第211話 混ぜるな危険!

春日山城にある迎賓館の一室。


その部屋の中で、二人のおっさん大名が倒れている。


割れた茶碗を握りしめて。




その光景を見下ろし、上杉輝虎は呆れ果てた声色で呟いた。


「何なんじゃ。こやつらは……」


希美が体についた抹茶を手拭いで拭きながら、答える。


「わからん。だが、私神のみが知る世界では、『争いは同じくらいの阿呆同士でしか発生しない』という有名な格言があるな」


「おい、わし等戦国武将は皆、同じくらい阿呆という事か?」


「そうだよ。全員阿呆じゃないか。だから、平気で奪い合い殺し合い、結果、民は困窮してるんだよ」


何言ってるんだ?というような眼で見つめられ、輝虎は言い返そうとして、何も言えなかった。




やむにやまれぬ事情はあったから戦をしていた。だが、仏の世界を志した者として、解脱した神仏から見れば、確かに自分達のしている行為も、そもそも人そのものが、愚かにしか見えぬだろうと思い至ったからだ。




だが、隣にいる抹茶まみれの神(のぞみ)は、紛れもなく阿呆にしか見えぬ。


輝虎は、なんとも言えぬ視線を希美に向けた。


希美は、それに気付かずに、畳の上でのびている阿呆大名を見ている。




「武将全員に『喧嘩をやめろ』なんて言っても無駄だから、せめて私が関わる人にはできるだけ仲良くしてもらおうと思って、こうやって仲裁の場を設けたのに、マジでなんなの……」


希美は落ちていた茶碗の欠片を手に取った。


「これも、お高いんでしょう?それを割るほど、喧嘩したかったの?」


「いや、それは安物だな」


輝虎が、目利きをする。


「どちらの茶碗も、安物だったから不思議に思うておったが、こういう事であったか」


「?」


「こやつら、互いに茶碗が壊れるような乱闘になると予想して、気に入りの茶碗は持ってこなかったという事じゃ」


「なるほど、確信犯……」


希美の額に、青筋が立った。


「私も嘗められたものだなあ。特に止々斎は、私を神と崇めていたというのに」




芦名止々斎。普段は穏やかなドMだが、戦においてはイケイケの武闘派となる男。まさに戦国の申し子だ。


己れの火がついたら止められぬ性格を熟知しているからこそ、茶碗を壊れてもよいものにしたようだ。


伊達晴宗も、止々斎とは長い付き合いだ。


今回の事を予想していたのだろう。




しかし、希美にはそんな事情など関係ない。


花祭りのお釈迦様の如く、抹茶をぶっかけられ、頭上で暴力沙汰を起こされたのだ。


『仏フェイスは三度まで』などと言うが、えろ大明神フェイスは既にぶちギレである。




「これは、えろ神から神罰を与えねばなるまい。なあ、ケンさん?」




輝虎は、頷いた。


「わしが供した茶を粗末にしおった無礼者じゃ。存分にやれい」




毘沙門天からの許可も下りた。


希美は、えろ眷属の河村久五郎と紫を召喚した。








「…………うう……」


少し肌寒さを感じながら、晴宗は目覚めた。


顎がズキズキと痛む。




ふむうっ……




見上げれば、知らぬ天井。


ああ、そうか。ここは春日山城だったな……と思い至った瞬間、こうなる直前の事が頭に浮かんだ。


「わしは、確か茶席で芦名に……!芦名は、どこじゃあ!?」


慌てて起き上が……ろうとしたが、起き上がれない!




はふうっ……




「わしは、縛られておるのか!?」




ぐむうんっ!!




