[2-4] 運命の悪戯と書いて作者の都合と読む

 “果断なるドロエット”の侵入翌日、ルネは王都に帰還した。


「えぇ? “果断なるドロエット”が?

 冒険者ギルドからは今のとこ、王都立ち入り禁止に近い通達が出てたはず……あー、でもそういうの気にしないタイプだわ、あれ」


 留守中の襲撃についてアラスターから報告を受け、ルネは天を仰ぐ。

 国内の主な冒険者については、イリスに取り憑いていた間に彼女の記憶から情報をサルベージしている。

 国内2番のパーティー“果断なるドロエット”。神聖王国貴族のボンボンが道楽でやっているようなパーティーだ。

 リーダーであるエルミニオの行動は無軌道で予測が付かず、『官憲・ギルドなにするものぞ』と勝手奔放に振る舞う素行不良冒険者。犯罪行為には手を出していないので追放こそされていないが、冒険者ギルドからの戒告も三度を数える。ギルドの通達を無視して王都に乗り込んできてもおかしくない。


 ふと城壁の上を見れば、赤薔薇の軍旗がひとつ燃え落ちている。皆殺し決定。


「失敗だったわ。せめて街壁が使える数のアンデッドをこっちに残すべきだったかしら」


 今はルネの魔力に余裕を持たせたかったので、王都に残したアンデッドはリッチの魔力で維持できる少数精鋭だけだった。残りは材料状態で城内に貯蔵されている。


「申し訳アりまセヌ。≪聖別コンセクレイション≫付きデ破壊さレたアンデッドは、ホボ修復不能の状態でス」

「あなたが謝る事じゃないわよ、アラスター。『死刑囚』をちゃんと回収できたなら充分だわ。まあ、たぶん助けに来たわけじゃないと思うけど。

 それよりも戦利品のカウントをお願いしていいかしら。……≪収納領域インベントリ≫」


 ルネが魔法を使うと、何も無い中空から手品のように大量の死体が現れ、城門前の広場に山を作った。

 刺され、斬られ、魔法で焼かれ、苦悶の表情で事切れている騎士や農兵たちの死体が積み上がっていく。


「ゲイラー伯爵へノ誅罰は上首尾にお済ミのよウで、何ヨリに存ジます」


 アラスターが恭しく頷く。


 ルネはシエル=テイラ北西端にあたるゲイラー伯爵領まで出向き、領都を叩き潰してきたところなのだ。

 ゲイラー伯爵はクーデターの折、ヒルベルトに下ったうちのひとりだ。

 その戦利品が、この死体たちだった。


 収納系の魔法は、普通なら持ち歩けないような大量の物品を亜空間に収納して運ぶことができる。大きな生物は入れられないのだが(アリんこでもサイズ次第でアウト)、死体なら関係ない。高位の≪収納領域インベントリ≫はこの通り、100人単位で死体を運ぶことも容易い。

 ただしそれを使っている間は魔力を食われ続けてしまう。魔力MP的には充分余裕があるが、≪収納領域インベントリ≫を使用中は魔法の出力が落ち、ルネにとって最大の武器であるデュラハン形態の呪いの赤刃もナマクラと化す。

 このうえ大量のアンデッドを維持していたら帰り道の飛行さえままならなくなるので、王都にはあまりアンデッドを残していなかったのである。


「せっかくこれだけ持って帰ったけど、“果断なるドロエット”に壊された分を差し引いたらプラマイゼロってとこかしら。しかも質が落ちた分を数で補う感じになっちゃう……

 わたしが居ればもっと被害を少なくして勝てたはずよね。帰るだけならすぐだから、やっぱり何かあったらわたしを呼べる態勢にしておきたいわ」

「面目次第もあリマせぬ。結局は姫様の手ヲ煩ワせる事に……」

「しょうがないわよ。

 ……でもやっぱり抜本的な対策も考えなきゃダメかしら」


 ルネは考え込む。

 兵力の確保と指揮。拠点の確保と防衛。情報収集。物資調達……

 やるべき事は山ほどあるが、自分ひとりでは絶対に手が回らない。

 ルネひとりで国や世界を滅ぼせるならそれで構わないわけなのだが、人族たちの工夫と技術と団結が侮れないことは身に染みて分かっている。対抗するためにはルネもまた一定の勢力を率いる必要があるのだ。


 目下、最も気になるのはシエル=テイラ東部に現れたノアキュリオ軍だ。


 ヒルベルトは王都陥落前にノアキュリオに援軍を要請していた。王都の戦いで先遣の空行騎兵隊を倒したが、本隊である地上部隊も数日後にちゃっかり入国してきた。

 ヒルベルトからの要請を錦の御旗として、市民の保護を名目として、軍を居座らせて勢力下に置こうという腹づもりだ。

 そして、おそらく今のルネはノアキュリオ軍と正面からぶつかるのは難しい。上手い対処も浮かばないまま、とりあえずノアキュリオ軍から遠い場所の誅殺対象を潰して回っているところだった。


