消えたひみつの道
静一人
第1話
小三の頃の忘れられない思い出。
わたしは山に囲まれた小さな村で育ちました。クラスの中ではいちばん大人しい方で、いつも外で遊ぶよりは家で本を読んだり、自分だけの空想の話を頭のなかで考えるのが好き。そんな女の子でした。
なのでもちろん友達もあまり多い方ではなく、唯一の友達といえるのが同じクラスのえりちゃんでした。通称えっちゃん。
えっちゃんはわたしとは対象的に、スポーツ万能で明るくて活発。色黒で前髪ぱっつんショートカットの彼女は、休み時間には男子に混じって校庭でサッカーをしているような子。
4月の席替えの後すぐ、たまたま隣の席になった私とえっちゃんはなぜか気が合い、すぐにクラスで一番の仲良しに。
そして梅雨があけた6月後半のある土曜。午前の授業中に、えっちゃんがわたしに小さく器用に折りたたんだ淡いブルーの手紙を渡してきたんです。
そこには「今日の午後、ひみつの場所に行かない?」という文字が。
わたしはえっちゃんの言う「ひみつの場所」というのがとても気になり、すぐにOKの返事をそこに書き込んで手紙を返しました。
そして放課後、わたしとえっちゃんは学校から少し離れた山のふもとまで自転車で15分ほど走った後、杉林の前の小さな空き地に到着。
「りえちゃんだけにこの場所をおしえてあげる」と真面目な顔で言うえっちゃん。
そしてえっちゃんが手招きして指さす方向には、高くおい繁ったセイタカアワダチソウに隠れて、けもの道のような細い道がのぞいていました。
実はわたしは虫や動物が大の苦手。
なのでちょっとだけ怖かったのですが、先に立ってずんずんと歩いていくえっちゃんに向かってイヤとは言えず、前に見えるえっちゃんの小さな背中を頼りに、そのけもの道を小さな山の上に向かって登っていきました。
20分ほどかけて上まで登ると、そこはちょっとした崖になっていて、とても見晴らしがいい場所。
崖の手前には鉄製の柵があって近づけないようになっているのですが、実際には柵は錆びて朽ち果てていて、破れた隙間からえっちゃんとわたしは更に崖の際まで近づきました。
ふたりで一緒に下をのぞき込むと、底には隣の山との間に川が流れていて、ロープと木でできた吊り橋がかかっているのが見えました。
そしてその吊り橋の向こうの少しだけ平らになった場所には、木々の間に見事な茅葺きの古民家が3軒ほど建っていました。その周りだけなぜかうっすらと白いモヤがかかって見えます。
茅葺きの屋根は深緑色に苔むしていて、また古民家の横には焦げ茶色の古びた木製の水車がゆるりゆるりと回っています。
そこだけ時間がゆっくりと流れているように見え、私は思わずしばらくの間見入ってしまいました。
わたしはえっちゃんに聞きました。
「こんなとこにも人が住んでいるんだね」と聞くと、えっちゃんはなぜかそれには答えずに、古民家の方を見つめながら私に言いました。
「わたし、来月引っ越すことになったの。お父さんの仕事の都合で。....りえちゃん、わたしのこと忘れないでね」
わたしは急な展開にびっくりして、えっちゃんの言葉にしっかりと答えられず、ただ首を縦に振ってうなずくのが精一杯でした。
えっちゃんはその後すぐにさっときびすを返すと、さっき来た道を下っていきました。わたしも慌てて後をついていったのですが、えっちゃんの歩くスピードが早すぎるのと、少し日が暮れてきたこともあって不安になったわたしは、はぐれないように必死でついていきました。
その後なんとか山のふもとまでたどり着いた後は、なぜか二人とも無言のまま自転車にまたがって家路へと急いだ記憶があります。
そして予告どおり、7月の半ばにあっけなくえっちゃんは転校していきました。
その後もわたしはあの土曜に二人で一緒に見たあの秘密の場所の景色が忘れられず、夏休みに入った7月末に一人であの場所に行ってみました。
でも30分以上必死に探してもあの道の入口はどうしても見つけられません。
あれから何度かえっちゃんにメールで例の場所のことについて聞いてみました。でも返事は来ても、なぜかその場所のことについては一切触れられていません。
そのうちにいつのまにかえっちゃんからは返事が途絶えてしまいました。
ただ今もあのときに見た美しい風景は、私の記憶に焼き付くように残っています。
そしてなんの理由もないのですが、えっちゃんは本当はあの場所でひっそりと暮らしていて、きっとそこで私のことを待っているんじゃないか、という妄想が大学を卒業するまでずっと消えませんでした。
今でも実家に帰省した時には、ふらりと一人であの山のふもとに散歩に出かけます。いつの日かあの日登った小さなけもの道が、私の前に突然あらわれるのではと、ちょっとだけ心の中で期待しながら。
消えたひみつの道 静一人 @shizukahitori
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