三 怖すぎる福袋

 確かめると言ってもやれることは限られているので、ともかくもこれを買ったあの店に戻って、様子を覗ってみることにする。


 ……ありえる原因としたら、どんなことが考えられるだろう?


 やはりブランドものアウトレットだし、海外から仕入れる際に密輸しようとしていたものが偶然紛れ込んだのだろうか?


 で、それを店の者が知らずに福袋に詰めて、それをまた偶然の悪戯にも俺が買ってしまった……と、考えるのがまあ常識的かな?


 再び店へと向かう道すがら、俺はそんな可能性についてあれこれと推理してみる。証明することはできないが、それ以外にはこんな非現実的なことの起きた理由を説明することができない……。


「――アホンダラっ! なんてことしてくれとんじゃコラっ!」


 だが、俺が店の近くまで行くと、何があったのか? ドスの利いた男の怒鳴り声が道の向こうから聞こえてきた。


 見ると、くだんの店の前にはあの色っぽいお姉さんと黒服のスタッフ達が横一列に並び、その前に立つガラの悪いパンチパーマの中年男性が皆をドヤし上げている。


「アタシ、悪くないヨ! コイツらが福袋詰めタネ!」


「すいやせん、アニキ! 〝ブツ〟を入れたバッグも他のとまったく同じデザインだったもんで……」


 そのいかにもカタギには見えないパンチの男性に、お姉さんと黒服も大きな声で言い訳を返している。


「大きな声でブツ・・なんて言うんじゃねえ! 誰かに聞かれたらどうすんだコラっ!」


 そんな店の従業員達に、男も他人ひとのこと言えない大音量で、注意するように再びドヤし上げた。


 だが、注意したところで今更である。俺を含めた周りの通行人達の耳に、彼らの話は当然まる聞こえだ。


 もっとも、けして関り合いになどならないよう、皆、何も聞こえてないふりをして避けるように小走りで通り過ぎて行ってしまうが……。


「せつかく苦労して運んだってえのに……アレ・・がいくらすると思ってんだっ! んな言い訳してるあるくらいなら捜せやコラっ! 質屋っていう質屋を当たれ! いや、似たようなバッグ持ってるヤツ見かけたら、その場で取り上げてでも捜せっ!」


 そんな中、俺だけは数メートル離れた道端に留まり、彼らの会話から我が身に起きた出来事の説明をなんとか探ろうとする。


 ……ようするに、アレは偶然紛れ込んだものなんかじゃなくて、ヤツらが意図して密輸したってことか……ところが、あの黒服達がとんだ大マヌケだったがために、その大事な商品の隠してあるハンドバッグまで福袋に詰めて、あろうことか、それに気付かぬまま初売りで売っちまったというわけだ……つまり、この俺に。


 無論、ヤツらはカタギの商売をしている類の人間ではなかろう。


 察するに、あのアウトレット店を隠れ蓑にして、これまでにもヤクの密輸を繰り返していたに違いない。海外ブランド品ならば、頻繁に輸入していても怪しまれないし持ってこいのダミー商売だ。


 大方、あの妙に色っぽい外国人のお姉さんは、水商売してたとこを店主としてスカウトされたか、あるいはそういう店で口説かれたヤクザのオンナってところだろうか?


「…………ああん?」


 と、猛スピードで大脳新皮質を回転させ、そんな推理を働かせていた俺を、不意に振り返ったパンチの男が黄ばんだまなこで鋭く睨みつけた。


 ……や、ヤバっ!


「あ、あれ~? 有名なチーズタッカルビの店、確かこの辺りの店だと思ったんだけどな~……」


 「何見てんだコラ」という無言のその威嚇に、俺は慌てて道に迷った通行人を装うと、なるべく目を合わせないようにしながら、そそくさとその場からの離脱をはかる。


「チッ……おい! なにいつまでも突っ立ってんだコラっ! とっとと捜しに行けやこのアホンダラっ!」


「へ、ヘイ! すいやせん!」


 急いで、だが、怪しまれぬよう慌てずに遠ざかる俺の背後で、そんな舌打ちをするパンチの怒号と、またドヤされて、蜘蛛の子を散らすように駆け出す黒服達の気配がする。


「フゥ…………」


 どうやら気に留められることなく離れられたようだが…………さて、あのブツ・・はどうしたらいいものか……。


 充分に距離をとってから大きく安堵の溜息を吐くと、俺はなおも逃げるように家路を急ぎながら、今後の身の振り方について独り思案する。


 先ず考えたのはやはり警察に届け出ることだったが、果たして「福袋に入っていた」などというありえない話をすんなりと信じてくれるものだろうか?


 昨今は高校生にも薬物の濫用が広まっていることだし、下手をすれば俺の方が疑われてしまう可能性だってありうる。


 そうなれば、たとえ疑いが晴れて無罪放免されたとしても、世間はずっと疑念の目を向けてくることだろう……。


 このSNS隆盛の情報化社会、俺が〝薬中ヤクチュウ〟であるというウワサは学校関係者などを通じて瞬く間に拡散し、未来永劫、俺は白い眼で見られながら生活することとなるのだ。


 進学も就職も結婚も、老後の穏やか隠居暮らしすら諦めるしかない……。


 それに、警察の捜査やニュースになった場合のマスコミの取材などがもとで、俺がヤク入りの福袋を買ったことがあの店のヤツらにバレれば、逆恨みされてどんな目に合わされるかもわかったものではない。


 これは、迂闊に警察へ届けるのも考えものだ。


 では、どこかへこっそり捨ててしまうか?


 ……いや、それも誰かに見られたらまた事だし、それこそ発見されたら大事件になって、優秀な日本警察の捜査の手は確実に俺のもとへと到るだろう……俺、なんも悪いことしてないのに……(泣)。


 とりあえず、押し入れの奥へ厳重にしまい込んで、家族にも見られないようにしよう……。


 そう暫定的な方針を固めた俺は、無防備にも机の上に出したままにして来た〝ハンドバッグ〟のことを思い出し、さらに歩調を速めた――。

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