黒猫の夢

黒猫は、気配を殺して後ろから近づく。

そして気がつけば、大抵の人間はあいつの術中にはまりこんでしまっている。


手練手管に長けた黒猫のやり方がある。それは損得を秤にかけ、自分に損が及びそうになると、とたんに嘘をつくこと。

黒猫は、自分の身を守るためだからと言って、嘘を重ね続ける。そしてその欺瞞に気がつかない。そっちを決して見ようとはしない。麻痺しているのだ。


黒猫はいつも人の良さにつけこみ、つけこめそうな人を探している。毎日続けてきたので、カモになりそうな人間を見抜く鋭い嗅覚を身に付けている。会話の端々、表情の隅々から相手の性格を読み、自分が利用できそうな人、世話をしてくれそうな人の匂いをかぎとるのだ。


そんな黒猫にも夢がある。


あいつにとっての夢、それは他人の鶏小屋に暮らし続けること。他人の小屋だから鶏の世話をせずに済むし、少し臭いことを我慢すれば、いつだって肉と卵が手に入るのだから。


そんな夢のため、黒猫は鶏小屋の持ち主に見つかった時の言い訳まで用意している。

これ以上私をいじめないで下さい。自分は可哀想な黒猫です、この弱い身を守るために鶏小屋に住む必要があったのです、と。ごめんなさい、あなたならきっと寛大な心で許してくれると思ったのです、と。


そして、満腹になったばかりの黒猫は、こっそり血なまぐさいゲップをする。見つかる前に好きなように食べ散らかしておいて良かったと思いながら。


だからたとえもしそんな事態に陥ったとしても、最後には許してくれそうな、お人好しでまぬけな鶏小屋の持ち主を探すこと。そんな夢のため、半ば本能のようにして、黒猫は嗅覚を磨き続けているのだ。


あいつには、何も見せてはいけない。

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