「さっきから何じゃ、この呻き声は!誰じゃ、気持ちの悪い!」


晴宗は、声の正体を探ろうとなんとか頭を動かし、聞こえた方角に目線を向けた。




そこには、縛られたまま背が三角に尖った木馬に跨がる、芦名止々斎の姿が。




「うおおおおお!!?おま、芦名か!?」




「ぐむ……」


「『うむ』と言っておるのか?!いや、その口の丸いのは、木玉くつわ!それで喋られぬのか!」


「ほうむっ……」


「くそっ、返事がいちいち苛つくのう」


顔をしかめる晴宗の耳に、聞き覚えのある声が届いた。




「ならば、取ってやろう。話し合いに邪魔だしな」




「柴田殿……。これは柴田殿の仕業か!」


晴宗の視界に、止々斎の木玉くつわを外す希美の姿が映る。


希美は、己れを睨む晴宗にうっすらと笑って問いかけた。


「なんだ?縛られているのが不服か?だが、私は言った筈だぞ?『冷静に話し合わぬなら、お主達を縛ってでも私が一切を取り仕切る』と」


「ぐっ……」


晴宗は言葉に詰まった。




希美は、取り外したくつわを指でつまみ、ぷらぷら揺らしながら止々斎に目線をやる。


「私に茶をぶっかけ、殴り合いまでして、話し合いの場もケンさんのもてなしも全てぶち壊したものなあ……」


止々斎と晴宗の顔色が悪くなる。


止々斎が木馬責めに耐えながら、希美に頭を下げる。


「そ、それは……大変申し訳なく……はあうっ」


晴宗が呟いた。


「ハッ、その咎で、そやつは木馬に乗せられて……?」


止々斎の目が輝いた。


「な、なるほど、それでわしにこんなお仕置き(ご褒美)を!?最高の馳走に御座るうんんっ!」




「芦名よ、何故、喜ぶのじゃ……」


「お仕置きに【ご褒美】の副音声つけるのやめろ!」


歓喜する止々斎に、思わず晴宗と希美は突っ込んだ。




希美は、眉間を揉みながら晴宗に言った。


「言っておくが、これはお仕置きでもご褒美でもない。お前達を仲良くさせるための仕掛けだ」


(いや、本当はちょっと意趣返し的な意味もあるけど、それ言っちゃうと、止々斎にはご褒美になりかねんからな……)


ドMに罰を与えるのは、意外と難しいのだ。






一方、晴宗と止々斎は怪訝な様子で希美を見た。


「我らを仲良く?……はあっ、くぅっ!」


「芦名が木馬に乗せられる事がか?」


「いや、止々斎だけではない。おい、久五郎。次の間にある大きな姿見を持ってきてくれ。ユカは、伊達殿を起こして座らせてやれ」


「御意」


「はいな。……失礼致しますねえ」


紫が晴宗の脇に手を入れ、密着しながら起こして座らせる。


晴宗の目が最大限に開いて、紫のたわわな胸元を凝視中だ。


「伊達殿、見過ぎだぞ。ユカも、押し付けて谷間を寄せて見せるのはやめなさい」


「うふふ。前にえろ様から教わったこの技、重宝してますわあ。これを仕掛けますと、百発百中ですの。先日も女の私が近習になったのをやっかんだ殿方達を、これで残らず落として差し上げてからまとめてしごいて差し上げたのです。最後は足腰からナニから立たなくなっちゃって……うふふ」


「『しごき』の意味ェ……。そういえば、近習の奴等が何人か休んでいると聞いたが、お前かよ。女ナメるような奴はしごいてもいいが、絶対伊達さんに手を出すなよ!」


「わかっておりますよお」


紫は、晴宗の耳に小さくふうと息を吹いてから、体を離した。


晴宗は、ピクリと耳を赤くした後、名残惜しげに紫を見送る。




そんな晴宗に、希美は声をかけた。


「ユカも魅力的だろうがな、お前もなかなか魅力的な格好をしているぞ?鏡を見てみろよ」


晴宗は、久五郎に抱えられて立てられた大きな縦長の姿見を覗き込み、仰天した。


そこには、裸にレース湯巻き下着姿で縛られた自分の姿があったからである。




「な、なんで……、わしは今日は、れえす湯巻きはつけてきておらんはず!?」


『今日は』とか言っちゃってますよ、晴宗さん!


「そのレース湯巻きなら、紫に頼んで用意してもらったものだ。少し小さいが、スリットみたいに足がちら見えて、逆にえろいぞ!(笑)」


「ふ、ふわあああ!!確かにぃ!!」


顔を赤くして、モジモジしながら鏡に映った自分の姿をガン見する晴宗を、止々斎は鼻に皺を寄せて見ている。


「お主、そんな趣味があったのか……」


「あ、芦名!これは、違う!違うからあっ。嫌ぁっ……そんな嫌らしい目で見るなぁっ。ハアハア」


止々斎の視線に気付き、晴宗は毛深い足をすり合わせながら、両手で顔を隠した。


だが、指の隙間からちらちらと、正面の鏡で恥ずかしがる自分の姿を確認しているぞ。




止々斎は(三角木)馬上で呟く。


「気持ちの悪い男じゃの……」


(お前もな……)


