放火魔

ゆにろく

放火魔

新年を告げる除夜の鐘が鳴り響く夜、当時小学生の私は初詣へ行った。行きたいと言い出したのは父だったか母だったか。深夜に外に出るという体験が初めてだったので心躍った。しかし家を出てみれば息は白くなるほど寒く、真っ暗な世界。すぐに心は踊るのをやめた。徒歩10分して家から一番近い小さな神社へたどり着く。小さな神社とはいえ、ここの近くに住む人間が集まるのでそこそこ並んでいた。かじかんだ手を必死にカイロでごまかし、20分たってやっと鳥居へたどりついた。

私の目に最初に映ったのは

――「大きな火」だった。

ごうごうと音を立て、白い煙をたなびかせ燃えあがる大きな炎。あれに私は強く惹かれた。真っ暗な夜を照らす大きな灯り。生き物のようにうねる火。蛍のように飛び交う火の粉。10mは離れているのにも関わらず冷え切った身体を温めてくれる熱気。焼けていく人々が捨てた紙や木の板

私は火に恋した。

そのあと、おみくじもしたし、甘酒を飲んだ。しかし、火から目を離せなかった。飛び込みたくなるほど私を引き付けた。火に近寄ろうとする私を父は強い力で引っ張り上げた。

そこが私の原点だろう。

こうして名も知らぬ他人の家へ火種を投げ込もうとしているのも、そこが始まりだったのかもしれない。

初めて初詣へ行った年から毎年あの火――今となって知ったが「お焚き上げ」というらしい――を見に行った。そして、大学1年になった今、もう私は我慢の限界だった。「自分であれを作りたい」、「もっと大きな火を」そう思った。深夜2時に私はタオル、ライターとガソリンをもって家を抜け出した。10軒隔てた2階建ての家に目をつけた。庭先にガソリンを撒く。あとは火種を投げ込むだけだ。油をしみこませたタオルの先に火をつけ投げ込む。

――あぁ、やってしまった。 私は放火してしまった。 神様ごめんなさい。

そこで思った。あぁ、私は毎年初詣へ神社へ行っていたじゃないか。十分敬虔深いといえる。神は許してくれるだろう。私は少し家から離れ火を見守っていた。2階へ火がさしかかるあたりで近所の人間がでてきた。消防が来ればこの火は消えてしまう。私の生んだ火はあと1時間もしないうちに命を絶つ。もう少し寄って視よう。


――あぁ。 これだ。 これが見たかったんだ。


毎年見ていた火よりも大きく、黒い煙を巻き上げ、熱い。鼻につく物が焦げる匂い。


――もう少し、もう少し近くへ……


◆◆◆

「結局この放火事件のてがかりは掴めませんでしたね」

「あぁ。刑事としてとても悔しい限りだ」

「迷宮入り……ですかね」

「だろうな。 これではが報われない」

「彼女?」

「あぁ。あの火事ではな家に住んでいた3人は助かったんだ。 しかし、その犠牲になったのが彼女だ」

「犠牲?」

「燃え盛る家へ走って飛び込んだ、大学生だったかな、勇気ある女性がいたのさ」

「まだ若いのに」

「あぁ。 火が服に引火していたからか発狂していたそうでな、それを聞き二階で寝ていた家族は飛び起き、火に気が付いた。 べランダへ逃げ出しそこへ来た消防車に無事助けられたってわけさ」

「へぇ」

「遠巻きでみていた野次馬曰く、火の中で彼女は笑っていたそうだ」





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