第3話 やばい奴
街にあった酒場に入って適当に食い物と酒を注文。テーブルがいい感じに埋まっている。
「ほ、本当にもらっちゃっていいんですか?」
「だからいいって言ってんだろ、しつこいガキだな」
酒を煽る俺に坊主が遠慮がちに聞いてくる。ガキの割には図々しさが足りてねえな。
名前が分からないと何か不便だな、聞いとくか。
「おい、ガキンチョ。名前はなんていうんだ?」
「えっと、ユラっていいます」
「ふぅん。俺ぁアルベルト・バーンシュタイン」
「よろしくお願いします、アルベルトさん」
馬鹿丁寧にユラが頭を下げてくる。さん付けは何だかくすぐったいが、まぁいいか。
「今日は生き残ったお祝いだからな、好きに食えよ」
「あ、ありがとうございます」
それから俺は気分の赴くままに酒を飲んだり飯を食ったりした。
金は持ってねえが、別に今日ぐらいいいだろ!
「ところでアルベルトさん。どうしてあんな大怪我してたんですか?」
「ん? ん~……?」
酒が回りきったあたりでユラが聞いてきた。酔った頭だと記憶を引っ張り出すのも手間取る。
「あれはな、えーっと……」
俺は事の詳細をたっぷりと説明してやった。べらべらと喋るのはマズい内容だったが、酔っているのでよく分からない。
話し終えると、ユラはドン引きしていた。
「……完全に自業自得じゃないですか」
「だろ? 凄い力持ってるからって調子に乗るから死ぬんだよなぁ」
「その人たちじゃなくってアルベルトさんのことですよ!」
何だか真っ当なことを言ってきやがる。無視。
「それじゃ、いつか本当に死んじゃいますよ……?」
「別にいいんじゃあねえの? 人間、そのうち死ぬんだからよ」
「むむむ……」
俺は本気でそう思っていた。どうせ死ぬんなら楽しく生きる。簡単だろ。
「お前も人のことなんかほっとけよ。ガキならガキらしく自分のことだけ考えてりゃいいんだ」
「僕は子供じゃないですよ!」
「何言ってやがんだか」
その後、どうでもいいことを喋りながら俺は食事を続けた。途中で「飲み過ぎです!」とか言ってユラが邪魔してきたがそれも無視した。
で、本当にちょっと飲み過ぎた。
「うーん」
視界が揺れていやがる。いつにも増して何かいい気分だぜ。
「あーもう。だからダメって言ったのに……ほら、もう帰りましょうよ」
「うるせえなあ〜」
呂律も回らない。帰らせようとユラが袖を引っ張ってくる。
「お会計しますよ……って、アルベルトさんお金は?」
「かねぇ? そんなもんあるわきゃねえだろ〜が〜」
「ないのにこんなに頼んだんですか!?」
ユラはぎょっと驚いた顔となる。
金なんざ払わなくてもいくらでも踏み倒せる俺からすれば驚くようなことじゃない。1号あたりでちょちょいのちょいよ。
ただ今は何だか無性に動きたくない気分なのでこうしてるだけだ。酒が回ってるからしょうがない。
「もう……しょうがないですね……」
そう言ってユラは店員のところへと行き、ポケットから金を取り出して支払いをする。
何だあいつ意外と金持ちだな。しかも支払ってくれるとか便利すぎだろ。よく分からねえ治癒能力も持ってるし、お人好しの気配もする。確保しておけばかなり役に立ちそうだ。眠い。
急に眠気がきた。机に突っ伏す。
「あ、アルベルトさん、こんなところで寝ないでくださいよ!」
「うるせ〜」
「アルベルトさんってば!」
寝ようとしたが邪魔してくる。
結局、俺はユラに引っ張られながら店を出るはめになった。
宿屋に帰るために夜の街を歩く。
通行人と肩がぶつかった。いてえ。若い姉ちゃんを俺は睨みつける。
「おいこらいてえじゃねえか」
「わー、アルベルトさん絡まないでください!」
姉ちゃんに向かおうとする俺をユラが止めてきやがる。邪魔くせえ。その間に姉ちゃんは逃げちまった。
「お前が邪魔すっから逃げられただろぉがぁ」
「ダメですよ、そのへんの人に絡んじゃ! それに今のはアルベルトさんがぶつかったんですからね!」
文句を言われながら路地裏へと入る。人混みを避けるためと近道のためだ。
薄暗いし若干臭えが酔っ払ってる俺にとっちゃどっちもどうでもいい。そのへんにいい女でもいりゃ、ついでに襲うんだがな。
「ほら、ちゃんと歩いてください」
いつの間にかユラが俺の手を握って先導していた。
曲がり角を曲がったところで、向かう先に男が立っていた。真っ白なコートに真っ白な帽子っつう暗くても何だか見やすい格好の、俺と同年代ぐらいの黒髪の男だ。見た目はスカした感じでいかにも俺が嫌うタイプ。
俺はその格好と顔にどうも見覚えがあるような気がした。どこで見たっけな。殺した誰かと似てるのか?
「どうしたんですか、立ち止まって?」
足を止めた俺にユラが首を傾げる。
男なんてどうでもいいはずなんだが、どうにもあいつのことは思い出さないとマズいような気がしていた。酔った頭が少しずつ冷えていく。
男は写真を片手にホームレスのおっさんと何か喋っていた。こういうことする奴はまともじゃないと相場は決まっている。
路地の隅にネズミの死体が転がっていた。無性にそれが引っかかる。
やばい仕事……死体……死肉喰い……。
「……あ」
俺は男が誰なのかを思い出した。全身から一気に冷や汗が出てきて酔いが完全に冷めた。あいつはバルチャーだ!
そこら中で要人暗殺や施設破壊みたいなでかい犯罪を金で請け負ってる掛け値無しのマジの悪党だ。俺みたいな小悪党というかチンピラとは訳が違う。あちこちで指名手配されてる本物だ。
何だってあんな化け物がこんな何にもない田舎に来てやがるんだ? 壊すものなんかないはずだぞ。
写真を持ってるってことは誰か探しに来たってことか……もしかして、俺か?
指名手配されていると言えば俺も一部ではされている。その仕事を請け負ってやってきたのかもしれねえ。
だとしたらやばいぞ。今まで凄い能力を持った自称異世界人や勲章を授与されてるような騎士どもを相手取っていくらでも生き残ってきたが、バルチャーみてえなのは絶対に無理だ、死ぬ。
ああいうおちょくれねえ奴は相性が悪すぎる。
「ねぇ、アルベルトさんってば……わっ!」
俺はユラを抱えてその場から全力疾走。とにかく一目散に逃げ出した。
路地を走って走って走って、そして止まる。後ろを振り返って奴が追ってきてないことを念入りに確認。どうやら大丈夫らしい。
「ど、どうしたんですか、急に走ったりして!」
抱えられているユラは俺の服をぎゅっと握っていた。赤ん坊かよ。って、そんなことはどうでもいい。
「やべえ奴がいたんだよ。それもかなりやばい奴だ!」
「……語彙力ないですね、アルベルトさんって」
死ぬほどどうでもいいことを言ってきやがる。だが、とりあえず振り切ったようなので安心してもいいだろう。
「そうですね。私もその説明は表現力不足だと思います」
俺は思わず固まる。
──真後ろから、男の声がしやがった。
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