第179話 サバトを開こう!後編
ドーンッ!ドーンッ!
四半刻が過ぎて、合図の太鼓がなる。
舞台の前には、既にエロシタンを中心とした観客が詰めかけ、食い入るように舞台上を見ている。
その舞台の下では希美がこそこそと歩いていた。
ほっかむりをして、抜き足差し足と、いかにも忍んでいる。
元々、どうも嫌な予感がしていた希美である。
だから、できるだけ朝から河村久五郎に会わぬように、ニアミスで久五郎をかわしまくり、そのまま舞台に上がろうと、直前になって舞台の下にやって来たのだ。
「してやったりっ!とうとう、あの『えろデューサー』久五郎を出し抜いてやったぜえっっ!!」
そうガッツポーズを決めた時、シュルリという音がした。
「へ?」
違和感を感じた腹辺りを見下ろす。
帯が無い。
そう知覚した瞬間、希美はふんどし一丁になっていた。
「う、うわああああーー!!」
「ハッハッ、いやあ、多羅尾殿の早脱がせの技は素晴らしい!このように素早く、裸にさせる事ができるとは!」
背後で聞きたくない声が聞こえた。その内容も、ろくでもない。
例のごとく、河村久五郎である。
そして、久五郎は一人ではない。
甲賀忍者の多羅尾四郎右衛門が、久五郎の手並みを評する。
「いやあ、流石『筆頭えろ』殿。一晩でこの技を極めてしまわれるとは!だが、惜しい。全裸ではありませんぞ」
「おお、確かに!」
希美はまさかの急な裸らに、口をパクパクさせ、なんとか声を絞り出した。
「お、おま……!なんで、私、はだか」
「そいっ」
が、言い切る前に、久五郎の掛け声一つで、希美は全裸になった。
「ぬ、ぬわあああーーー!!!」
「そう!その呼吸で御座る!」
多羅尾が、すかさず久五郎をほめる。
「『その呼吸で御座る』じゃねええ!!」
「そいっ!」
じゃららららっ!!
希美の鍛え抜かれた筋肉を、久五郎の懐で人肌に温められた鎖が、あたかも蹂躙するが如く縦横無尽に蠢き、覆っていく。
「いやあああああっ!」
久五郎が希美に鎖をかける手の動きは、速すぎて残像を生んでいる。
「わしでなければ、見逃してしまうぞい⭐」などと言い出す輩が出てきそうだ。
「なんという緊縛の技よ……!」
一流忍者の多羅尾四郎右衛門ですら、息を呑んでいる。
あっという間に、希美は『武装』させられてしまった。
「そおいっ」
久五郎は、仕上げとばかりに、希美の頭に危ない兜(真珠入り)を被せた。
「おおっ!こんなに間近に、えろ大明神様のご勇姿が見られるとは……!柴田家に仕官して本当によかった!!」
四郎右衛門が感涙に咽ぶ。
久五郎が満足そうな顔で、希美に告げた。
「外れぬように、固結びにしておりますぞ!さ、所定の位置に移動して下されっ」
「おのれえっ!久五郎、おのれえっ!」
怨嗟の声を上げる希美が、忍者達によって連れられていくのを見届けた久五郎は、司会進行のために、ある人物を伴い、希美よりも一足先に舞台に上がったのである。
「さあっ!皆様、お待たせ致しましたっ。いよいよ、えろ大明神、柴田権六勝家様のご登場です!司会は引き続き、えろ教筆頭使徒河村久五郎。通訳は、謎の覆面南蛮人。そして、今回『特等席を用意せよ』という事で、主の織田上総介様と共に進行して参りたいと思いますっ」
「な、なんじゃとおおお!!?あんな目立つ所に座っておる!」
「ぶっはっ!殿、何してんの!?」
広場のどこかからそんな声がしたが、観客の歓声に書き消されて、舞台上には届かない。
「それでは、皆で祈りを捧げるのです!えろえろえろえろ……」
えろえろえろえろえろえろえろえろえろえろえろえろ……
祈りの合唱が広がる。
ドコドコドコドコドコドコドコドコ……
太鼓がいい感じに、場を温める。
なんとっ!
