第180話 インターナショナル武将

堺は、国際色豊かな町である。


この時代には珍しく、日本人に混じって、外国人が道を歩き、着物さえ着ていなければ、さながら現代でよく外国人観光客が訪れる京都や宮島のような、そんな雰囲気を持っている。


そして、フェスが終わり、睡蓮屋に戻ってくつろぐ希美の元にも、国際化の波は押し寄せていた。








「殿、忍びになりたいと我らに仕官を求める南蛮人達に御座る。殿の陪臣となる者等故、お目通りをと思い、連れて参り申した」


庭に面した濡れ縁で、多羅尾四郎右衛門と藤林長門守が平伏して希美に申し立てた。




睡蓮屋離れの庭には、十五名ほどの南蛮人達が慣れぬ様子で地べたに座っている。


「「「「「ヨロシク、オ願イシマース!」」」」」


「お、おう。ところで、お前達日本語は出来るの?」




「少シダケー」


「Just a little.(少しだけ)」


「Sim, um pouco.(少しだけ)」


「Ne so poco.(少しだけ)」


「Solo un poco(少しだけ)」




いろんな国の人間がいるようだ。


ひとくくりに南蛮人といっても、堺にやって来るのは、様々な国の貿易商達である。






「英語はともかく、他の国の言葉はわからんな。で、そっちの南蛮人達は、何なんだ、久五郎」




希美を挟んで多羅尾四郎右衛門達とは反対側に、河村久五郎が座っている。


そして、忍者志望の南蛮人グループとは別の南蛮人グループが、庭にいた。


数にして十三人。


身なりの良さそうな白人達である。若い者は三十代、年かさの者は五十をとうに過ぎているようだ。


皆、一様によく日焼けしている。


その赤みを帯びた白い肌が、船旅に慣れている事を示している。




久五郎は、その南蛮人達を希美に紹介した。


「彼らは、祖国や信仰より、えろに人生を捧げることを決めた者達で御座る」


「とんでもないものに人生を捧げおったな!」


「なに、わしとて、えろに全てを捧げておりますぞ?」


「それは嫌になるほど知っておるわ……。それで、このエロシタン共は何故ここに?」


久五郎は、ほほっと笑んだ。


「彼らは、商人や船の頭領(キャプテン)達。特に我らの言葉がわかる者達が、仲間のエロシタン達を代表して、ここに参っておりまする。即ち、今日の祭に参加したエロシタン達は皆、えろ大明神である柴田様にお仕えしたい、と」




『エロシタンは、皆』


その言葉に、希美は戸惑った。


「エロシタンて、かなりの数がいたよな……。いや、その前に、なんで弊社を希望したの?」




南蛮人の中の一人で、顎に特徴のあるがたいのよい男が、答えた。


「エロ大明神サマ。私ハ、アントニオ・イヌーキ、デース。私ハ、España(スペイン)ノ商人デース」


「アントニオ・イヌーキ……」


「Siはい、アントニオ、トヨンデクダサイ」


「……『ボンバイエ』と呼んでも?」


「??カマイマセンガ、ナゼ?」


怪訝な顔をするアントニオに、希美は「ごめん、続けて、ボンバイエ」と促した。




「我々ハ、コノ楽園デ、『エロ』トイウ禁断ノ知恵ノ実ノ味ヲ、知ッテシマイマシタ。我々ハ、モウ『エロ』無シデハ生キラレナイ。ソンナ我々ヲ、教会ハ許サナイデショウ。我々ハ、アダムとイブノヨウニ、国ヲ追放サレル運命ニアリマース。我々ハ、ソレヲ覚悟シテ『エロ』ヲ選ビマシタ。デモ、アナタ様ハ、言ッテクダサッタ」


