[1-36] ゴツいロザリオマシンガンとか持たせたかったけど筆者は自重した
「シッ!」
ディアナが鋭く繰り出した銀鞭をルネはかいくぐる。
狙いを外した鞭は近くの木に叩き付けられ、完全に叩き割った。メキメキと音を立てて傾いた木は、やがて地響きと共に倒れ込む。
細い銀の鞭そのものにこんな威力があるはずない。纏わせた魔力による破壊だ。しかも、どうしようもないほど神聖な魔力。アンデッドであるルネに大打撃となることは想像に難くない。
だが、その強烈な一撃を繰り出したディアナの感情は、寒気がするほど温かなものだった。
――なんだ、この感情は……?
慈愛としか言えない。なんでこんな気持ちで戦えるんだ!?
これまでルネが戦った相手は皆、敵意や怒り、焦りや恐怖などで心を塗りつぶして攻撃を仕掛けてきた。現にヒューがそうであるように。
だがディアナは違う。険しい顔をして修羅の如く攻撃を仕掛けてきているというのに、ルネに向けられた感情には子守歌を歌う母のような温かな慈愛が含まれていた。もちろん怒りも悲しみもあるのだけれど(おそらくはイリスの死に対する感情だ)、そこには慈愛が共存していた。
「はあああっ!!」
縦横に銀鞭が振るわれ、闇の中に銀光の軌跡が描かれる。接近を拒まれたルネは赤刃で鞭を受けた。
手応えが、重い。何か身体の奥底まで響くような嫌な感覚があって、呪いの赤刃が刃毀れするかのように欠けた。
――剣を傷つけられてもあまり関係ないけど……これを刃毀れさせるってヤバイ威力だな。
赤き血の刃は、怨みと呪いを練り上げた魔力の結晶体。生半可なものであれば浄化の力など弾き返してしまうはずのものだ。
銀鞭を受けて足が止まった刹那、闇から這い出すようにヒューが斬りかかる。
「おどらあっ!」
感情察知の力で視界外も把握できるルネに不意打ちは通じない。
しかし、純粋に反撃しきれない一瞬を狙われた。
ルネはヒューの両手のナイフを辛うじて赤刃で打ち返し、ヒューを貫こうとした瞬間に次なる銀鞭の一撃を受けて、追撃を諦めて距離を取った。
ヒューのナイフは深く切れ込みが入っていた。次打ち合えば、おそらく切れる。
「キツいぞ! ≪
「【
ふたりには驚かれたが、むしろルネとしてはナイフを輪切りにできなかったことに驚いた。
これまでルネの赤刃と切り結んだ武器は、魔剣テイラアユルを除けばどれもこれもスッパリ切られてしまったのだから。
それだけ強力な≪
「あと強いぞ! 俺ひとりじゃ3秒で死ぬ!」
「しゃあない」
ディアナが僧衣のスカートを振ると、いろんな形をした銀色で尖っている物が落ちて来て雪の上に突き刺さった。既に≪
「投げ物類だ! 使い方は雰囲気で察しな」
「ありがてえ」
「援護頼むよ!」
白兵戦は無理と見たか、ヒューは投擲武器を拾いに掛かる。
そのふたりをぶち抜くルートでルネは魔法攻撃を放った。
「≪
赤刃の切っ先に赤黒い光が集い、それが一直線に放射される。
ヒューは拾った武器を抱えて横っ飛びに躱したが、ディアナは……避けない。
彼女は両手の指で銀鞭を挟み、ぴしりと張り詰めて盾にするように掲げた。
――魔力が……前面に集まってる?
赤黒の閃光がディアナに着弾した。
正確には、彼女が張った力場に。
ディアナはまるで見えない傘でも広げているようだった。閃光はディアナの前で枝分かれし、ディアナを避けるように後方に飛び去っていく。
「お、お、おおおおお!」
「あああああああ!!」
集中し、出力を高めるルネ。
赤黒い閃光を割って正面から距離を詰めるディアナ。
ヒューは阿吽の呼吸でディアナの後に続いた。
――クソ……魔法の出力が思うように上がらない! つーかぶっちゃけこれまでと変わらない! 力が増してる感覚はあるのに!
もしかして『食った物が血肉になるには時間が掛かる』とかそういうリアルな話!? そこはRPG系お手軽強化でいいじゃんよ邪神様!
ルネの魂には膨大なエネルギーが渦巻いていた。が、それはなかなか外に吐き出されない。身体を内側からくすぐられるみたいな快感と不快感をもたらしながら、収まるべき形を探るように激しく回流していた。
人間は、食事をエネルギーとして消化吸収するのに3時間前後かかるとされる。ましてそれを血肉に変えるにはどれほど時間が掛かるか。
ルネの場合は肉体ではなく魂の話だが、魂の力を倍加させるほどの大改造が一瞬で済むわけなかった。
ある程度距離を詰めたところでヒューが跳躍し、閃光の射線から外れる。そして空中から銀の投刃を放った。
――避けなければ当たる……! けど……!
