[1-14] 血薔薇の肖像
カウンターで手続きをするディアナを待つ間、
依頼書には報酬と内容、依頼主、そして
薬草摘み、下水に住み着いたジャイアントラットの退治、ゴブリンの集落の掃討、アーリーバードの羽根集め……どれもこれも下級冒険者向けだ。
では、それより難しい
“竜の喉笛”メンバーが該当する
特に
牙や爪を振りかざす凶悪な怪物たちのイラスト。その
おそらくは魔法によって転写された印刷物。まるでそれらは賞金首の手配書だった。
人族にも一般人から英雄までいろいろ居るように、魔物にも当然ながら個体差が存在する。
そして並外れた武勇を誇る個体や、種族の平均から大きく外れた能力を持つ個体は、冒険者ギルドが二つ名を付けて注意喚起する。
これが『ネームドモンスター』と言うシステムだ。
ネームドモンスターは一般人のみならず、冒険者にとってすら恐怖の対象。しかし、ある意味では冒険のロマンのひとつでもあった。
そして大抵のネームドモンスターには国や周辺住人から賞金が懸けられており、討伐した冒険者は富(と言えるほどの額かは場合に依るが)と名声を手にできるのだ。
『村をひとつ潰した』とか、『
その手配書には、耽美な雰囲気を醸し出す美しい少女が描かれていた。
切られた己の首を捧げ持つポーズ。目を閉じ、静かに祈りを捧げるような、ともすれば神々しくも見える姿。美しくフリフリのドレス。スカートの左前側の部分には、返り血で服が染められたような感じで薔薇が描かれている。
とにかく凶悪に描かれている、いかにも手配書といった風情である周囲のネームドのイラストとは一線を画する雰囲気だ。
絵画のタイトルみたいに書かれた文字は……
「“怨獄の薔薇姫”?」
「ああ、それかい。こないだ王都であった騒ぎのあれだよ、あれ」
「首切られたお姫様がデュラハンになったって話かい」
思わず呟いた
――……ですよね! 俺だよね、これって!
「気合いの入った絵だこと」
「手配書の絵師も、いっつも化け物ばっか描かされてるからな。滅多に女の子なんて描けないから張り切っちまったんだろ。おまけにこいつは、おあつらえ向きに物語性がある。
なんでも騎士団からは『あれを姫と呼ぶな』とギルドに抗議があったらしいけどね……知るかい。冒険者ギルドはメスのオークにだって姫って付けんだぜ。生前が王家の血筋とありゃ、姫と付けない理由が無い」
「ネームドモンスターの二つ名なんて安直なのが多いからねえ」
――へー。俺に似てないけど誰なんだろうなー。まさか俺の他にも、首切られてデュラハンになった姫君が居たなんて。
とか現実逃避してみても何も変わらない。
とっくに倒されたモンスターを後からネームド指定するなんて事は滅多に無い。ましてこんな風に手配書を貼り出したりはしない。
これはつまり、ギルドが“怨獄の薔薇姫”を未だに討伐対象として見ていることを示すのだ。
「で、でもこの魔物、騎士団長に倒されたんじゃ」
「そういう話だとは聞いたけど、どうも違うらしいな。ネームド指定を国から依頼されたわけじゃないが、情報収集の協力願いが国から出てるらしいんだ。それでギルドも何かあると踏んで、ひとまず国内ネームド指定の通達が出た」
――じゃあ、少なくとも国はまだ俺が生きてると……いやアンデッドだから生きてはいないな。まだ倒されてないと思ってるのか!
あっれー……あんなやられ方したら初見じゃ倒したと思うでしょ。なんで逃げたって分かったんだ?
平静を装っていたが、
王都でのローレンスとの戦い。勝てないと悟った
――もしかして魔剣に血を付けてきたのがまずかった?
