[1-39] 終わりの始まり
その日、ジェラルド公爵領最西端の村に、雷の魔剣を持ったスケルトンチャンピオンを中心とする強力なアンデッドの群れが襲来。
冬ごもり中の村人たちは為す術無く惨殺され、運良く逃げ出せた数人が急を知らせた。
アンデッドの群れはその後、南西方向に進み、複数の領にまたがって進行方向上の村を全滅させて行った。疲労の概念を持たないアンデッドらしく、その進軍は風のようであり、王宮が事態を把握した頃には既に6つの村が滅ぼされた後だった。
王宮はこれを緊急事態と見て、シエル=テイラ最強と言われる冒険者パーティー“零下の晶鎗”に神殿の神官を随行させての討伐と調査を依頼。
自然発生するアンデッドは弱い。これほどのアンデッドが現れるからには、それを作った何者かが居るに違いない。となれば怪しいのは、未だ雲隠れしていると思しき“怨獄の薔薇姫”だ。
そのため、何かあった時にも情報を持って逃げ帰ってこられる程度に強い冒険者を手配したのだ。この人選にはジェラルド公爵の推薦もあった。『とにかく強い冒険者を速やかに出すように』と。
王宮としてもそれに異存は無く、最強のパーティーである“零下の晶鎗”にすぐさま白羽の矢が立った。
“零下の晶鎗”の面々はアンデッド達の動きを先取りするように、その目的地と思しきシエル=テイラ南方へと向かった。
* * *
それと同じ頃。
ジェラルド公爵は自らの領地から配下の騎士と農兵を集めていた。
領内に現れたアンデッドの件で昨日緊急招集を受けた騎士たちは、翌日である今日にはもうウェサラ入りしていた。
街は一気に人が増えたことで活況を呈する。こんなお祭り騒ぎは年に数度あるかどうかだ。
公爵配下の騎士にも色々な者が居る。裕福な者は領都であるウェサラに居館を持っていたりするが、宿に泊まる者も多い。彼らが連れてきた召使いや農兵たちは、住民や神殿の好意に甘えて泊めて貰う者もある(後で公爵から宿代が給付されるのだ)。
表通りには白銀の鎧を着た屈強な男たちが行き来し、日用品や食料品も飛ぶように売れた。
日も高くなった頃、彼らはジェラルド公爵の居城の広々とした中庭に集結する。兵員を集めたり訓練をするためのがらんとした中庭だ。
武器を構えて整列した姿は、騎士だけでなく農兵たちも堂に入ったものだった。公爵の施策として農作業の合間に訓練を施され、そのことで多少なり労役を免除されている精鋭農兵たちなのだ。
バルコニーに公爵が姿を現すと、居並ぶ兵たちはさらに顔を引き締める。
忠義の心を持つ者。粗相をして罰されないかと緊張している者。土地を保証される見返りとしてビジネスライクに義務を果たしている者。密かに反意を抱いている者……
想いは人それぞれだが、それは公爵にはもはやどうでもいい事だった。
「今日、皆に集まってもらったのは他でもない」
朗々と声を張り上げて、公爵が話し始めた時だった。
「≪
静まりかえった中庭に場違いな少女の声がして。
晴れ渡っているはずの空が薄暗くなったかと思えば、赤黒き死の嵐が巻き起こった。
「ぎゃああああ!」
「あ、あががあああああ!」
「うわああああ!」
中庭全体を覆う竜巻のように血色の嵐が轟々と吹き荒れる。
悲鳴が連鎖し、居並んでいた兵たちはドタバタと倒れていく。
それを公爵は涼しい顔で見下ろしていた。
「これより皆には……偉大なる御方に仕えてもらう」
「公爵様、何を!」
僅かに生き残ったのは咄嗟に防御が間に合った魔術師や、こんな場所にも護符を起動状態で持ち込んでいた騎士だけ。数えるほどしか居なかった。
見上げた先、公爵の背後から歩み出る小さな人影がある。
それは銀髪銀目の美しい少女だった。輝かしい純白のドレスを着ているが、そのスカート部分には鮮やかな紅い色で薔薇の紋章が描かれている。あどけない顔立ちなのに、生き残った兵たちを見下ろす彼女は、命を命とも思わない邪悪で嗜虐的な笑みを浮かべていた。
バルコニーの手すりにひらりと飛び乗った彼女は、悠然と足を組んで中庭の惨状を見下ろしている。
「なんだ、あれは……」
生き残りのひとりが呟いた。
『あの子は』とか『彼女は』ではなく、『あれは』としか言えなかった。
「往生際悪いのが居るわね。始末なさい」
白く小さく柔らかな手で、少女は鋭く指を鳴らす。
その途端、倒れ伏した者らが一斉に起き上がった。
その表情は一様に虚ろで、中には肉体が塵と化して骨だけで立ち上がる者もあった。
「アンデッド……!」
驚く暇もあったかどうか。
生き残り達は四方八方から突き刺され切り刻まれて倒れ、すぐに屍の兵として再び立ち上がった。
* * *