「……(何、言ったっけ?)」




「『コノ世ヲ『エロ』デ支配スル』、ト」




希美は、一瞬考えた。


アントニオボンバイエの言葉を反芻する。そして叫んだ。




「言ってねえわっ!そんな事、世界規模で拡大を企む、風俗チェーン店の母体会社のトップくらいしか言わんセリフだろっ」




「なるほど……!流石はお師匠様。素晴らしい啓示をありがとうございます!!」


「ああっ!私の阿呆っ!!」


久五郎が『世界規模で拡大を企む、風俗チェーン店の母体会社のトップ』のような顔をして、くつくつと笑っている。


希美は、押してはいけないスイッチを押してしまった。


「風俗王に、わしはなるっ!!」


月代頭に麦わら帽子を被った久五郎が、そうのたまう幻覚が見えた気がして、希美は思わず頭をブルブルと振った。






そんな希美に、藤林長門守が言った。


「殿、そこな南蛮人の申す通り、確かにそのような事を言っておりましたぞ?」


「え?」


希美は怪訝な顔で、長門守に目を向けた。


長門守は、記憶を探るように少し斜め上を見て、希美が言った言葉を復唱した。


「確か、『私がこの世を『えろあんどぴいす』にしてみせる』と。『あんどぴいす』が何かはよくわかりませぬが、この世を『えろ』にするので御座いましょう?」




希美は、祭での自身の言葉を思い出した。


「た、確かに、言った……かも……」


汗がだらだらと流れる。


(でも、あれは、そういう意味じゃ……。なんか、その場のノリで盛り上がるかなーと思って……。と、とにかく、否定しておかねば!)


希美は、アントニオに声をかけた。


「あ、あのな、ボンバイエ。あれなんだが……」


だが、アントニオもほぼ同時に語り始めていた。




「エロ大明神サマ。我ラハ、ウレシカッタノデース。アナタ様ハ、我ラガ生キテモヨイ場所ヲ、作ロウトシテクレマース。我ラハ、ソノ御心ニ感謝シテイルノデース。ソンナアナタ様ダカラコソ、アナタ様ト共ニ在リタイノデース」




アントニオや南蛮人達が、真摯に希美を見つめている。


『あれは、ノリで言っただけ』などと言えるような空気ではない。






希美は、南蛮人達に言った。


「勘違いするな」




不安そうな表情になった南蛮人に、希美は告げた。


「『えろ』で支配はしない。お前達が『えろ』でも暮らしやすいように、各国の為政者に『えろ』を認めてもらう。いいか?『えろ』は共存共栄。全てを『えろ』だけにしたいわけではない。他の宗教とも共存する。それが、『えろ&ピース』なのだ!」


「他の宗教があってもよいので?」


南蛮人の一人が聞いてくる。


希美は頷いた。


「全員が同じ神を信仰しなければならないとか、不健全だろ。お前達の信仰はあくまでお前達のものであって、神や教会のものではない。神はそこに在るだけ。教会は教えを守り、伝えるだけだよ。もし全知全能の神が、絶対自分だけを信じろと思ったなら、態々人がちまちま教えを広めなくても、神の力で全員信者にできるだろ?でも、そうならないのは、神がお前達の心を縛らないからだ。つまり、お前達には信仰を取捨選択する自由があるのさ。私だって、無理やり『信者になれ!私だけを見て!』なんてうざい事を言いたくないからな」




南蛮人達は、目を見開いている。


キリスト教以外は悪だと、ずっと教わってきた者達だ。


だが、悪い反応ではなさそうだ。


どこか、胸の支えがおりたような、そんな安堵の感情が見てとれた。


やはり、キリスト教徒として『えろ』を選んだ事に罪の意識があったのだろう。






そこへ、ここにいなかった別の南蛮人の声が響いた。




「ナルホドデース。ソノ考エハ、目カラ鱗デシタ!」




悪魔教神父と化したルイス・デ・アルメイダである。


後ろには、黒衣の南蛮人神父と思われる者達が四名と、何故か助兵衛もが従っている。


恐らく風呂に入っていたのだろう。皆、髪が濡れて、やたらホカホカサッパリした様子である。


「なんだ、そのパーティー編成は。てか、その人達、誰?」


希美は胡乱な目で南蛮人神父達を見やった。




ルイスは答えた。


「新シキ仲間デース」


希美は益々訝しむ。


「え?カトリックの神父に見えるんだけど?」


「先ホド、堕落シマシタ」


「だ、堕落!?まさか、お前、無理やり?!」


「イイエ?私ハ、アナタ様ガシテクダサッタヨウニ、体ヲ洗ッタダケデース。エロ教ノ説明ヲシナガラ、ネー」




そこへ、助兵衛が言葉を挟んだ。


「えろ大明神様!あの秘術は凄すぎます!」


「え?秘術?」


助兵衛が何を言っているのかわからない。


希美は首を傾げた。




助兵衛は、希美に言い立てた。


「えろ大明神様が、以前湯殿でルイスさんに行ったという、えろの秘術ですよ!私もルイスさんの手伝いで彼らを洗ったのですが、ただ工夫して洗うだけで、あれほどまでに乱れてしまうとは……。最初は、えろに頑なだった彼らが、最後には自ら懇願してえろを求めていましたからなあ!あの技を遊女達に教えてもよいですか?」




