[2-15] うにたるいす
散乱するスチームパンクのカケラ。積まれた書物。瓶詰め(R-18G)。
宮廷魔術師たちが使っていたらしい城内の工房は、既にエヴェリスの巣だった。
ありがちなオフィスと家庭科調理室を足して2で割りファンタジー風味に味付けしたような広い部屋いっぱいにエヴェリスの持ち込んだ物たちが溢れている。
「『世界征服コンサルタント』ってのは成り行きでそうなっちゃった感じで、もとは技術屋なんだよね。私」
とは、何に使うか分からないプラズマボールみたいなものを設営中のエヴェリスの弁。
「魔法機械(アーティファクト)から新型モンスターまでなんでもござれで用意しちゃうよ。
……姫様の軍勢って、今のとこ完全に≪
「そうね。ゾンビにスケルトン、グールにリッチ……後はまだ作ってないけどレイスとかかしら」
≪
作れるのは、対象をそのままアンデッド化したようなものだけ。
高度なアンデッドを作るためには複雑な術式や技術が必要なのだ。
エヴェリスは巻物を紐解きながら、
「非アンデッドの魔物を配下に付けることもゆくゆくは考えなきゃだけど、今はアンデッドオンリーでいいかなー。
やっぱこの状況、食糧ほぼ要らないってのはすごく大きいよ。グールに屍肉あげる程度でいいもん」
「それは今のところ、ゾンビを食べてもらってるわ。残った骨はスケルトンにすればいいから」
「無駄が無いね」
エヴェリスがカラカラと笑う。
補給は無く、食糧の自給体制も無い。
そんなルネが軍団を持てているのは、兵が全てアンデッドだからだ。
これがもしゴブリンやオークの軍勢だったら飯を食わせるだけで一苦労だろう。
「とにかく、アンデッドの種類増やそうか。
ここは人族が使ってた土地だから、良い感じに穢すにはちょっと時間が掛かるけど……ちゃんと工房を設置すれば≪
良い食材があっても丸焼きばっかりじゃ勿体ない。ちゃんと料理しなきゃ」
「例えば?」
「まあ簡単なやつなら今も作れるよ。こんなのどう?」
エヴェリスは巻物に片手をかざしつつ、もう片方の手で青い光を放つ試験管みたいなものを取り出して、その栓を弾いた。
そして、不気味な青白い光が弾ける。
ユーモラスな影がふわりと浮かぶ。
それはカボチャ頭にランタンを提げた頭でっかちのオバケ。ハロウィンに大活躍しそうな幽鬼だった。
「ジャック・オ・ランタン。放火にピッタリの霊体系低級アンデッド。芸は少ないけど、その辺の人の魂で作れるのがいい!
霊体系アンデッドだから機動力もバッチリだよ。まあ使役者の周囲に縛られることにはなるけれど、ルネ様はご自分も霊体になれるではないか。いっぱい作れば姫様に随行させて、一撃離脱で街ひとつ火の海にしてすぐ帰ってくるなんて荒技もできる」
「良いわね。
ただ、シエル=テイラは石造りの家が多いから火攻めの効果は微妙じゃないかしら。意味が無いわけじゃないけれど」
「そーだよねえ。石材取り放題だもんなー。石は簡単な魔法的加工で断熱性高められるから、雪国には嬉しいよね」
ふわふわと揺れるジャック・オ・ランタンは、ふたりの話を聞いて申し訳なさそうに手をすり合わせていた。
「……そう言えば姫様、他のアンデッドに変化できるって言ってたけどヴァンパイアにはなれないの?
吸血でブラッドサッカー量産できたら便利なんだけどなあ」
「ヴァンパイアね。一応なれるけど……」
ヴァンパイア。
言わずと知れた超有名アンデッドだ。
吸血によって同族を増やす。霧に変化する。コウモリや狼に化ける……等々、特徴的かつ多様な能力を持つ。しかし聖なる力に極端に弱いとか、太陽の光でダメージを受けるとか、深刻な弱点もいろいろと抱えている。
ルネは自らの姿を変化させる。
むずがゆいような感覚と共に犬歯が伸び、肌は少しだけ血色悪く。
人間同然の姿をしたレブナント形態から、ヴァンパイア形態に。本当なら服も黒革ボンデージとかゴスロリスタイルになってくれたらサマになるのだが、残念ながら服までは替わらない。
「……ほとんど見た目変わらないね」
「見た目どころか能力もほとんど変わってないわよ。空すら飛べないの」
そう。
ヴァンパイアは被膜の翼で空を飛ぶこともできるはずなのに、今のルネには翼が無いのだ。
「血を吸っても兵は増やせない。霧にもなれないし、コウモリや狼にも化けられない。
そのくせ日光でダメージ受けるし、聖印には近寄れないしニンニク食べられないし」
「へえ? 能力は再現できないんだ」
「デュラハンとかリッチは、あくまでも人の身体にあるものだけで構成されてるじゃない?