中庭には兵たちが並んでいる。アンデッドだけの騎士団が。
グール、スケルトン、ゾンビにリッチ。上位種扱いされるレベルの猛者もちらほら混じっている。
ミリアムの魂を喰らったことで新たにルネが手にした力。それはアンデッドの作成と操作(正確にはその効率化)だ。
魂を喰らった時、ルネは己の能力をある程度望む方向に成長させられる。本人としては『スキルポイントを手に入れてスキルツリーに割り振っているようなもの』と理解していた。
アンデッドの作成は別に今までだってやろうと思えばできたことだが、アンデッドは使役者の魔力を食い続ける。手持ちのアンデッドの数だけ魔法攻撃力と最大MPが低下するようなものだ。いくらルネでも軍団規模のアンデッドを維持・使役するのは負担が重い。
そこで、よりアンデッドの使役に適した形に魂を研ぎ澄まして、効率よく多数のアンデッドを従えられるようになったのである。ルネ自身の基礎スペックも上昇している。これなら多数のアンデッドを維持しながら戦闘可能だろう。
ついでに言うなら、あれだけの大物を食べた直後だからかルネは絶好調だった。今なら150%くらいの実力を発揮できるはず。
「よく材料を集めてくれたわね、アラスター」
「お褒めにあずかりまして恐悦にございます」
折り目正しく礼をするジェラルド公爵。しかしこれは正確には公爵本人ではない。公爵は既にルネに殺されており、その魂はとっくに昇天もしくは地獄に落ちている。行き先はルネにも分からないが後者であることを強く願っている。
本当は魂を捕まえて死んでからも苦しめたかったが、彼はちゃっかり魂の保護を掛けていたので手出しできなかった。王弟派の中心人物をろくに苦しめもせず死なせてしまったのは痛恨の極みだけれど、より重要な目的のためである。
今ここに居る公爵は、魂が抜けた後の公爵の死体を魔法で動かしているに過ぎない。
レブナント……魔法によって死体にかりそめの命を与えたアンデッドである。
綺麗に死んだ死体からなら、生前と変わらぬ姿・能力を持ったレブナントを作り出せる。今の公爵は生前とほぼ変わらない知性を持っている。
ただひとつの違いは、アンデッドとして蘇った瞬間から、作り手であるルネに絶対の忠誠心を刷り込まれているという点だ。
呼吸も脈拍も今のところ正常で、物を飲み食いし夜は眠る。言動にもおかしな所は無い。ぱっと見はすり替わっていることに気がつかないだろう。
でありながら今の公爵は、術者であるルネの忠実な下僕として活動してくれる。神官や魔術師であればレブナントを見抜くこともあるが、そうした人材は公爵がアンデッド化していることに気付く前に、先んじて公爵の命令で居城から遠ざけさせたのだ。
欠点は肉体的にも頭脳的にも長持ちせず徐々に劣化し、数日もすればただの『新鮮なゾンビ』になってしまうという点だ。維持しようとすると色々面倒になる。だがこの場合は数日の猶予があれば充分だった。
ちなみに、生前と変わらぬ姿をした今のルネは、実はレブナントに化けた状態だったりする。さすがにルネの場合は肉体や知性は劣化しない。
能力的には『リッチ形態から魔力強化を差し引いた感じ』という下位互換形態だが、首がもげているデュラハンや骸骨顔のリッチは、やはり女の子としては避けたい姿であった。
あの戦いの後、まずルネはナイトパイソンの構成員やブライアンの死体を運んで公爵領の端まで飛び、そこで精鋭のアンデッド部隊を作って村を襲わせた。そしてそのまま南西へと向かわせたのである。
目的はふたつ。
第一に、強力なアンデッドに陽動をさせて、強い冒険者や騎士団の精鋭を王都から引き離すこと。
そして第二に、公爵が兵を集める口実を作ることだった。
ルネはレブナント化した公爵に命じ、配下の騎士や精鋭の農兵を集めさせた。
そして彼らはここで殺されて、もれなくアンデッドとしてルネの手勢になったわけだ。
「アラスター」
「はっ」
「わたしの忠実な騎士団をあなたに貸し与えるわ。彼らを率い、ウェサラを死都に変えなさい。
大人の男はなるべく原形が残るように殺して広場に積み上げなさい。女は力が強そうな者だけ。わたしが兵に変えるわ。
わたしと同じくらいの年頃の女の子はなるべく生きたまま狩り集めなさい。
魔法を使える者もなるべく生かして捕らえること。
武器や戦いに使える物を見つけたらことごとく略奪して兵に持たせなさい。
……これを以て、わたしの反撃の狼煙とする」
「かしこまりました、姫様」
かつてこの地を支配した男の骸は、うやうやしく礼をした。
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