[1-63] READY PLAYER 1 RENEE × ∞

 アンデッドの囲いに接近してローレンスが放った『天断』の水平斬りは、まずルネが張った光の障壁を砕き、ルネを切り裂き、ルネが依り代として用意した少女たちを、そしてその背後のアンデッド兵たちをも薙ぎ払った。

 アンデッドと少女たちの残骸が放射状に転がっている。


「……なんだ? 今の妙な手応えは……」


 ローレンスは訝しげに数度、テイラアユルで空を切った。


「あ、あああああ……」


 数人の騎士が虚脱した様子で崩れ落ちた。

 殺された少女たちの父親だ。


「天の主に祈りを捧げよう。お前たちの子は祖国のため尊い犠牲と――」

「気を抜くな! まだ終わっていないぞ!!」


 周囲の騎士が慰めに掛かるが、そこでローレンスが檄を飛ばし、崩れかかった『亀の陣』がまた隊列を整えた。


「奴はどこに……?」


 騎士団に所属する神聖魔術師のひとりが、錫杖を構えて辺りを見回した。

 『天断』によってルネの肉体が破壊されたはずなのに本体の霊魂が飛び出していない。

 そして『天断』の射程外に居たアンデッド達は未だ健在。


 風を切る音がした。


「はっ!?」


 ≪飛翔フライ≫により高速で接近するルネを察知したローレンスは、それを撃墜するべく振り向きざまに『天断』を放つ。

 ルネは≪飛翔フライ≫を一時中断しての≪短距離転移ショートワープ≫で真下にズレて、慣性が死ぬ前に再び≪飛翔フライ≫を行使。

 一気に距離を詰めたルネは飛行の勢いを乗せてローレンスに斬りかかった。


 テイラアユルと呪いの赤刃が赤い火花を散らす。


「その身体は……!」

「あら、換えの身体があそこに用意したので全部だなんていつ言ったかしら?」


 ルネが着ている服は、粗末で庶民的なエプロンとワンピース。相変わらずスカートには鮮血の薔薇を描いているが、先程とは違う格好だ。


 ウェサラで調達し、軍需物資としてここまで輸送してきた少女の身体である。

 これはあくまで王都で依り代がひとりも手に入らなかった場合の保険であり、市民の避難が完了していない現状ではいくらでも周囲に依り代があるのだが、折角だから役に立てている。


「あとね、魂が飛ぶ時の最高速度って知ってる? もしかして……近場の身体を全部破壊すれば、逃げ込む先が無くて隙を見せるなんて甘いこと考えてたかしら?」


 と、言っておいてだが『魂が飛ぶ時の最高速度』なんて魔術師の間でも大して知られていない知識だった。

 霊体系のアンデッドは何らかの行動規範や未練の対象に縛られている事が多い。全速力を出して元気に飛び回れるルネの方が異端なのである。


 ジリアンを乗っ取った時はわざとゆっくり飛んでみせたが、本来の魂の飛翔は一夜に千里を駆ける。

 それは、転移などの魔法に頼らず……つまり≪対抗呪文結界カウンターマジックフィールド≫を展開したまま超高速で逃げられるということだ。

 魔法的に隔絶された閉鎖空間や次元の断層でも作らない限りルネの逃亡を阻むのは不可能に近い。


 ヒット&アウェイと無限コンティニューによる『ひとり人海戦術』。

 既に摩耗させられている第一騎士団とローレンスでは、ルネを一度倒すごとに相応の出費を強いられる。身体ひとつと引き替えに『亀の陣』をひとりずつ削っていくとか、ローレンスに傷を与え続けて回復役の魔力を枯れ果てさせるとか、勝つにはそれで充分なのだ。