未だ猛進するディアナ。斜め上方より迫る刃。
ルネは≪
「≪
逆巻く風の盾が展開され、投刃を弾き飛ばす。だがその風すら断ち割って銀鞭が迫る!
――熱い……! クソ、テレポートにすべきだった!
赤刃で受けきれずに銀鞭がルネの脇腹を切り裂く。
銀鞭が身体に触れた瞬間、不快な熱がルネを焼いた。
本物の熱ではなく、これは幻だ。不浄のアンデッドとは相容れない大神の威光によって存在そのものが蝕まれている、その痛みだった。
ディアナが手首を返すと、銀鞭は生きているように蠢きルネに絡みつこうとする。
もしこれで身体をグルグル巻きにされたら……どう考えてもまずい。
「≪
ルネから魔力が吹き出した。
魔力ある限り相手の攻撃魔法を無力化する絶対防御魔法。
≪
――でも今の≪
ディアナが眼前に迫る。
「な……」
「イアアアアアアアッ!!」
ディアナの蹴りがルネの小さな身体に突き刺さった。
アンデッドには急所も何も関係ないが、正確にみぞおちを捉えている。
メキリ、と身体の軋む音がした。
身体が浮かび、そしてルネは一直線に飛んで木に叩き付けられた。
当然のように木はへし折れて倒れる。
ルネは衝撃でふらつきながらもすぐに立ち上がった。
――ただの蹴りでアンデッドにこれだけのダメージを……!
あの変な魔法、どれだけえげつない
付け加えるならディアナの判断も見事だ。
≪
距離を詰めて物理攻撃を仕掛けるには絶好の機会だ。それをディアナは見逃さなかった。
ディアナは風のように距離を詰め追撃に掛かる。
一度≪
「≪
「
雪を割ってせり上がった分厚い石壁。
ディアナは突進の速度を緩めぬまま銀鞭を振り、それを微塵に切り刻む。
しかし、壁を張った直後、ルネは逃げるのではなく逆に距離を詰めていた。
「ん……!」
石壁を破ったすぐ先に、呪いの赤刃の切っ先が突き出されている。
豊満な胸部のど真ん中を貫く軌跡の刺突。
「うわっと!」
ディアナはそれを、人間の限界を超えた超反応で上体を反らして回避した。僧衣の胸元が浅く切り裂かれ露わになる。
致命的な一撃は回避したが、ディアナは大きく体勢を崩している。ルネは当然、そこにトドメを刺そうとした。
「【
聖なる力がディアナを包んだ。
まるでジェット噴射でもしたような物理法則を全く無視した動きでディアナがジグザグにスライドして距離を取り、ルネの攻撃は空ぶる。
――機動の魔法か!
地の上を滑りながら宇宙遊泳的な動きでくるりと身を起こしたディアナは銀鞭を振るう。
――じゃあ……完全無詠唱で崩しに使えそうな低級魔法ならどうだ! ≪
「あん?」
銀鞭の軌道がブレた。纏わされた聖気によって魔法的干渉をある程度はね除けてはいるが、隙を作るには充分だった。
自分を逸れた銀鞭を、さらに赤刃で払い飛ばしルネはディアナに肉薄する。
これにディアナは格闘で応じようとするが、そうはさせない。
――≪
「あっ!」
ディアナの身体が沈んだ。
≪
「せぇい!」
体勢を崩したディアナ目がけて赤刃が突き出される。
ディアナは、銀鞭を持っていない左腕を盾にした。
ディアナの左腕が切り飛ばされた。
……だが。腕を切り飛ばされながらもディアナは斬撃の軌跡を変え、無理やりに身を守る。そして。
「【
ディアナの水月あたりで紋が光る。
銀鞭を握った右手から輝かしく白い光が吹き出した。まるで鞭と一緒に見えない花火筒でも握っているかのようだ。
その光が僅かに触れただけで焼けるような痛みを感じ、ルネは反射的に飛び離れた。さらにヒューの投刃を受けもう一歩下がらざるを得なかった。
――短射程で即発動の攻撃魔法……! トドメを防がれた!