 ――やっぱり仲間どうぐが必要だわ。


 以前考えたことを、もう一度ルネは考える。

 戦略が欲しい。

 それを助ける手足が欲しい。


 無い物ねだりだが、もしここにレブナント時代のアラスターが居ればと思わずには居られなかった。

 王都を攻め陥とした戦いも、ルネはあくまで案と方向性を示したのみ。作戦の詳細を詰め、状況に応じた臨機応変なチャート分岐を作ったのはアラスターだった。

 あの後グール化されたアラスターは生前の知識こそほぼ残っているが、出来事の記憶……つまり、経験の積み重ねによる『含蓄』をほぼ失ってしまった。

 ウダノスケは実戦の中で磨き上げられた練達の剣技を引き継いでいるけれど、どちらかと言うと直接的な戦闘技能に関わる記憶だけが例外らしい。脳みそが無いスケルトンすら生前の技量を引き継ぐのだから、何か生体とは別の要素で記憶しているようだ。


 グール化したアラスターは地頭が良く官吏として充分な知識を持っているので、依然として有能ではあるのだが、指揮官として軍師として辣腕を振るったアラスターはもう居ない。

 これからルネがどうしていくべきか相談くらいはできても、政治巧者としての的確なアドバイスを出すことは無理だろう。


「とにかく、エドフェルト侯爵領への攻撃は予定通り仕掛けるわ。

 人材確保のための暫定措置として、適当に優秀そうなのが居たらグール化して連れてくる。あと兵力の補充も必要ね。騎士はできるだけ確保したいわね。

 国家戦略に携わっていた有能な廷臣とか、どこかに居ないものかしら。レブナントにできれば数日だけでも有用なアドバイスが聞けるんだけど」

「申し訳アりマセん。以前の私でアレば心当たリを挙ゲる事もでキましたデショうが……」

「謝ることじゃないわよ。

 ……自分のパワーアップもちゃんと考えなきゃ。ハードなストラテジーね……」


 ルネは頬杖を突くようなポーズで考え込む。

 最悪、全てを放棄して闇に潜み、魂を喰らっての自己強化だけを行う修行期間に入るという考えも頭をかすめた。徹底的にレベルを上げてから蹂躙を開始する戦法だ。

 だがそれはあくまで最後の手段。あまり時間を掛けていては復讐すべき相手がベッドの上で安らかに死んでいく。

 そうならないよう、戦えるうちは戦ってやろうと考えてもいた。


 * * *


 そのまた翌日、エドフェルト侯爵領の領都・テイラカイネには紙の雨が降った。


 天を舞う翼竜のゾンビがまき散らしていったそれは『領主を差し出せば街の者の命は助ける』という内容がルネの署名付きで書かれていた。

 ご丁寧に、文字が読めない市民向けにピクトグラムやルネお手製のフリー素材風イラストまで添えられている。


 街は大騒ぎになった。

 王都陥落は当然のこと、それ以降もいくつかの都市が攻め落とされていることは伝えられている。

 荷物をまとめて東へ逃げる者あり。白薔薇を神殿に納めて祈る者あり。

 そして、本気で領主を差しだそうと血迷って領城に突撃した者も数人あって、これらは即座に捕らえられた。


 * * *


 テイラカイネにビラの雨が降ってから3日後、領主居城にて。


 やたらと輝いている応接間で、エドフェルト侯爵ことマークス・アーノルド・エドフェルトは数人の冒険者と向かい合っていた。

 マークスは50代。大柄な男だ。かつては武人らしい身体をしていたのだろうが、今は腹回りがちょっとみっともない。禿げかかった髪は暗褐色で、生き残りも短く刈り込まれていた。


「“果断なるドロエット”をご紹介します!

 彼らなら文句ないでしょう、侯爵様!」


 冒険者のうちひとりが手を広げ、残りの冒険者たちを『じゃーん!』とばかりに紹介した。

 テノールよりもアルトと表現したくなる、弾むように元気な声で言った彼女……もとい彼は、くりくりとよく動く夕焼け色の目に白磁の肌。蜂蜜色の長い髪を、大げさなくらい大きくて紅いリボンで二本に分けて縛っている。

 絶対領域が眩しい少女型中年男性、トレイシーだ。


 彼が示すのは“果断なるドロエット”の5人。

 5人である。王都に侵入し落命したエルミニオを含む5人が勢揃いしていた。エルミニオの蘇生は成功したのである。時間経過による蘇生成功率の低下を防ぐ『勇者の棺』と、それを運ぶ『フライングカーペット』のおかげだ。


