれていく。

 だが実は大したダメージではない。天幕もある程度の魔法防御力があるようで、ジャック・オ・ランタンの炎では簡単には燃えない。

 もっとも、ルネの狙いはそこではないのだが。


「ああああ!? お前ら何しやがるっ!?」


 半狂乱の悲鳴が上がった。

 積まれた木箱……残り少ない食糧にジャック・オ・ランタンズが火をつけて回っているのだ。


 食べ物が無くなれば飢えて死ぬ。

 血走った目で水瓶を抱え消火しに来た兵士は、背後からスケルトンにばっさり斬られて息絶えた。


 混乱は更に加速し、戦闘は拡大する。

 その騒乱を切り裂くように、一直線に突き刺さる殺気をルネは感じた。


 ――狙われてる?


 陣の外周。木造仮設城壁。

 その歩廊や見張り台の上からルネを狙う者がある。

 狙撃弓や、魔動機械(アーティファクト)の定置型機械弓がこちらを向いていた。


てぇっ!!」


 一斉に矢が放たれた。

 空を切り裂く音を立て、幾本もの矢がルネを狙って襲い来る。矢から嫌な気配を感じるのは、矢尻に聖水を浸しているからだろう。対アンデッドの戦闘でよく使われる手だ。


 だが、こんなヌルい攻撃を捌くには≪短距離転移ショートワープ≫の魔力すらもったいない。


 矢がルネを貫くその刹那、ルネの身体には穴が開いて矢を素通しした。

 ルネの身体は着ている服ごと、灰神楽のように黒い粒子が集った、雲か霧のようなものに変じていた。


 ヴァンパイアの能力『霧化』。身体を霧のようにできる。侵入に逃走にと、いろいろ使いようのある能力だ。夜なら闇に紛れて気配を隠すこともできる。


 実体を無くした身体の上でルネの首だけが浮いていて、ルネはそれをぐるりと360°巡らせ、周囲の壁の上を視線で射貫いた。

 射線が通るということは、視線も通るということだ。


 矢がメチャクチャにばらまかれ始めた。

 ルネとアンデッド兵たちをなるべく避けて、機械弓の矢が天幕をぶち抜き、混乱するノアキュリオ兵の群れにも矢が降りかかる。

 『魅了の邪眼』を受けた兵士たちがルネに味方しているのだ。


「≪痛哭鞭ペインウィップ≫≪痛哭鞭ペインウィップ≫≪痛哭鞭ペインウィップ≫! ≪屍兵作成クリエイトアンデッド≫!!」


 ルネは魔法を乱射しながら阿鼻叫喚の中を駆け抜け、手当たり次第に死体を製造。即座に≪屍兵作成クリエイトアンデッド≫で戦列に加えていった。

 皆殺しにする必要は無い。

 強い奴を殺す必要も無い。

 雑兵の数十も薙ぎ払えば事足りる。


 狙うは一撃離脱。

 ノアキュリオ軍の前線部隊から戦意を奪い、士気を地の底まで叩き落とす最後のダメ押し。


 侵入から最初の一撃に成功した時点で殺傷ノルマはだいたい達成したと言えるだろう。

 あと数分間、ここで暴れる。目的は……陽動だ。

 となると、当然のように障害となるものがある。


「ゴアアアアアアア!!」


 天地を揺るがすような大咆吼が響き渡った。


 ――来たわね!