そしてディアナは切り飛ばされた左腕を右腕でキャッチし、肩の切断面に叩き付ける。
「ディアナ、無事か!」
「無事だよ!」
びちり、と水っぽい音を立てて肉が癒着し、次の瞬間にはもう指が動き始めた。
――そりゃ回復は神聖魔法の得意分野だけど……どっちがアンデッドだよ。
「やっぱ近づけたらダメか。……【
ディアナのうなじ辺りで紋が輝くと、彼女の頭の上に光の輪が出現した。童話的な天使のリングそのものだ。
ディアナからの聖なる気配がさらに強まり、ルネには目もくらむほどの輝きに見えた。余波として放散されていただけの聖気が、今は武器として、同時に盾として、戦闘的に噴射されているのだ。
――たぶんこれは近付くだけでダメージ受けるし、動きも鈍る。と、なると魔法で攻めたいが……
魔法が防がれるのは実証済みだ。
象でもウェルダンになりそうなレーザーが銀鞭をかざしたポーズで弾かれてしまった。
――対象に直接効果が発現する魔法なら鞭では防げない……かな? いや、微妙だな。さっきの鞭シールドは身体全体に張ってた防御を前面に集めただけだ。
ヒューは護符さえ焼き切ればダイレクトアタックで落とせそうだけど、その余裕が無ぇ。せいぜいうるさい程度でしかない投刃を止めるよりも、まずディアナを何とかしないと。
ディアナの銀鞭がうなる。襲い来る銀の輝きをルネは赤刃で払った。銀鞭は、まるで支え棒に巻き付くアサガオのように赤刃を絡め取ろうとする。そのたびにルネは≪
ルネが踏み込めばディアナは下がり、ルネが逃げれば距離を詰める。
合間に牽制の≪
ルネの接近と魔法を防ぎつつ、銀鞭がギリギリ届く距離からじわじわ刻み倒すつもりらしい。なるほどこれならディアナは圧倒的優位だ。
決め手に欠ける攻防が続けば普通ならアンデッド有利である。なにしろアンデッドには肉体的な疲労が無いのだから。
だが今のディアナも疲労という概念があるか怪しい。それに、戦いが長引けば街の者に気付かれる危険が高まっていく。それはルネにとって都合が悪いのだ。
拮抗状態の中で打開策を探るルネは、ふと銀鞭の異変に気付く。
――鞭から感じてた『嫌な感じ』が薄れてる?
銀鞭にまとわりつく聖気がわずかに弱まっている。
今のディアナは、並の魔術師ではあり得ないほど多重に魔法を維持しているが(あの紋様はおそらく自分自身をマジックアイテムに見立てて消費することで精神集中不要で魔法を維持しているのだろう)、それでも出力には限度があるに違いない。
維持する魔法が増えれば、ひとつひとつの効果は落ちるようだ。
――今のこれが限界だとしたら、これ以上は出力上がんないって事だよな。
ディアナ相手にあの
対処方針を考えるルネの攻め手が僅かに緩み、ディアナはそれを即座に咎める。
鞭を振るいながら彼女は神聖魔法を詠唱した。
「【
一定範囲に散弾のように聖気をばらまいて炸裂させる神聖魔法だ。光の瞬きが波のように迫り来る。
――相殺する!
「≪
対抗してルネは赤黒い死の閃光を放つ。ルネを直撃するルートの光弾はかき消え、さらに光線がディアナを狙う。
「そいつはもう見飽きたよ!」
ディアナは鞭を構えて耐えた。太いレーザーがディアナの前で割れ、いくつもの支流になって彼女の後方へ抜けていく。
――やっぱりだ。ギリギリで拮抗してる。
見事なさじ加減と言えるだろう。
先ほどの一発でルネの魔法攻撃力を測ったのか、耐えられるだけの防御を残して後は別の『紋』につぎ込んでいる様子だ。それだけギリギリの戦いをしてようやく拮抗させている。
――なら……ここで決める!
射線から外れているヒューが投刃を放つ。それが当たるよりも早く。
≪
ルネはディアナ相手に初めて無詠唱の≪
「「消えた!?」」
ふたりが揃って驚愕した。
背後に転移していたルネに向かってディアナは振り返る。
防御のために銀鞭をかざしながら振り返ったのは流石と言うべきだろう。
胸元の紋で探知ができるらしいディアナにとって、見失うのは一瞬だ。
だが予想外の動きには対応が遅れる。それがほんの刹那であっても隙ができる。
――慣れる前に! 余計なこと考える余裕が無いうちに!
「≪
さらなる攻撃魔法をディアナは先ほどと同じように防御した。
死の濁流が、聖なる輝きによって打ち払われる。
だがこれは目くらましだ。
正面からレーザーを喰らっている今のディアナにはルネの変化が見えないだろう。
左手に掴んでいた首をそっと頭の上に戻したルネは、自分の身体が軽くなっていくのを感じる。
――もう一度!
さらにルネはディアナの側面に転移する。直線上にディアナとヒューが並ぶ位置だ。
「ちょこまかと……!?」
振り向いたディアナの目が驚きに見張られる。
その時、ディアナが見たものを客観的に描写するなら『ローブを着た子どもサイズの骸骨』だろう。
肉はそげ落ち、皮が骨に張り付いた無残な姿。銀髪はそのままだが、銀の目はもはや存在しない。虚ろな眼窩に灯る冷たい銀光によってルネは視界を得ていた。
呪いの赤刃は、やはりルビーを切り出したような質感の……魔杖へと姿を変えている。
「なに……」
「≪
先ほどの倍近くまで出力を増した赤黒の閃光が、ディアナとヒューを呑み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます