【創作エッセイ】金食い虫になったのは
グレゴール・ザムザはある日、悪夢から覚めると虫になっていたという。
ならばお前はいつから金食い虫になっていた。
ぼくには兄が二人いて、今回話すのは長兄の話だ。
というか。
たいていの場合において、ぼくの人生に負荷をかけた度合いは長兄の方が大きい。そのため、連作短歌の題となるのも多くの場合長兄の方である。
もっとも、負荷という話では次兄もいい勝負なのだが。今はその話はいい。
長兄は地元の私大の、数年おきに名前が変わるカタカナ名の学部を出た一応大卒の男である。世間が好景気だろうが不景気だろうが職を得ることの叶わない愚図だが、ギリギリにある会社に就職することができた。
その彼だが、二年だか三年だか働いたところで辞職した。詳細は話したところで信用してもらえないくらい頓珍漢なのだが、その間、いろいろあったのだ。
通勤のために買った七十万の中古車は中央分離帯にぶつけて廃車となった。
三万の検査を受けて結果が出るまで「車が運転できるか分からないから就活もままならない」と帰省中に十回は聞いた。
単身赴任していたはずだが、その家財はどこかへ消えた。
学芸員の資格を持っているはずだが、活用の気配はない。
会社に取らされた資格も有用なはずだが、これも利用する気配がない。
ライターの仕事を探しているらしいが、やつに文才がないのは小学三年生でも分かる。
「小説大賞に二本応募した」と手柄話のように聞かされるが、審査を通ったとは聞かないし十三回も聞けば飽きる。
やつが文章を磨く努力をしていないのは、やつの小説を読まなくても分かる。滔々と語る小説の構想は、中学一年生の頃から微塵も変わっていない。
「お前はこれからどうするのか」
「いつまで仕送りをすればいいのか」
「時間はそう残されていないぞ」
「せめて一人で食い扶持を稼げるようにならないと」
「いつまでも、学生ではいられない」
そうだそうだ、言ってやれ両親。
そう思った言葉がぼくを向いていて。
ぼくはただ青い顔をして俯くだけ。
長兄はそれを喜色満面見つめていて。
それがぼくの新年あけましておめでとうで。
袋緒花緒生誕の一因である。
「これだけの努力をしたのだから、絶対に夢は叶う!」と太鼓判を押される程の努力はしてこなかった。しかし「これほど怠けているのだから、もうどうにもならない」と匙を投げられるほどの畜生ではなかった。
つまり普通に努力して、普通に生きてきた人間だった。隣で「副作用で眠い」と昼から居眠りを決め込む男よりは。
グレゴール・ザムザはある日、悪夢から覚めると虫になっていたという。
ならばお前はいつから金食い虫になっていた。
それともこれからなるのか。
不動産屋を吹っ飛ばした120本の殺虫剤を一本分けてほしい。
それで世界が平和になるから。
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