希美はそっと突っ込んだ。






このままではただの変態パーティーなので、希美は仕切り直す事にした。


「ええと……、お前達にそんな姿になってもらったのは、お前達に家族として仲良くなってもらいたいからだ!」


「か、家族として?」


「どういう事じゃ、柴田殿?」




希美は変態二人に語った。


「まず大前提として、私は彦姫と盛興の婚姻を進めるつもりだ。止々斎はともかく、伊達殿は反対するだろうが、彦姫はうちの娘になってるから、私の権限で嫁入りさせる。もしそれで伊達がうちに攻め入るなら、私は芦名と組んで迎え打てばよいしな!」


「……ぐぬぅ!」


晴宗が悔しそうに唇を噛む。その目は希美をしっかと睨んで……おらず、鏡に映る己れを睨んでいる。


『れえす下着姿で悔しがる自分』を堪能しているようだ。


なんだ、こいつ。




希美はそんな晴宗(へんたい)に言う。


「だが、それではお前も彦姫も不幸だろう。そこで、お前達が今回の事を話し合い、互いに理解し合えばいいと思ってな。ただ、お前達はまともに話し合える状態ではない。故に、気持ち良く話し合えるよう、お前達が最も気持ちの良い状態を演出してみました!」


「「それでこの格好か!!」」


「それだけではないけどな。よいか?女というのはな、互いに秘密を共有し合う事で、互いを理解し合い親密になるのだが、そこには『互いの秘密を知る事で裏切らせぬ』という駆け引きもあるのだ。お前達にもピッタリではないか。お前達はどちらも……高度なえろ(ハイレベルな変態)だ。互いにそれをさらけ出し共有する事で理解し合える部分もあろうし、裏切りにくかろうからな」


「「……」」




ハイレベル変態大名二人は、互いの変態姿を睨みつけている。


希美は、肩をすくめた。




「とりあえず、拳や茶碗でなく言葉を交えよ。言いたい事があるなら、ちゃんと言え。聞きたい事があるなら、ちゃんと聞け。でないと、話が進まんだろ」




希美にそう促されて、晴宗は心境を語り始めた。


「わしは、彦を芦名にやりとうない。こやつは、わしの娘が嫁いでおるのを知っていて、二階堂を攻めおった。おかげで、二階堂は伊達から離れ、娘は離縁された。二階堂とは上手く協調関係を築いておったのに、全て芦名のせいで瓦解じゃ!信用ならん」


「なるほど。二階堂氏を芦名がな。ユカ、あれを!」


「はいな」




紫が紙を何枚も組み合わせて貼りつけた大きな紙と筆を希美の前に置く。


希美は紙の真ん中に、『二階堂氏』『伊達氏』と書いて、『二階堂氏』へと矢印を引っ張り、『嫁受嫁受け入れ』と書き込んだ。また両者の間にハートマークを書く。


次に『二階堂氏』の隣に『芦名氏』と書き、『芦名氏』から『二階堂氏』に矢印、『攻攻める』と入れた。


そうして、ハートマークに×をする。破局かつ離縁だ。




変態二人が目を見張る。


「ぐっ……えろ大明神様、これは……?」


「ああ、喧嘩した子どもの仲裁をする先生がよくやるやり方だ。こうして紙に書き出すと、色々見えてくるものがあるんだ。反省しやすいのさ」


晴宗が声を上げる。


「わし等は子どもか!」


「いい大人が、茶席で殴り合うのか?」


身に覚えのある二人は、目を逸らした。




「それで?止々斎の言い分は?」


すっかり先生気分の希美が、筆を片手に止々斎を促す。


止々斎は言った。




「はふっ……!そ、そもそも、二階堂氏と芦名は以前から争い合っており申した。それにこの辺りの大名武将は、ほとんど姻戚関係にあり申す。今さらな話に御座るし、何より二階堂はわしが攻め入る前に、既に伊達を切り捨てる気でおり申した。二階堂が離反したのをわしのせいにされても困るというもの……ハアハア」


