お得すぎる福袋

平中なごん

一 うますぎる福袋

「――ハァ…総額一万円かぁ……」


 正月二日、叔父の家からの帰り道、俺は往来の真ん中で深い溜息を吐いていた。


 年が明けてからというもの、俺は父方・母方双方の祖父母をはじめ、ありとあらゆる親戚のもとを廻ってお年玉をそこはかとなくねだったが、皆、くれるのはわずか千円ほどのもので、すべて足し上げてもそれくらいにしかならなかったのだ。


 ま、うちは一族郎党、そろって慎ましやかに生活しているまさに〝ザ・庶民〟な上、普段、それほど盛んに交流しているわけでもないので、こんな時ばかりやって来る現金な親戚の子に大金などあげる義理はないのもわからなくはない。


 だが、さりとてこの一年に一度しかないビッグチャンス、エリート校でもないのにやたらと校則が厳しく、バイト禁止で小遣い以外収入源のない高校生にとっては死活問題である。


「この一万を元手に何か儲ける方法はないものか……パチンコはスルだけだし、競馬や競輪は年齢的にまだアウトだしなあ……(いや、パチンコも本来アウトだけど…)」


 それほど期待していなかったとはいえ、予想を大幅に下回る今年のお年玉の額に、そんな今後の対策をあれこれ考えながら、トボトボと歩いていた時のことだった。


「……………ん? なんだ?」


 通りかかった店の前に、道まではみ出すほどの黒山の人だかりができていたのだ。


 そのほぼすべてが女性であるが、女子大生くらいの若いものから、OL、主婦、もっと高齢なご婦人までその層は様々だ。


 そのわいわいと賑やかな客達の頭越しに見上げると、こじんまりとした店舗の壁には「アジアン・アウトレット」という看板が掲げられている。


 また、人垣の隙間からガラス張りの入口の向こうを覗けば、スタイリッシュなホワイトの棚にバッグやらポーチやらが悠然と並び、店内に立つマネキンは高級そうな女性ものの衣服で着飾られている。


 どうやら、高級ブランドのアウトレット商品を扱っている店であるらしい。


「安いヨ! 安いヨ! 超お得ダヨ! 値段の10倍以上のモノが入ってる福袋ダヨ~!」


 よく見れば、中華系と思しき妙に色気のあるお姉さんが、先を争う人混みに揉まれながら、拙い日本語を使って店頭で呼び込みをしている。


「そういえば、叔父さんの家から近かったっけか……」


 ショックに周りを気にしていなかったが、いつの間にやら外国人居留者の多い界隈に入っていたようだ……。


「……ってか、値段の10倍だってえっ!?」


 今更ながらに現在地の位置確認をした俺は、そんなことよりももっと重要なそのことを時間差で認識する。


 流れ込む客達を掻き分け、店から出て来る人々の手にはシャレた大型の紙袋が下げられている。


 お姉さんが叫んでいる通り福袋の販売のようであるが、彼女の言葉を信じるならば、つまり、あの袋の中には値段の10倍はする価値のブランドものが入っているということか!?


 その福袋はけっこうな人気らしく、押し寄せる客達にちょっと強面の黒服を着た男性スタッフも幾人か店先に立ち、トラブルが起きないよう交通しているくらいだ。


 中華系外国人のお店だし、少々疑わしくなくもないが、この列をなしてる大勢の客を見るに、まんざら嘘というわけでもないように思う。10倍はちょっと風呂敷を広げすぎでも、2、3倍…いや、5倍くらいの価値はあるかもしれない。


「あれを買って、質屋なりフリマアプリなりで転売をすれば……」


 金に飢えていた俺は、すぐさまそんな皮算用をする。


「1万円! 1万円! たった1万円デ10万円の価値アルヨ~!」


 店の主らしきお姉さんの声に耳を傾けると、値段は1万円……ギリギリ手持ちで買える値段だが、反面、一瞬でお年玉を使い切ってしまう金額でもある。


 しかし、このまま何もしなくても、1万円ではあれよあれよと目減りして、気づけばサイフはスッカラカンになっていることだろう……。


 ここは年の初めだし、運だめしにいっちょ賭けに出てみるか……。


「…………よし」


 俺は決意を固めると、店先に屯する客達の列に並び、ご婦人達の強い化粧の香に酔いながらもなんとか戦利品をゲットした。

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