 街の外縁に位置するこの陣は、当然ながら聖獣の監視圏内だ。

 接近してくる気配にはもちろん気付いていた。


 積まれた物資や天幕を薙ぎ倒すように迫り来るは虎型聖獣……エヴェリスがコードネームを付けて曰く『ディスジェクター』。

 さらに、どこかに予備が居たのか新たに作り足したのか、鳥型聖獣が天を舞う姿も見える。こちらはエヴェリスが名付けて曰く『ウォッチャー』。

 なおルネは、ダサさと無難さのギリギリのラインを突いたようなコードネームのセンスに関してはあまり多くを語らないことにした。


 右から左から、計三頭の虎型聖獣ディスジェクターが迫る。

 黄金の手甲のような爪と、牙を剥きだしルネに飛びかかる。

 そして。


「食らいなさい!」


 ルネは素早くナイフを抜き放ち、投じた。

 それは矢尻をそのまま大きくしたようなもので、妖しげな装飾みたいに魔術式がびっしりと刻まれていた。


 ディスジェクターを迎え撃つように投じられたナイフ。それは小さく、虎の身体にはさしたるダメージにならない、かと思われた。

 だがそのナイフが、ディスジェクターに触れた瞬間だった。

 空中に紫色の光で多重の魔方陣が描き出され、ディスジェクターに収束した。


「イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!」


 名状しがたい声を上げ、ディスジェクターが血を吐いた。

 まるで皮を生きたまま剥がされるように、白い表皮が浮き上がって宙に溶けていく。そして、後にはデタラメに筋肉の組み合わさった人体模型の出来損ないみたいなものだけが転がっていた。染み出た血が辺りを濡らしていく。


「……一撃必殺じゃない」


 想像以上の効き目だった。


 後続のディスジェクター、降下する鳥型聖獣ウォッチャーにもナイフを投げると、さっきまで聖獣だったものは醜悪なリアル人体模型となって地に沈む。


 エヴェリス特製、対受肉聖獣特効アイテム『堕天の楔』。

 外見は小さな投擲用ナイフだが、これを投げ当てると肉体と聖獣を結びつけている術式を断ち切り、聖獣は天界に強制送還。後には生ゴミだけが残って肥料になる優れものだ。

 もっと汎用性を高めた代わりに効き目は弱くなる予定だったのだが、ルネが回収した聖獣の死骸をリバースエンジニアリングすることでモルガナの聖獣の術式を解析し、対モルガナの聖獣に特化してさらに精度を高めることができた。


 聖獣の残骸はあまりにメチャクチャで、そのままアンデッドにするのは不可能な有様。

 いずれにせよ、これを残しておくわけにはいかない。


「≪緊急収納ボッシュート≫!」


 ルネが呪文を唱えると、聖獣の死骸とナイフが消え去った。

 エヴェリスの新作魔法(命名のみルネ)によって、大地に優しい生ゴミと化した受肉聖獣と、それに刺さった『堕天の楔』を回収する。

 対策があることを知られたり、こちらの術式を分析して『対策の対策』を打たれないためだ。


 ――さて、そろそろ……


 ルネが生ゴミを片付けたところで、比較的近くから爆音が轟き、地が揺らいだ。

 爆風が辺りを吹き抜け、天幕を薙ぎ倒し、土埃とスカートを巻き上げる。


「仮設の竈、爆弾で吹っ飛ばしてきた! ボクは先に離脱するよ!」


 土埃の中で擦れ違いざま、エヴェリス謹製の試作変装キットで変装しているトレイシーが言った。


 ルネは派手に動くことで囮になり、トレイシーが破壊工作を行う隙を作った。

 大切なのはあくまで戦闘中に破壊すること。炊事用の仮設竈なんてすぐに再建できるわけだが、『食を徹底攻撃された』と印象づけて精神的なダメージを与えるためだ。


「A地点で待機なさい! こっちが終わったらピックアップするわ!」

「了解!」


 飛ぶように去って行くトレイシーを尻目に、ルネはで駆けた。

 丸めて地に伏した身体は溶けるように姿を変え、全身が豊かな銀毛で覆われていく。


「アオオオオオオオン!!」


 ルネは走りながら高く一声咆えた。

 その身体はもはや人型を留めていない。銀色の狼と化している。

 ヴァンパイアの能力『狼変化』だ。


 ヴァンパイアはデュラハン形態のように固有の武器を持たない。

 強いて言うなら爪と牙だが、剣が相手だと分が悪い。

 普通に戦うならデュラハン形態やリッチ形態の方がやりやすいので姿を変えたいが、形態変化すると、あくまでヴァンパイアの特殊能力である『魅了の邪眼』が切れてしまう。

 そこでヴァンパイア形態から派生する『狼変化』を活用してみることにした。身軽く駆け回ってアンデッド兵を魔法でサポートしつつ魅了をばら撒き、隙あらば敵に飛びかかって喉笛を噛み裂くスタイルだ。