それと違ってヴァンパイアは人とは異質な能力が多いから、そこを補う材料を持ってくるとか、自分で生成できるようにしないとうまく能力を使えないんだと思う」
「ふんふん……いろんなアンデッドに化けられるって言っても、面倒も多いんね」
興味深げにエヴェリスは頷く。
ルネは邪神から賜った
ただそれは無から有を生み出す能力ではないのだ。
今のところは。
「でもそれ、もしかして……魂喰いで力を付けたらできるようになる?」
紫水晶のようなエヴェリスの目が好奇の色に輝いた。
「かも知れないわね」
「ううーん、魂を分解して吸収するなんて!
しかもそれで自己強化して新たな能力を得る? もはや神の所業じゃなーい!
いや神の所業なんだよね。ああもう、すっごい見てみたい。機会があったら是非とも私の前でやってみてよ! たぶん人智を超えててなんにも分かんないと思うけど!」
「うん、機会があればね……」
若干引き気味でルネは承諾した。
確かにエヴェリスは技術屋だった。しかもオタク気質の。専門分野の話をさせると早口になって止まらなくなるタイプの。
とりあえず不意打ちで解剖とかされないように気を付けておこうと肝に銘じるルネ。どうせ肉体を乗り換えればいいのだが、それを免罪符にモルモットにされるのは御免だ。
「で、だ。魂喰いで能力が追加できるって言うなら、ちゃんとヴァンパイアできるようになったらどうかなって思うのよ実際。
ヴァンパイア能力ゲットしちゃおうよー。現地調達して勝手に増える使い捨ての兵として、ブラッドサッカーは優秀だと思うよ。あいつら芸は無いけど血ぃ吸ってるだけでエネルギー確保できるから姫様に負担無いし」
「そうね、考えとくわ」
「よーしじゃあ次の作戦はヴァンパイアを使うこと考えちゃおうかな。
……あとさ、アンデッド以外になんか今足りないもんある? 魔法とかアイテムとか作れるよ」
『にやーり』と笑ったエヴェリスは、
「魔法を作るって、
「違う違う。あれは完成済みの魔法をいくつか組み合わせる感じだけど、私が言ってるのは1から新しい魔法を作るやつよ。
軍団を作る気なら、魔法の開発者だって抱えなきゃだよ」
新魔法の開発者というのは、あまり一般的な仕事ではない。
しかし一部のプロフェッショナルや軍などの国家機関にとっては不可欠になる。
世間一般で使われている魔法は、既に充分な種類があり、多くの人々が改良を重ねたために高い完成度を誇る。しかし、普通の魔法では物足りないという局面もしばしば発生する。
あまりにも用途がニッチなので一般に流布しない魔法とか、汎用性を捨てて特定の状況に特化したピーキーな魔法とか、そういう魔法をオーダーメイドで組み上げるのが魔法開発者の仕事だった。
「そうね……」
ちょっと考え込むルネだったが、すぐに思い至った。
「収納系の魔法で、複数のスペースに分割収納ってできないかしら。戦利品の死体とは分けて収納したいものもあるじゃない」
「そりゃそうだ」
「片方のスペースのサイズは、すごく小さくてもいいの」
「うーん、しかし亜空間内に仕切りを作るとなると……いや、複数の魔法を並列維持可能な感じに? それは出し入れの操作が面倒だにゃー。
ああ、でも亜空間から術者への
工房のセットアップの合間に術式引いてみるんで何日か待ってくれないかな」
「分かったわ」
だとすると、懸念がひとつ片付く。
ただ、エヴェリスがその収納魔法を開発するまでの暫定措置が必要だ。
「強力なアラーム魔法とか知らないかしら。国の反対側まででも届きそうなの」
「あるある。作るまでもなく、そういうのある。シエル=テイラ国内くらいの距離なら姫様が遠征中でも緊急連絡できるよ。音声伝えるとかじゃなければ、やりようは結構あるし」
「じゃあそれ、宝箱にセットしてくれないかしら。
って言うかアラームだけじゃなく、開けた人が3回くらい死ぬような呪いとかてんこもりで付いた宝箱貰えない?」
「んー、それ中身が吹っ飛んじゃダメ系?」
「ダメ系!」
「ほいほい。そんじゃま、いい感じに殺意が高い箱をご用意しちゃおう」
エヴェリスは軽く請け負う。彼女にとってはなんでもない仕事なのだろう。
ルネは肩の荷をひとつ降ろした気分だった。
「それと……」
もうひとつ、どうしても作っておかなければならない魔法がある。
だがそれを頼み込むに当たって、ルネはエヴェリスを直視することができなかった。
「物を綺麗にお洗濯して乾燥までできる魔法って作れない? ベッドマットみたいな大きなものまで洗えるといいのだけど。
それも、なるべく目立たないように、音とかが周囲に漏れないようにできるかしら」
「んー……こっそりお洗濯する魔法? 作れると思うけど何に使うの?」
「黙秘するわ!!」
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