藍に逝く
今際ヨモ
第1話
「あんなに元気な子だったのに。ちょっとびっくりしちゃうよね」
そう言って、
蝉時雨降り注ぐ夏休み。中学生の僕らはそれを連絡網で知らされた。近所の海で海水浴をしているときに、クラスメイトの女の子が心臓麻痺で亡くなったのだという。僕の隣の席の子だった。積極的に話しかけてきてくれて、いつも明るく笑っていた彼女のことを思い浮かべては、やはり実感が沸かなくて、心に曇天が広がるような感覚。空は僕の気も知らずに晴天の青が広がっていた。
海月に誘われて、彼女が亡くなった海にやってきていたが、正直海なんか見たくは無かった。
堤防の上を歩きながら、海月は人少ないね、と言う。見てみると、確かに夏休みの午前中にしては海水浴に来ている人の姿がほとんど見えない。あの子が死んじゃったからかなあ。海月にそう言われて、なるほど、と思う。
「お父さんにも、海にはいっちゃ駄目だって言われたもんね。みんなそうなのかな」
「来ちゃ駄目なのに、僕をこんなところに連れてきたのかい」
「どうせ暇でしょ?」
僕は何も答えなかった。
潮風は温く湿っていて、心地が悪い。
海月は堤防の上で突然立ち止まって、海を見つめていた。黒いセミロングの髪が風に揺られていて、麦わら帽子を抑える手は、この直射日光に溶かされてしまうのではと思うほどに白い。その白い腕の生えるワンピースは白藍色をしていて、なんだかこの蒼穹に吸い込まれてしまいそうに思えた。
紺碧の海と突き抜けるような青空に、白藍色のワンピースの少女は、やけに儚く映った。そのせいで、僕の心の曇天が、雨雲へと変わる。
身近な人が死んだって事実が、僕を不安にさせた。海と空が、彼女をさらってしまうのではないかって。そんな気にさせる。
「海月!」
「わあ!」
僕は堤防の下から腕を伸ばして、海月の手を掴んでいた。小さくて、温かい。彼女は確かにここにいる。
「もう、ビックリしたよ。突然どうしたの?」
「海月が、消えちゃうと思った」
僕の声は情けないほどに震えていた。
「こんなに、海と空が青くて、海月も青いから、そのまま、溶けて消えちゃうんじゃないかって、思った。あの子みたいに。海がさらっていっちゃうのかなって、そんなの嫌だ」
海月は一度大きく目を見開いて、それからゆっくり閉じた。次に開かれた暗褐色の瞳は穏やかに細められていて。
「何言ってるの? 私は、消えないよ。……消えたりなんかしない」
海月は僕に掴まれていた手を、強く、強く。しっかりと握り返した。確かめるみたいに。僕と彼女がいること。彼女が僕の側に存在していることを。
「ずっとあなたの側にいるからね」
海月はその時、僕に嘘を吐いたこと。僕は、気付けなかった。海月の言葉を信じて、彼女は何処にも行かないと思い込んで、疑いもしなかった。
でも僕は知っているはずだった。海月の作り物の笑顔が、彼女が嘘をつくときの癖であることを。知っていたのに、知らないふりをした。
海月は近い未来に、遠くへ行ってしまう。遠い、遠い。誰も知らないところ。海月の家族とお医者さんの言葉を信じたくない僕は、彼女の嘘さえも、知らないふり。
蓋をして、気づかないふりをすれば、本当になくなるような気がした。
藍に逝く 今際ヨモ @imawa_yomo
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