「なんだあれは!? 銀色の………………犬?」


 ちなみにルネが子どもだからなのかなんなのか、サイズは柴犬の成犬程度である。


 アンデッド兵も、魅了されたノアキュリオ兵も、だいぶ数を減らしていた。

 敵方で奮闘しているのはミスリルの鎖帷子を着て、ちょっと良さそうな剣と盾を持った騎士たちだ。ある程度、地位や財力を持つ者だろう。

 彼らはルネと目が合っても、揺らがない。


 ――精神干渉を妨げる魔法、もしくはマジックアイテムを使ってるわね……

   これだと通らないわ。わたしのヴァンパイアパワーは大したことないわけだし。


 先日ルネが増援部隊を襲った戦いの顛末を知って、魅了を防ぐ装備を用意したのかも知れない。

 さすがにこの短期間で全軍が装備する分は用意できないだろうけれど。


 ――とにかく、魔術師だけ始末するっ!


 アンデッド兵たちを突っ込ませつつ、ルネはその足下をくぐり、集団に紛れるようにして突っ込んだ。


「うわ!?」

「なんだ!?」

「こいつっ!」


 その勢いのまま、大地を裂くように駆け抜ける。

 ……より正確に表現するなら、騎士たちの足下をちょこまかと駆け回って翻弄する。

 そして後方に控える魔術師を射程に捉え、一気に跳躍した。


「シャアアアアアッ!」

「なん、うげほっ」


 魔術師の肩に前足を掛けるように飛びつき、ルネは首に食らいついた。

 血の味が口の中に広がった。

 牙を食い込ませ、前足で踏んばり、身体をねじる。

 あっさりと首が千切れた。


 魔術師の死体ともつれ合うように転がったルネは受け身を取り、立ち上がった時にはもう人の姿に戻っていた。

 狼化した際に消えた服も戻ってくる。そして。


「そこ!」


 『堕天の楔』を抜き打って、新手のウォッチャーを迎撃した。

 黄金の爪を閃かせて急降下してきた鳥は投刃を受け、空中で汚い花火となって自壊していく。


「≪緊急収納ボッシュート≫!」


 死骸は地面に着くより先にかき消えた。


 周囲にもう魔術師が居ないことを確認したルネはその場で全身を霧化した。

 虫の群れが飛ぶように流れ、戦いの場から少し離れた場所、燃えさかる食糧の山の前に降り立つ。

 乱戦の中、もはや消火作業は諦められ、キャンプファイヤーの親玉みたいな火柱の周りで二匹のジャック・オ・ランタンが楽しげに踊っていた。木箱の残骸を抱えてドンドコドンドコと原始的なビートを刻んでいる。


「後ふたりは?」

『聖獣にやられちゃったみたい』

「存在とノリが軽ーい……」


 かぼちゃマスクの少女……ルネが適当に隊長を命じたパニーラは、端的に報告した。


「まあいいわ。帰るわよ」

『『はぁーい』』


 ルネは思考によって、ゾンビやスケルトンたちに足止めを命じた。

 仮設城壁の上は既に混乱状態なのでいいとして、あとはその辺の魔術師らしき者や空行騎獣に特攻させる。すぐに打ち倒されることだろうが、構わない。持ち帰るのも大変なので肉があるアンデッドはここに置いていく。もとより使い捨てのつもりで持ってきた兵だ。


「付いてきなさい!」


 ルネは高飛び込みのように身体を丸めて飛び上がった。

 こね回されるように身体が縮み、世界が大きく見える。


 ルネは銀色の産毛に包まれた、一匹の蝙蝠に姿を変えた。これもまたヴァンパイアの能力だ。

 小さな身体と小さな翼。しかし、その翼が生み出す力はヒポグリフにも劣らない。


 闇に沈み始めた空を、ルネは銀の流星となって飛翔した。追随するは二匹のジャック・オ・ランタン。

 間もなく戦いは終わり、後には疲労困憊したような顔のノアキュリオ兵たちが残されていた。

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