第2話 走馬灯って葬式とかのくるくる回ってるあれのことなんだってよ

 今にも泡吹いてぶっ倒れそうな俺の前に鎧姿の女が立ちはだかっている。俺を可哀想だと思わねえのかこの女は。慈悲ってやつはねえのかよ。

 未だに4号を貫いた無敵の矛の切っ先が俺の胸に向けられていた。物騒とかいうレベルじゃねえ。もしかしたら向けられてるだけで俺は死んでてとっくに幽霊になってるのに俺が気づいてないだけかもしれねえ。

 悪魔とか殺人を司る神みたいな冷酷無慈悲な目が俺を見ていやがった。こいつはきっと人じゃねえ。人を食うために生まれた化け物か何かなんだ!


「失敬な。人をなんだと思ってるんですか」


 やべえ。どこからどこまでかは知らねえが口に出てたらしい。殺人神の表情が絶対零度を突き抜けてマイナス1万4000度ぐらいになる。取り繕わねえと俺の命も落っこっちまう


「高次元生命体を破壊できるような武器振り回してる女がまともなわけねえだろうが!! そんなやつは化け物に決まってんだよっ!!」


 俺の口はまた俺の意思と真反対なことを言い出した。もしかしたら俺の口を操作してる神経系は俺以外の人間の脳に繋がってるかもしれねえ。いやきっとそうだ。言うことを聞かなさすぎる。言うことの言うことを聞かなさすぎる。

 神経系の深刻な異常か脳の病気か俺の性根が腐りきってるか、理由は知らねえが俺の立場はどんどんやばくなっていく一方だった。


「こう、じげん……? 何を言っているか分かりませんが、そんなに硬い物体ではなかったですよ」


 流石は神だ、言うことが違う。次元なんて概念を知らずとも、そんなものを余裕で超越して物体を破壊できるらしい。さぞ信奉者も多いことだろう。世界人口が80億だとしたら少なく見積もって200億人ぐらいかな?

 命の危機にあってもくだらねえことばかり考える俺の脳はやっぱり病気か何かなんだろう。もしもこれに生き残ったら病院へ行こう。教会に行ってお布施するのもいいかもしれねえ。

 そういえばユラと出会ったとき、命が助かったら毎日教会に寄付するって言ってたっけなあ。結局ぜんぜんやってねえわ。罰があたったのかもしれねえ。俺ってやつは昔っからそうなんだよ。ガキの頃だって……。


 おいこれ今走馬灯見えてねえか? 待て待て消えろ馬鹿。俺はまだ死にたくねえんだよ!!


「お願いですから命だけは助けてください!!」


 やっと口がまともなことを言いやがった。そうそう、俺はこれを言いたかったんだよ。

 殺人神様は「は?」みたいな顔をしている。自分を襲ったやつが返り討ちにあって命乞いをしてたら驚いた顔にも……。

 あ、ちげえ。これ驚いてるんじゃなくって怒ってる顔だ。そりゃそうか。自分を襲ってきたやつがやられたからって助けてくれって言い出したらそりゃあ怒るよなあ、よく考えたら典型的なやられる雑魚の台詞だったぜ、がはは!


 がははじゃねえ。笑ってる場合じゃねえが俺にはもう選択肢がない。押すしかねえんだ、目の前の運命の扉を!

 頼むから開いてくれ!!


「靴も舐めます御御足もマッサージします何回でも回ってわんわん言いまくりますですから命だけは助けてください!!」


 恥も外聞もなく俺はまくしたてた。殺人神様の反応はというと、怒りを通り越して凍てつく表情になっていた。

 どうやら運命の扉は引いて開くタイプだったらしい。俺の人生はここで終了のようだが念の為何か手はないか考える。4号を破壊するような物体を霧が食えるかは不明。2号は本体が出てくるのが実はのそのそしてるのでだめだ。1号の触手は最も早く出せるが4号が貫通した武器を止めるのは不可能。唯一拮抗しうるとしたら6号の爪だが召喚しようと魔法陣を出した瞬間に俺が先に貫かれて死ぬだろう。

 あ? 魔法陣出した瞬間に先に死ぬんじゃ召喚師の俺にできることなんかねえわ。終わったわ。


 殺人神様の口が開きかけ審判が下ろうとしたとき、転移魔術でローブを着たガキが現れた。

 俺は驚いた。転移魔術はかなり高位の魔術だ、使える奴なんざ数えられるほど。しかもガキは杖を持っていた。杖なんてのは時代遅れの代物だ。そんなの使ってるのは超絶大馬鹿か超絶魔術師かのどっちかだ。この場合の答えは自明。


「先生、どうしましたか?」

「いえ、遅かったので迎えに」


 女がガキに話しかけてガキがそれに答える。先生呼ばわりしてるからやっぱりただものじゃねえんだろうがそんなことはどうでも良かった。

 これはチャンスだ。この隙に逃げ出せばいい……と凡人は考えるだろうが俺は違う。

 俺の作戦はこうだ。何も言わずに泡吹いてぶっ倒れて白目向いて気絶するフリをすること。これだ、これが最適解だ。こいつは危険でもないただのアホだから相手するのも時間の無駄なので無視しよう、と相手に思わせることが重要だ。

 どうせ逃げようとしたって超絶魔術師ショタが超絶魔術で俺を超絶昇天させるだろうから超絶無駄だ。


 どうだこの完璧な作戦。冴えまくってるだろ。もっと褒めていいぞ。

 しかも凄いのはこの作戦はすでに決行されているってことだ。何故なら俺は凄まじい魔力を纏ったガキが現れた時点で泡吹いてぶっ倒れていたからだ。

 だがこれはフリだ。あくまでフリ。こいつらを騙すためにスマートな俺の作戦ってやつだ。白目向いてるのもフリだし意識を失いそうなのもフリなのでおやすみなさーい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る