「何ぃ!どういう事じゃ!?」


晴宗に問われ、止々斎は答えた。


「わしが二階堂に入れておる間者の話だと、以前からしきりに相馬氏からの使者が訪ねてきておったようじゃ。……っ!最初は二階堂氏も決めかねておったろうが、わしの倅が伊達の姫を迎えると聞いて、立場が危うくなるとでも思ったのではないか?そのうち、相馬氏と田村氏の重臣と二階堂氏の重臣とで、ある取り決めが成されたという。どうも相馬氏の娘が二階堂氏に嫁ぐという話じゃ。そんな折、国境の村同士でいつもの諌いが起こった。わしはこれを機に二階堂を攻め滅ぼそうと兵を出した。ふうんっ!結果、相馬氏と田村氏に邪魔をされ、二階堂氏はやつらに与した」


「え?つまり、二階堂氏はそもそも伊達殿を裏切り、相馬氏に通じていたのか」




希美は、『二階堂氏』の下に『相馬氏』と書いて、『二階堂氏』に向かう矢印を引っ張った。その横にハートマークを書く。


『二階堂氏』も『相馬氏』に向けて矢印とハートマーク。


その横に『嫁受け入れ』と書く。


「おいおい、二階堂氏。嫁を二重にもらうのかよ。二股の浮気者じゃねえか」


希美は、『二股浮気』も書き加えた。




「それで、わしの娘が離縁されたのか……。二階堂氏と相馬氏の結びつきのために……」


晴宗の呟きを受けて、希美は『二階堂氏』と『相馬氏』の間に大きくハートマークを書き、四角で囲ってグループ化した。



「謎のBL相関図が出来上がってしまった……。二階堂氏がめちゃめちゃ【受】ビッチ過ぎる……。もうちょい付け加えてみるか。ええと、田村氏や二本松氏、伊達父もグループなんだよね??」



「見事に敵だらけじゃのう」


「小大名とはいえ、相馬を中心にこれだけの軍勢が一気に芦名に攻めてきたなら、ちと厳しい」


晴宗と止々斎が漏らす。


希美は、相関図に筆を走らせた。



『伊達氏』と『芦名氏』を四角で囲み、グループ化したのだ。


そして相馬グループに×をつける。


「だからこその、婚姻だろ?敵の敵は味方。二階堂はビッチだったし、伊達殿も芦名ばかりが悪者じゃないとわかったはずだ。お前達は、東北を代表する大名だ。お前達が手を組めば、逆に相馬氏グループを平らげる事も出来るだろうよ」




晴宗と止々斎の視線が交差する。




「仕方なし。彦を嫁にやろう」


「ああ?!お主、わしと組まねば相馬にボコボコにされるのをわかっておらぬのか?」


「ああん?!そりゃお主の事であろうか!!木馬に乗ってハアハアと気色の悪い!」


「気色悪いのはお主じゃ!女の湯巻きなぞつけおって!男の風上にも置けぬわ!」


「なんじゃとお!?この良さがわからぬとは、底の浅さが知れるのう!」


「お主こそ、木馬の良さがわからぬとは、その布地のように薄っぺらい男よ!」




「やめんかあああ!!!」




変態攻めの口合戦を始めた二人に、希美の怒号が響く。




「わかった。お前達にはもっと相手の良さを知る必要があるわ」


「「へ?」」


「久五郎、木馬をもう一台持ってこい!ユカは、レース湯巻きを。姿見も、別の部屋から持ってきて!」


「御意!」


「はいなぁ!」


久五郎と紫が部屋を飛び出していく。


晴宗と止々斎が顔をひきつらせながら、希美に問うた。


「し、柴田殿……?」


「えろ大明神様、まさか……」






四半刻後、レース湯巻き姿で縛られた東北二大大名が、三角木馬に乗っていた。


彼らは、目の前に設置された大きな姿見に、釘付けだ。




「「こ、これが、わし……」」


「男のわしが、女の湯巻きを……!その上木馬で責められて……。この辱しめ、癖になるぅ!!」


「三角木馬に乗って耐えるわし……。れえす湯巻きがはだけて、木馬を挟む足が露に!耐えて、わし……!耐えねば、わしの男の子が女の子になっちゃううう!!」


「伊達のおっ!女の湯巻きをつけたままの木馬は、最高じゃのう!」


「気が合うのう、芦名の!わしも同じ事を思うておったのよ!」




変態東北大名達は、ようやくわかり合えたようだ。


だが、悲しいかな。


その代償として、さらにハイレベルな変態が二人、東北の地に爆誕してしまったのである。

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