舞台の中央の板が外れ、中から拳を突き上げた希美がせり上がってくる。
始めは拳、次に真珠入りマーラ、そして希美の顔が徐々に見えてくる。
開き直ったような、諦めたような表情を浮かべたその顔が見えたその瞬間。
うわああああああ!!!
『えろ』の祈りが歓声に変わる。
希美は歓声の中、全裸鎖を公衆の面前に晒した。
うわあああああああ!!!
えーろっ!えーろっ!えーろっ!えーろっ!……
ほぼ裸で頭に猥褻物を陳列し、民衆から『えろ』呼ばわりされる。
完全に羞恥プレイである。
希美が手を上げると、歓声も祈りも静まった。
「皆様、ウェルカーーム!!私が、えろの神、柴田権六じゃああっ!!!今日は、エロシタン達に言いたい事があって集まってもらった!」
うおおおおおおおっ!
ドーンッ!
太鼓の音で、皆が静まり、希美の次の言葉を待った。
「エロシタン達よ、『えろ』を止めろ!!!」
シーーンと静まり返った後、観客から怒号が溢れた。
ドーンッ!ドーンッ!ドーンッ!
ようやく、静まる。
皆、悲痛な表情を浮かべている。憤っている者も。
全員、神の真意を待っている。
希美は話し始めた。
「まず、言っておく。えろ教は、悪魔教ではない!!」
(((((さっき『柴田's daemon』って言ってたよな?)))))
多くのエロシタンが思ったが、空気を読んで、黙って希美の言葉を聞く。
希美は言った。
「えろ教は悪魔教ではない!だが、カトリックの神父達は、我らを悪魔と考えている。……その危険性がわかるか?『えろ』の弾圧だ!魔女、いや、『えろ狩り』だ!!お前達が拷問され、殺されてしまう!」
エロシタン達は静まり返っている。
彼らとて、わかっているのだ。
キリスト教と『えろ』は相容れぬ。
いつか、それを突きつけられる日が来るであろう事を。
希美は叫んだ。
「私は、えろ大明神だ!信者のお前達を殺されるのは嫌だ!お前達、悔い改めて、『えろ』を棄てろ!私の望みは、お前達が生きる事だ!!」
エロシタンは、言葉を発しない。
拳を握りしめて、考えているのだ。『えろ』を棄てねば、生きられぬのか、と。
やがて、一人のエロシタンが声を上げた。
「De jeito nenhum!(絶対に嫌だ!)」
「NO!!(嫌だ!)」
「eroero!eroero!」
えーろっ!えーろっ!えーろっ!えーろっ!
「お前達、カトリックも、もしかしたらプロテスタントも、お前達を受け入れないかもしれないぞ!」
「ソレデモイイ!!ワタシハ、eroモgodも、死んでも棄てない!」
「Anch io!(私も!)」
「Eu também!(わしもだ!)」
えーろっ!えーろっ!えーろっ!えーろっ!
「そうか……。ならば、お前達、『えろ』の教えに従えるなら、『えろ』を許す!」
うおおおおおおおおおおおっ!
大歓声が上がる。
希美は、『えろ』の教えを叫んだ。
「えろ教徒は、『共存共栄』!!宗教、性別、身分、国、肌の色を越えて、相手を尊重すべし!」
そこへ、河村久五郎が舞台袖から誰かを連れてきた。
全身を白い布で覆った大柄な人間が二人、希美の前に立つ。
希美は、片方を指差した。
「こちらのマーダー君は、強盗や、殺人を平気で犯す狂った犯罪者だ」
そしてもう一人を指差す。
「こっちのカインド君は、誰にでも分け隔てなく親切な男。さあ、友達になるなら、どっちだ!マーダー君を選ぶ人は両手を上げよ。カインド君は、しゃがめ!」
全員がしゃがんだ。
あ、一人立ったまま両手を上げている者がいる!