 “怨獄の薔薇姫”が王都を陥落せしめたことで、領主たちは……特にヒルベルトに与した者たちは戦々恐々としていた。冒険者や傭兵を掻き集め身を守ろうとしているのだ。

 トレイシーは、いくら戦闘向きでない盗賊シーフと言えど貴重な第六等級エリート。当然、侯爵から声が掛かっていた。

 しかしトレイシーとしてはこんな物騒な話には関わりたくない。直接断るために侯爵に会いに来たのが3日前。断るなら断るで会って礼儀を通すべきだと思ったためだ。

 だが、よりによって侯爵に会っている最中に例のビラが撒かれたせいで話がこじれた。身も世もなく縋り付いてくる侯爵の頼みを断り切れなかったトレイシーは、自分の代わりの護衛を探し、つなぎをつけると侯爵に約束して解放してもらったのだ。


「そうとも、侯爵。文句など出るはずもない。

 貴公の護衛はこの“果断なるドロエット”が引き受けよう。

 ふふ……護衛だけだなんてケチなことは言わない。あの“怨獄の薔薇姫”がやって来るなら、我らが討伐してみせるさ」


 トレイシーに紹介されたエルミニオは決意も新たに拳を握る。

 細面を歪めて歯を剥き出す様は、威嚇するヘビのようだった。


「……あのアンデッドどもめ。私をあのような目に遭わせたこと、徹底的に後悔させてやる。

 “怨獄の薔薇姫”も、その配下も、私が全て駆除する。

 そして……ふふ、護衛任務なんぞにかけずり回ってる臆病者の“零下の晶鎗”より“果断なるドロエット”の方が上だと証明するのだ。私を不当に第五等級アデプトに留めている冒険者ギルドも、いい加減目を覚ますだろう。ふふふ……」


 燃え上がるエルミニオを、トレイシーは生暖かい目で見ていた。


 エルミニオがシエル=テイラ王国を活躍の場として選んだ理由は、ディレッタ神聖王国の国内・近隣だとちょくちょくドロエット家から横やりが入って自由にやれないというのがひとつ。そして、これくらいの規模の国なら自分が『国一番の冒険者』になれるだろうという計算あってのものだった。

 と言うかエルミニオは自分こそが国一番の冒険者で、“果断なるドロエット”こそが国一番のパーティーだと思っている。そのため、二番手というをくつがえそうと躍起になっているのだった。


「しかし旦那……“怨獄の薔薇姫”を倒す方策はあるもんなんでしょうか」


 エルミニオの大言壮語にエドガーが水を差す。あくまで金のために付き合っているだけなのだから、度を超して危険な目に遭うのは御免だと思っているのだろう。

 そんなエドガーをあからさまに馬鹿にした様子でエルミニオは切り返す。


「いいか、少しは頭を使え。

 王都は敵地だ。何があるか分かったものではない。だが敵がおめおめとこちらの手の中に飛び込んでくると言うならいくらでもやりようがあるだろう。罠を張るとか、味方を集めて袋だたきにするとか……

 そう、先日のあれと逆のことを我々がやればいいのだ」

「な、なるほど。さすが旦那でさぁ」


 『その程度誰でも思いつくし、その程度で倒せるなら苦労はねえんだよ』……と、エドガーが思っているのは明らかだったが彼は口には出さなかった。侯爵まで何か言いたそうなのを我慢している様子だ。


「実に頼もしい。私の呼びかけに応じてくれたのは願ってもないことだ。君たちの働きに期待しているよ」

「期待、ね……その期待、裏切らせてもらいましょうとも。もちろん良い方にね」


 マークスは文句を言う代わりに、エルミニオとガッチリ握手を交わした。


 マークスがを考えれば、ディレッタ神聖王国の有力者との縁は何が何でも欲しいはず。そこに飛び込んできたエルミニオは、マークスにとってチャンスそのものだ。エルミニオにへそを曲げられ、出て行かれては困るだろう。


 トレイシーが“果断なるドロエット”を紹介したのは、その辺の事情を察したからでもある。

 腕の立つ護衛も神聖王国への伝手も欲しいマークス。

 “怨獄の薔薇姫”と戦う機会が欲しいエルミニオ。

 とにかく全部押しつけて逃げたいトレイシー。

 みんながえがおになるけつろんだ。


「えっとー、それじゃボクはこれでおいとまってことでいいです? 侯爵様」

「ああ、ご苦労だった」


 後はもう当事者同士で、とばかりトレイシーはそそくさと出て行こうとする。

 そして、トレイシーが応接間のドアノブに手を掛けた時だった。


 ジャーン、ジャーン、と半鐘の鳴る音が鳴り響いた。

 その場に居た全員がはっと息を呑む。


 トレイシーが窓際に駆け寄ると……そこには天を舞う影。

 ヒポグリフとワイバーンの死体がスケルトンを背中に乗せて飛んでいる。

 城から見える街壁の外には、迫り来る無数の人影。アンデッドの軍勢だ。


「待って。このタイミングで来るの? あと1時間遅けりゃ逃げられたのに?」


 トレイシーは呆然と呟いた。


「ボク不幸すぎない?」

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