 そしてルネのさらなる目的は、この絶望的な状況下で騎士たちの心を折ることにある。


「つまり。わたしを倒すなんてそもそも不可能だったってこと。

 尊い犠牲? 違うでしょ。わたしの攻撃をほんの数十秒止めただけ。

 助けられたかも知れないのに……無駄だったわね。無駄死にだったわね。無駄な殺人だったわねぇ。ひっどーい!!」


 ルネの言葉で、張り詰めていた何かが千切れ飛んだ。


「ううわあああ! うわああああああああああ!!」


 でたらめな狂乱の叫びが上がる。

 盾を投げ捨てた騎士のひとりが陣を飛び出し、ローレンスに斬りかかっていた。


「何を!」

「うわあああああ! あああああ――!!」


 その男は先程のローレンスの一撃で娘を喪っていた。

 娘が無駄死にだったと知り、『国のため』『勝利のため』という大義名分を、理性を繋ぎ止める最後の命綱を切られたのだ。

 ただ力任せに剣を叩き付ける騎士。ローレンスはテイラアユルでそれをいなしていたが、ルネが剣を構え駆け寄る素振りを見せるや、一刀のもとに騎士を切り伏せた。


「くっ……貴様!」


 テイラアユルの血を払い飛ばし、ローレンスがルネに向き直る。


「そこでわたしに怒るの? 全部あなたがやったんじゃない」


 心外だという調子でルネは言った。


 まあ、ローレンスが手を汚すよう誘導が無かったと言えば嘘になるが、ルネとしてはどちらでも良かった。決断はあくまでもローレンスのものだ。


「……あら」


 これ見よがしにルネは振り返る。

 と言うか、ローレンスに向かって剣を構えたままで首だけを後方に向ける。


「あなた達が遊んでる間に、第二陣が到着しちゃったわね」

「何?」


 居並ぶアンデッド達が再び蠢動した。

 軍勢が道を空ける。そこを通って後方から姿を現したのは、先程と同じように、泣き叫び脅える少女たちを抱えたスケルトンだ。


 捕獲できた娘たちの人数を数え、あえてそれを複数のグループに分けて小出しにしたのである。

 同じシチュエーションを繰り返すのはルネの策だった。

 もし彼女らを殺しても次があるのではないか、またその次があるのではないかと、永遠に同じ事を繰り返す羽目になるかのような錯覚を起こさせるために。


「さあ、それじゃあ一番こっちのお友達から順番に、自分の名前とお父さんの名前言ってみようか!」


 ガシャリ、と音がした。 

 膝を折った騎士がひとり。


 崩れ始めた気持ちは伝播する。

 騎士たちの心が、砕けた。


 ある者は武器を捨てて逃げ出した。アンデッド兵のド真ん中を突っ切ろうとして四方八方から串刺しにされた。

 ある者は祈りの言葉を唱えた後、自らの喉を剣で刺し貫いた。

 ある者はただ静かに泣き、ある者はただ呆然とルネ達を見ていた。


 勝利の可能性が無いことに絶望する。

 我が子の死に絶望する。

 死すべき運命の己に絶望する。

 絶望、絶望、絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望絶望……


「……勝負あったわね。今よ」


 ルネの号令一下。

 見学に徹していたアンデッドの軍勢が、一斉に武器を構えて突進を開始した。


「なっ……くそ! こらえろ! 盾を構えろ! 魔法で弾幕を張れ!」


 ローレンスの檄も虚しく。

 『亀の陣』も半数が崩れればもはや用を為さない。


 魔法が炸裂し、押し寄せるアンデッドを吹き飛ばす。≪聖別コンセクレイション≫を受けた剣と槍がアンデッドを貫く。

 しかし、その抵抗は圧倒的な数の暴力に押し潰される。

 『天断』すらもこの大群を払い飛ばすには至らない。水平に振り抜けば味方にも当たってしまうのだ。

 袈裟掛けに斬り、突きを放つが、それで倒せるのは10や20。アンデッド達が蹂躙するペースの方が早い。


 『亀の陣』が屍の群れに呑み込まれた。

 ラグビーのスクラムみたいな状態になった塊の中から断続的に悲鳴が響く。アンデッド兵すらも仲間に押し潰されて次々壊れていくような状況だが、もちろんアンデッドはそんな事に恐怖を覚えない。


 この乱戦の中でもロ-レンスは無傷。

 別にアンデッド兵がローレンスを避けていたわけではなく、ローレンスは自分に向かって襲ってくるアンデッドを全て切り払っていたのだ。

 その点やはりローレンスも超常的強者ではある。数を頼みにローレンスを倒すのは無理だ。


 だが騎士たちの支援を失った今、ローレンスは丸裸も同然だった。

 先程よりも小さくなったアンデッド包囲網の中でルネとローレンスは向かい合う。


「ふ、ふふっ、あはっ! きゃははははははは!!