思い当たる原因と言えばそれくらいだ。
呪詛魔法≪
――俺がどこで動いてるか気取られないよう、気を付けて動いた方が良いな……
ギルドに情報提供を依頼したりしているくらいだから、現在の居場所までは掴めていないようだが、おそらく王国はまだルネを倒したとは思っておらず、ルネを放っておいてくれる気も無いだろう。そうなるといっそう慎重にならねばなるまい。
警戒すると同時に、この手配書を見て
ネームドモンスター“怨獄の薔薇姫”。
悪くない、と
もし今、ヒルベルトが自分の存在に恐れをなして王城の奥で震えているのだとしたら……それは想像するだけでも愉快だった。
――ん……そういうのも復讐の形か。考えてみれば殺すのは一瞬の苦しみだもんな。悪名を高めて、散々にビビって怖がってもらってから最終的に攻め込んで殺すってのも良い。じわじわ絶望してから死んでもらうんだ。……この一件が無事終わったら自己ブランディングを中長期の方針として考えてみるか。
「しかし……年端もいかない女の子に、連中もまた酷いことしやがる」
ディアナの苦り切った言葉に、
他ならぬ自分を哀れんでくれる者がいるというのは、既に粉々に壊れているはずの心がほんの少し温かくなるようだった。
「王弟派の連中は何も言わんけどな、そりゃあもう散々な目に遭わせてから殺したっちゅう話だぜ。処刑台に上がった時は、顔がボッコボコで男か女かも分からなかったって話もある。化けて出たくもなるだろうってもんさ」
それは流石に噂に尾ひれが付いているが、散々な目に遭わされたというのは事実だ。
奪われた生活。奪われた母。何の意味も無い責め苦。元凶たる僭主ヒルベルト。王を裏切り、ルネが奪われた全てを貶めた騎士団長ローレンス……
――そうだ。俺はこの怨み、必ずや晴らしてくれる。
「……イリス?」
ディアナに声を掛けられ、ほとんど睨むように手配書を見ていた
「顔が怖いよ」
「あ、えと、酷いなって……」
「そうかい」
ディアナは痛ましげに
「あたしはね、政治の事はよく分かんないよ。でも、ちっちゃい子にそんな顔させる連中がマトモだとは、どうしても思えないね」
「怒るのは体にも心にも毒だよ、イリス。ほどほどにしときな」
「別に……怒ったっていいでしょ。何があっても笑って許せばいいの?」
ちょっと不自然に思われるかな、とも考えたが、それでも
するとディアナは、そういう事じゃないとでも言うように首を振る。
「理不尽に対しては誰かが怒らなきゃなんないよ。でもね、怒ってると幸せになれないんだ。だからあたしは、あんたにも、他のどんな子ども達にもそんな顔してほしくない。笑っててほしい。汚れ仕事は大人に任しときゃいいのさ」
「笑って……」
「ああそうさ。特に女の子の笑顔ってのはそれだけで魔法みたいなもんだよ」
「わたし、そんな子どものつもり無いけど」
「こいつめ、そういう生意気な口はせめて下の毛生えてから利きな!」
「いてっ」
ディアナが
言葉の通り、彼女の心は温かな慈愛で満ちていた。
彼女は、もし本来の姿をしたルネを目の前にしても同じ事が言えるのだろうかと、
――俺がすべきは、ニコニコ笑って幸せになることなんかじゃない。そう、例えば……
先ほど、ディアナの感情を読んだ時に気になる反応を拾っていたのだ。
冒険者ギルドの支部に居る
喜怒哀楽に恐怖、戸惑いに欲望、聖職者たちの真摯な祈り……
街で生活する人々の様々な感情が読み取れる。
その中に『敵意』が存在した。怒りも怨みも混じらない、冷徹に研ぎ澄まされた敵意が。
普通、人が誰かに敵意を抱くのは、怒りや怨みから発生した結果としてだ。
その過程をすっ飛ばして敵意を抱くというのは……例えば、仕事で人を殺そうとする暗殺者なんかはこんな風になるのかも知れない。
――何かが、来る。
その感情がどこへ向けられているのかは分からないし、ナイトパイソン絡みかどうかも分からない。だが、少なくともそれを確かめてみる価値はあるように思えた。
――あくまでも今の俺は護衛で影武者。受動的にならざるを得ないとこだ。
もし向こうから飛び込んできてくれる機会があるなら、これを逃がすわけにはいかない。必ず捕らえる!
そしてそれはディアナに見せたくない。これ以上心配事が増えたら、それこそ
「ディアナ。やっぱりわたし、先に帰ってるね。途中で『みずどり』のドライフルーツ買っていくから、もしかしたらちょっと遅くなるかも」
「そうかい? 気を付けて戻りなよ」
「分かった」
生憎、自分から危険に突っ込んでいくところなのだが、もちろんそれを口には出さなかった。
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