希美は、なんとなく見当がついた。


以前ルイスを洗った時に、デリケートゾーンを触りたくなくて、避けて洗いまくったら、何故かルイスは悪魔に魂を売ったのだった。


多羅尾四郎右衛門や藤林長門守が、興味を引かれたのか、助兵衛に尋ねる。


「頑なだった者を改宗させたのか?どんな技を使ったのだ?」


助兵衛が答える。


「簡単で御座いますよ。体を石鹸で優しく洗ってやるのです。際どい所まで。でも肝心な部分を避けて。何度も繰り返し繰り返し。すると、そのうち、悶え出します」


南蛮人神父も恥ずかしそうに言った。


「焦ラシニ焦ラサレマシタ……」






四郎右衛門達忍者組が、頷き合っている。


「これは、拷問で口を割らせる時に使えそうじゃ」


「相手を陥落させたい時にもな。わしも、くノ一(女忍者)共に会得させよう」


四郎右衛門が希美に向いて尋ねた。


「殿、これは、何という名前の技なので?」


「え……?」




急に話を振られた希美は、慌てて考えた。




「じ、『焦らしぷれい』、かな……?」




「『焦らしぷれい』!喜べ、えろの徒よ!新たなえろの秘術が、また解禁されたぞ!!」




ビックゥッ!


河村久五郎の急な大声に、希美は驚き、反射的に久五郎の月代頭をスパンッとはたいた。


道で突然、知らぬおじさんのやたらでかいくしゃみに驚かされた時に、苛立ちを覚えるのと同じ原理である。


何故かニやつく久五郎が、余計にイラッとくる。




そんな希美をよそに、新たに柴田家家中に加わる事になった南蛮人達は盛り上がって祈りを捧げ始めた。


希美は、改めて庭の南蛮人達を見回し、この状況を頭の中で整理する。






「さて、どうするか……」




大量の外国人採用。部署や上司など、人事を決めなければならない。


いや、まずは、日本語教育からだ。


遠い未来で、外国人忍者が間違った日本語や日本知識をどや顔で使い、「カリフォルニアロールは寿司じゃない!」と憤りがちな日本人に『忍者殺すべし!』と爆発四散させられてはいけない。




希美は、ニやつく久五郎に命じた。


「お前、睡蓮屋を海外進出させたいんだろ?南蛮人部隊のまとめ役な。で、忍者志望の南蛮人も含めて、日本語を学習させろ。日本語でやり取りができるようになって、仕事だな。さて。忍者はともかく、何をさせるか……」


久五郎は、提案した。


「商人には、引き続き商売をさせて、『えろ』海外進出の資金とさせましょう。それと、彼らの南蛮船を使い、水軍を作ってはどうでしょうか?」


希美は、ポンッと膝を叩いた。


「いいな、それ!船大工がいれば、南蛮船も作らせよう!」




藤林長門守が話に入る。


「殿、伊賀の女共に、南蛮人の言葉を覚えさせましょう。いつか南蛮の国の大名達に、えろを紹介する時、女共がきっと役に立ちましょう」


「なるほど。くノ一を使って『えろ』の実践というわけか」


「殿っ、わしの配下も南蛮語を覚えて、南蛮で『えろ』の実践を……」


「お前の所(甲賀)は、忍者、男ばっかじゃねえか!」


恐ろしいハニートラップになりそうだ。


希美は、多羅尾四郎右衛門の意見を却下した。








こうして、1563年の夏の堺で、『インターナショナル武将』は産声を上げた。


これからはグローバル化の時代てある。


『えろ』のグローバル化。名付けて『エローバル』化を目論む希美達の戦いは、まだ始まったばかりである。

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