笑顔の丹羽長秀だ。
希美は、長秀をじゃがいもだと思って話を続けた。
「全・員・、カインド君だな。では、久五郎。布を取れ」
久五郎が、布を引く。
現れたカインド君は、黒人奴隷であった。
もう一人は、白人の男である。
南蛮人達は、どよめいた。
希美は、黒人の男と握手を交わし、ハグをした。
「わかるか?肌の色など、布を被ればわからぬ。私とて、お前達と肌の色は違う。人の本質は肌の色に非ず。その心である。相手を尊重せず、肌の色で見下す者は、『えろ』ではない!今すぐ、この場を去るがよい!!」
南蛮人達は去らない。
彼らは、既に『えろ』を選択している。
毒を食らわば、皿まで。
彼らは、『えろ』を理解し、変わろうとしている。
「そして、自制せよ!」
南蛮人達はの目は、語る希美に一心に向けられている。
「『えろ』は『共存共栄』。無理強いしない。嫌がる事はしない。国に戻った時は、仲間を巻き込んで魔女狩りに会わぬよう、バレぬように楽しめ!自分勝手な者ばかりが行く天国など、地獄と変わらん。天国の門は近付いてこない!自分から歩いていけ!」
希美は、声を張り上げた。
「そして最後に、風呂には毎日入るんだあーーー!」
「「「「「(風呂……?)」」」」」
南蛮人達が、それぞれの言語で『風呂?』と呟く。
希美は、言った。
「カトリックが言う『風呂に入ると病気になる』は、嘘だからな!逆に清潔にしないと病気になるんだ!そもそも、臭いし、遊女タソに嫌われちゃうぞ!?」
伴天連神父が声を荒げた。
「カトリックガ間違ッテイルト、イウカ!?」
希美は堂々と答えた。
「間違ってるに決まってんでしょ!!風呂に入れ!不潔マンめ!」
希美は、カトリックの教えをバッサリ否定した。
そうして希美は、エロシタン達南蛮人を見回した。
皆、『えろ』の教えを呑み込んだようだ。
よし、今の所、脱落者はいない。
調子に乗った希美は、勢いのまま宣言した。
「私の望む先は、『平和(ピース)』。私がこの世を『えろ&ピース』の優しい世界にしてみせるっ!お前達は、私を信じてついてこい!!」
うおおおおおおおおおおおっ!
会場は、沸き立った。
エロシタン達も伴天連神父も、希美の宣言を確かに聞いた。
もとい、ルイスの通訳を、確かに聞いたのだ。
「えろ大明神様は、世界を支配し、この世を『えろ』まみれにするだろう!そしてその時こそ、『えろ』による平和が訪れるのである!!」
エロシタン達は歓喜した。
伴天連神父達は、恐怖のあまり、十字を切り、神に祈った。
(な、なんか、すげえ盛り上がってんな……)
「まあいいか」
希美は呟くと、ライブの真骨頂に移る事にした。
「じゃあ、いつものやついくぞ!!全員で、楽しもうぜ!『スリラー』だっ!!」
希美は、力一杯、恐怖のゾンビダンスソングを歌い、踊った。
曲の途中、観客の中に混じっていた使徒達が、突然おぞましいゾンビに早変わりした。
観客は思わず悲鳴を上げる。
だが、ゾンビ達は怪しい動きで舞台に向かうと、舞台上に飛び上がった。
そして希美と合わせて、キレッキレのダンスを披露する。
忍者を使ったフラッシュモブであった。
これには、観客達もおおいに沸いた。
イベントに集まったほとんどの者が、この奇跡のような時を共有して一体となり、興奮し、激しくリズムをとった。
あの信長でさえ、『スリラー』に合わせて『敦盛』ダンスを激しく踊っている。
観客のボルテージは、最高潮に達した。
「ポウッ!!」
そして熱い夏フェスの終わりを告げるように、希美の甲高い声が、堺の海に響き渡ったのであった。
フェスが終わり、希美達もはけて、会場広場にはずいぶん人が減った。
そこには、まだ、伴天連神父達が、呆けたように立ち尽くしていた。
彼らは、うわ言のように呟いている。
「スリラー……恐怖の悪魔……」
「世界を支配……」
「えろまみれ……」
向こうを四つん這いのポルトガル人が、闊歩している。
「おや、兄弟達。どうしましたか」
「あ……、アルメイダ兄弟……」
神父達は、謎の覆面南蛮人通訳がルイス・デ・アルメイダである事にまだ気付いていない。
「何か困りごとですか?私でよければ、あなた達の心配を取り除いてさしあげましょう」
悪魔は、善人の顔をして近付く。
ルイスの黒衣の下の鎖は、新たな神父を求めて、舌なめずりをするようにジャリリと軋んだ。
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