 やっと……ああ、やっと絶望してくれたわね!

 なんて下卑た味の絶望なのかしら! 豚の脂身をフライにして砂糖漬けにしたみたいだわ!」

「あ、あああ……っ!」


 ローレンスの心を満たす感情は、怒りに近い絶望だった。

 その怒りの対象には、おそらくルネだけでなく仲間たちも含まれている。

 もし誰もがローレンスと同じように国家のための剣として冷徹になれていたら、こんな無残な敗北は無かっただろう。

 だが、騎士たちが剣を取る理由はそれぞれに違った。彼らは皆、国を守るために集った騎士。だが、どうして国を守りたいのかはそれぞれ僅かずつでも違っていた。その違いが吹き出したというだけのことだった。


「お前さえ居なければ……お前さえ、居なければあああああっ!!」


 テイラアユルを構えたローレンスがルネに向かって突進する。

 だが。


 包囲陣から飛び出して、ほぼ直角にローレンスと交差する影があった。


「……ツマらぬものヲ斬っテシまっタ……でゴザル」


 着流し姿のグールがカタナを鞘に収める。

 ローレンスの両腕が肘辺りで両断され、宙を舞っていた。

 神聖魔法の援護射撃が途絶えた今、アンデッド達を阻むものは無い。


「なに……」

「ぐっじょぶ、剣術指南役」


 ルネは自分の頭部を首の上に置くと、空いた左手でクイッと手招きした。

 無詠唱で行使された≪念動テレキネシス≫の魔法により、宙を飛んだ剣は引き寄せられてルネの左手に収まる。


「うん、いい魔剣だわ。裏切りの騎士団長なんかには勿体ない。

 この剣は王家のもの。つまり今はわたしのものって事ね」


 魔剣テイラアユルをしげしげと眺め、ルネは頷いた。


 自ら光を放つ蒼銀色の刃。呪いの血がべったりと付いていたが、それはルネが刃をひと撫ですると剥げ落ちた。


 剣と両腕を失ったローレンス。

 そこに、じわりじわりとアンデッド兵たちがにじり寄る。


「本当なら、わたしはこの手であなたを斬りたいの。でもね、それってなんだか格好が付いちゃうでしょ? まして国宝の魔剣を使うなんて、とてもとても」


 ローレンスは後ずさる。

 それを追うようにアンデッド達はさらに包囲を狭める。


「グールに斬られ、スケルトンにたかられ、ザコゾンビに肉を食われて死になさい。あなたにはそれくらいで充分なのよ。……わたしは死ぬまでの一ヶ月、責め苦を受けた。最低でもその間は苦しめてあげるわ。そうね、『プロメテウスの刑』なんてどうかしら?

 あなたが死んだ後は、骨を不浄の炎で焼いて、毒草畑にまいて肥料にしてあげるわ。殺虫剤を作りたいのよ。ゾンビはハエがたかるから」

「殺虫……!? なんだと!?」

「二度は言わないわ。……やりなさい」


 スケルトンとゾンビ達が一斉にローレンスに飛びかかった。

 武器を持っている者さえそれを捨て、素手で。

 特にゾンビは、その肉体に唯一残されている本能……『食欲』の抑制を解かれ、牙を剥きだして。


「あああっ、何を! 何をするやめろ! 化け物が!

 私は正義をっ……おのれ! 連邦の悪魔め!!

 シエル=テイラは不滅だ! おのれ、呪ってくれる! 貴様らこそ滅びるがいい!

 私は……あがっ、あがあああああああああああ!!」


 群がるアンデッドを蹴りつけ、二の腕のみで殴打し、陸に打ち上げられた魚のようにローレンスは暴れた。

 だが、それは10秒ともたず、屍の中に埋もれていった。

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