海月と深海魚
ネギま馬
嫌いだ
アンアンとわざとらしく私の口から出る嘘の喘ぎ声が嫌いだった。私の意思とは関係なく下腹部を出入りするその男性器が気持ち悪いほどに嫌いだった。私の意思とは関係なく私の口に入ってくる数分前まで知らなかった男の舌が吐き気がするほどに嫌いだった。だけれどもそれをすればブクブクと太ったおじさんたちが喜んでお金を落としてくれるとわかっているから、私はただ虚無にホテルの天井を見つめる。
でもまぁ。
お金もらえるからいいかな。
そうやって自己欺瞞して生きている私が嫌いだった。
「本当は嫌いなんでしょ」
私の心境を見透かしたかのように目の前の女性が上着を脱ぎながら言った。私が否定しようとすると「いいえ、あなたは自分のことが嫌いなんでしょ」と追い詰めてくる。ええそうだ、とも、違う、とも言えず口の中で舌を転がして口の中の唾液が乾ききっていることに気がついた。ホテルの外で買ったペットボトルのお茶を飲もうと手を伸ばすが、私の右手は空を切り、代わりに女性が心底美味しそうにペットボトルを咥えながら喉を鳴らす。飲みきれなかった雫が口から零れ落ちて顎を伝い、それを拭う動作が少し艶めかしく思えたのは勘違いだと思う。
だって、女同士でヤるのは違う。私はレズビアンでもなければバイセクシャルでもない。私はただの普通の人間なのだ。そう考えて心の片隅に普通とはなんなのだろうと考えている自分を見つけて必死に手のひらで覆い隠した。私は普通なのだ、普通だから男性とセックスをするし、女性のことは恋愛対象外だ。
それに彼女とスルことに躊躇いを感じているのにはもう一つ理由がある。
「ねぇ」
そう言って女性、リンが口を寂しげに尖らせたり、開け閉めしたりしながら近づいて来る。その要求に応じるように私も口を開いた。唇の隙間から入って来る彼女の舌は微かにお茶の味がして、さらりと私の鼻を撫でた長髪からはデオドラントの中にかき消されながらも確かに塩素の匂いがした。彼女の髪の匂いを嗅ぎながらそう言えば今日プールだったなと思い出した。唇が勿体ぶるように離れると彼女の混濁した焦げ茶色の瞳が見えた。感情をごちゃ混ぜにしたような、しかし奥底にあるはずの何かを覗かせない確かな断絶を持って彼女の瞳は私を見据えていた。
「私も嫌いだから」
彼女がそう呟いた。
「私も嫌いだから」
私もそう呟いた。ホテルの天井を見つめながら彼女のされるがままに服を脱がされながら、私も独り言のように呟いた。
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