読み聞かせ童話「カタツムリの角の上での争い」

@SyakujiiOusin

第1話

     読み聞かせ童話「カタツムリの角の上での争い」


                               百神井応身


 まだ小さいうちは解らないと思いますが、「蝸牛角(かぎゅうかく)上の争い」という諺が有ります。大きくなって漢文などを習うことがあれば、出てきます。

 蝸牛というのはカタツムリのことです。

 カタツムリの角の上のような狭いところで、何をこまごま争うというのか。人生は火打石の火のように短いのだから、大所高所からものごとを見て、争わずにすむようにしたらどうなのか、というような意味になります。

 似たような言葉としては「小異を捨てて大同につく」というのがあります。

 誰もが自分のことばかり主張していては、何事もまとまりません。大勢の人が良いとするところで折り合いをつけようとする知恵を働かせようという意見を述べたものです。

 民主主義などという言葉などまだなかった時代の中国のお話しです。

(本来の意味とは少し違った説明になっているかも知れません。)


 この諺を目にするのは、白居易(はくきょい)という中国の詩人の【對酒(さけにたいす)】という漢詩です。

 蝸牛角上争何事(かぎゅうかくじょう なにごとをかあらそう)

 石火光中寄此身(せっかこうちゅう このみをよす)

 隨富隨貧且歓楽(とみにしたがい まずしきにしたがいて しばらくかんらくせ よ)

 不開口笑是癡人(くちをひらきてわらわざるは これちじん)


 この詩の意味は:カタツムリの角の上のような小さい所で、いったい何を争うのか。(この世の人は)火打石の光の一瞬の中に身を寄せているようなものだ。

 富めば富んだで、貧しければ貧しいなりに、しばらく楽しもうではないか。

 口を開けて笑わない者はバカだ。


 この詩ができたのには、その前のお話しがあるのです。

 中国の戦国時代、魏(ぎ)の恵王(けいおう)は斉(せい)の威王(いおう)と盟約を結んだのだけれど、威王がこの盟約を破った。

 これに怒った魏の恵王は威王に刺客を送ろうと考えました。 それを知った公孫衍(こうそんえん)はこれを恥ずべきことと思い、王に言いました。

「王は多くの民の主だというのに、身分の卑しい男がするような方法で恨みを晴らそうとされている。 私に二十万の兵をお与え下されば斉を攻めて 人民どもを捕虜にし、家畜を捕獲し、その君主の背に内熱を発生させ、斉の国を攻め取って見せます。将軍の田忌(でんき)が逃げ出すのなら、背後からこれを討ち、その背骨を打ち砕いてご覧にいれます」と申し出ました。

 これを聞いていた季子(きし)は、恥ずかしく思い「八十尺の城壁を築くのに、すでに七割がた築いている。これをまた壊すとは、工事人夫を苦しめるものに他なりません。 今、七年間戦がないのは君が王者となられるための基礎です。公孫衍は国を乱す者です。お聴き入れになってはなりません。」と言いました。

 華子(かし)がこれを聞くと、また恥ずかしく思い、言いました。

「斉を討伐しようと巧みに言い立てる者は、世を乱す者ですが、また討伐してはならないと巧みに主張する者も、世を乱す者です。

 そして、討伐論者も討伐反対論者もともに世を乱すものだと言うこの私も、また世を乱す者です」

 魏王は、「では、どうしたらよかろうか」と問いました。

「王は、真実の道を求められることです」

 恵子(けいし)はこれを聞くと、戴晋人(たいしんじん)という賢人を恵王に引き合わせました。

 戴晋人が言いました。

「王は、蝸牛(かたつむり)というものをご存知でしょうか」

「おお、勿論知っておるとも」

 王が即座にそう答えると、戴晋人は次のような話を語りました。

「この蝸牛の左の角の上に触氏(しょくし)という者が国を構えておりました。 また、右の角の上にも国を構えている者がおり、これを蛮氏(ばんし)と申しました。 あるとき、両者は領土をめぐって争い、激戦のため死者が数万人にものぼりました。そして、逃げる敵を十五日間にもわたって追いかけた末、ようやく引き上げました」

「なんだ、作り話ではないのか」と王がいうと、

「では、私がこれを真実の話にして差し上げましょう」と言い、

「王は、この宇宙の四方上下に際限があると思われますか」と尋ねました。

「際限はなかろう」

「ならば、この際限のない宇宙の中に心を解き放てば、我々の往来している国などは、いかがでしょう。取るに足らないものなのではありませんか?」

「そうかも知れぬ」

「この往来できる国々の中に魏という国があり、魏の中に梁(りょう)という都があり、梁の中に王がいらっしゃる。この宇宙の中で、王と蛮氏との間でどれほどの違いがございましょうか?」


 ものを考えるというときは、全体像と細部の両方をみなくてはならないのです。

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