第6話 相手の狙いとは
俺は何を言ってるのか分からねえせいで首を傾げたままだ。
こいつを置いて逃げる。そんなことして一体何になるっていうんだ。治療役が単にいなくなるだけだ。
仮にこいつが足止め役になるって言ってるのだとしたら驚きだ。ガキ一人で足止めになるんなら俺だってこんなに苦労してない。
それとも自分だけ逃げようって魂胆なのか? ……こいつに限っちゃそれはなさそうだが、理屈で言えばまだあり得そうだ。
「全く意味が分からねえ。お前を置いて逃げてどうすんだよ」
「多分、あの人は僕を追いかけてきているんだと思います」
さらに意味の分からないことを続けるガキンチョ。裏社会に名が知れ渡ってる傭兵がこんなガキ一人を仕事で追いかけている、なんて冗談にしても面白くねえ。
「あのなあ。あいつはバルチャーって言って、かなり有名でかなりおっかねえ傭兵なんだぞ? お前みたいなガキを追い回すわけねえだろ」
「じゃあ誰を追いかけているっていうんですか」
「そんなもん俺に決まってんだろ。一応、指名手配されてるし」
ユラがえー、という顔をする。ムカつくな。
呆れるようにため息をついた上で、ユラが言う。
「あのですね。そんな凄い傭兵が、アルベルトさんみたいな小悪党を追いかけてるわけないでしょう。普通に考えて」
「……あ?」
言われてみりゃ確かにそうだ。バルチャーの仕事は要人暗殺とかの重要なものであって、俺を追いかけてくる正当性がない。
「いやいやいや待てよ。だとしてもお前を追いかけてる理由にはならねえじゃねえか」
俺は反論する。ユラの言うとおりなのだとしたら、俺たちはどっちも追いかけられる理由がないということになる。
だが現実には俺たちは確かに追いかけられて殺されそうになった。だとするなら、どっちかに理由があるってことだ。
それならまだ、俺にその理由がある、という可能性の方が高い。よし、論破したぞ。
俺がこの完璧な理屈を続けようとしたところで、ユラが先に口を開いた。
「アルベルトさん……僕が普通の子供に見えます?」
完全な呆れ顔だった。
「は? どっからどう見ても普通のガキだろ」
俺の返事にユラが深いため息をついて肩を落としやがった。俺の何が間違ってるっていうんだ?
「アルベルトさん。普通の子供は僕みたいな治癒能力、持ってないんじゃないですか?」
「……あ」
そういえばそうだった。こいつにはちょっとした力があるんだった。
いや、忘れてたわけじゃねえ。そうだとしても理由には不十分だから意識の外にあったってだけだ。
「いや、でもよ」
「実は僕、人間じゃないんです」
ユラが遮る。
「人工生命体って言えばいいんですかね。研究所で作られて、逃げてきたんです」
「は?」
突然の暴露話に俺の頭がついていかねえ。
言っておくが、ユラはどっからどう見ても人間だ。抱えたときに変に重いってこともなかったし、感触も人間そのものだった。まず間違いなく機械とかじゃねえ。
そんな奴が人間じゃない? 研究所で作られた人工生命体?
俺はしばし考え、ユラの帽子の上に頭を置いてやった。
「まあなんだ。そういうことを言いたくなる年頃ってのもあるけどよ、今はそれどころじゃねえんだよ」
「本当ですってば!!」
不満げなユラの抗議は無視。
ガキンチョの痛い妄想に付き合ってる暇はねえ。何とかしてバルチャーを撒く方法を考えねえと。
「どうやってあいつから逃げたもんかな」
「だーかーらー! 狙いは僕なんだから僕を置いていけばアルベルトさんは狙われないんですって!」
「わかったわかった。妄想なら後で聞いてやるから」
「もー!!」
§§§
その後、俺は召喚物どもと作戦会議を行った。
「熱いのは嫌よ」「わっちが出ていってがぶーと噛めばいいのじゃ」「私、お花なので火はちょっと」「吾輩はよく分からん」「俺様も炎は苦手だ」「あたしはねー、えっとねー」
非常に高度かつ有意義な戦略論を交わし合ったが、俺たちはどうするか決められずにいた。
「まいったな。何にも思いつかねえ」
ふと周りを見るとガキがいなくなっていた。便所か?
「さっき膨れながら外に出ていったわよ」
1号が教えてくる。
「あぁ!? なんでもっと早く言わねえんだ!」
「だってなんか喋ってたし」
「馬鹿野郎! あいつがいなきゃ誰が俺の怪我治すんだよ!!」
どういう作戦を取ろうともガキンチョの治癒能力は必要不可欠。何よりあんな便利なやつをこんなところで手放すわけにはいかねえ。
「探すぞ!」
「傭兵対策は?」
「そんなもんは後回しだ!!」
俺は大慌てで洞窟の外に出た。
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