第2話 思わぬ拾い物

 ……いてえ。

 ざっくりと斬られた肩が痛みやがる。寒気までしてきやがった。

 俺は自称異世界人どもを嬲ってた場所から路地裏へと移動してきていた。今はもう、壁にもたれて動けなくなっている。あの女、やってくれたぜ。


 俺の召喚物である“花”の花粉を吸引した人間は色んな精神異常を起こす。もうまともには動けない程度には嗅がせていたんだが、異世界人どもの力を過小評価してたみたいだ、甘かったぜ。

 おかげで俺は瀕死の重傷ってやつだ。反撃で殺しておいたから追いかけてくることはねえはずだ……死なない能力とか持ってたら話は別だが。


 どっちにしろ俺は死にかけで、数分後には違う状態になってるだろう。その状態の通称が死体だってのが問題だ。

 何とかしないとマジでやばい。だが、もう身体が動かせない。血を流しすぎてる。


「ちょっと、あんたたち何とかできないの!?」「治療できるやつなぞおらんのじゃ!!」「わ、私、花粉しか出せません……」「吾輩も物理的には何もできん!」「何でも食えるとは言ったが怪我は食えんのだ!!」「えーんマスターが死んじゃうよー!!」


 召喚物どもが大慌てだがこいつらにできることは殆どない。俺たちにできることは壊すことだけで、治すなんて高尚なことは無理だ。

 せめてもの足掻きとして2号に指示を出す。


「だ、誰か、探して……こい……医者が、見つかったら……今日から、俺も……神様を信じて……毎日、教会に寄付、してやる……」

「わ、わかった、待っておれ!」


 生物の顎口に似た黄土色の飛行生物──2号の子機が現れて路地裏の向こうへと飛び去っていく。

 これで治療できる人間を見つけられればラッキーだが、見つかる可能性は殆どないだろう。

 ちくしょう。油断して死ぬとか馬鹿丸出しだぜ。自分で自分に腹が立ってしょうがねえ。


 だがそれと同時に奇妙な納得も俺の中にはあった。犯した女に油断を突かれて死ぬなんてのは間抜けな死に方だ。大間抜けだ。でもこれ以上、俺に似合う死に様があるか?

 ──ないね。断言できる。俺が死ぬとしたらこの死に方しかないってぐらいにな。

 だからむかついてはいたが後悔はなかった。どうせ俺みたいなクズはそのうち死ぬ。早いか遅いかさ。


 召喚物どもの声もだんだん遠くなってきやがった。どうやら本当に終わりらしい。

 そのまま目を閉じて、ゆっくりと意識が沈んでいく──


 ──というところで、何か暖かなものに包まれた。

 目を開くと俺に手をかざす男のガキがいた。その手から光が溢れている。なんだこりゃ。

 光は肩の怪我に向けられていた。照らされた怪我は、何とみるみるうちに塞がっていってる。

 ……え、マジか。

 ガキはしばらくそのままでいた。そのうち、怪我は完全に治った。塞がった怪我の箇所を手で少し触ってから、ガキが俺の方を向く。


「もう大丈夫ですよ」


 俺には何が起こったのかさっぱり分からなかった。

 いや、こいつがどうせいい奴で俺の怪我を治してくれたってのは分かる。超ラッキーだがそういうこともたまにはあるだろう。

 俺が分からないのは、、だ。


「お前……どうやったんだ?」


 俺は礼よりも先に聞いていた。魔術の中には治癒を行うものも当然ある。だが当然、治す範囲に応じた魔力の消耗があるもんだ。

 さっきの俺の怪我は魔術で治そうとしたらそれなりの力が必要になる。それぐらいの怪我だった。たとえ魔術を齧ってるのだとしても、ガキにできるような芸当じゃない。

 そして一番肝心なのが、そもそもさっきのは魔術じゃなかった。詠唱も魔力の消耗も一切なかった。完全に別物だ。


「えーっと、よく聞かれるんですけど……なんて答えたらいいのかなぁ」


 俺の質問にガキンチョは困ったような顔をしていやがった。


「そういうのはいいからとっとと答えろ! どうやって治したんだよ!!」

「ご、ごめんなさい!」


 怒鳴ると今度は驚いて跳ね上がり、両手で頭のキャスケット帽を押さえる。


「ぼ、僕にもよく分からないんです……生まれたときからできましたから……」

「は?」


 全く意味の分からない答えが返ってきた。そんなことありえるのか?

 しかし俺は冷静になって考えてみた。例えば、自称異世界人どもは変わった力を持っていることが殆どだ。そういう連中がいるなら、このガキみたいなのもいてもおかしくねえかもしれねえ。


「なるほどな。何にせよ助かった」

「え、あ、はい」


 いきなり納得した俺にガキが訝しげにしているが、まぁどうでもいい。

 っていうか、生き残ったな、俺。やったぜ。召喚物どもも俺の頭の上や肩の上ではしゃいでいる。


「いやー、死ぬかと思ったけどマジで良かったぜ。ガキンチョ、お前役に立つなー」


 帽子の上から頭をがしがしと撫でてやる。


「あわ、あわわわ」


 何故か帽子を押さえながら顔を伏せた。嫌なのかね。ガキの考えることはよく分からねえが、今は気分がいいから気にならない。

 立ち上がって改めて見るとこいつはかなりチビだった。この背丈なら年齢は良くて十四とか十三ぐらいか。

 背が低い……小さい……ちいさい……。

 何だか頭痛がする。思い出さねえ方がいいことを思い出しそうだったので、それ以上考えるのはやめた。

 そんなことよりいい気分だし、こいつに礼でもするか。


「役に立った礼として飯食わせてやるよ」

「え、いや、いいですよお礼なんて!」

「うるせえ、つべこべ言わずについてこい!」


 ガキのくせに一丁前に遠慮しやがるので無理やり首根っこをとっ捕まえて引きずっていくことにした。

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